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 待っていたのはいつもの日常で、それは本当に何も変わらない日常だった。

 僕は寮へ入る引越し準備に追われ、両親はいつものように仕事と趣味に明け暮れていた。

 変わったことと言えば、僕が寮生活をするために部屋を片付けた事と、葬式を終えた両親は早々に姉さんの遺留品を処分した事だった。残されたのはアルバムだけという仕打ちだ。

 そして、僕が自殺現場に通うようになった。それだけだ。

後は何も変わらない、朝起きれば両親と食事をしてテレビを見て、父は仕事に出かけて、母は適当に洗物を済ませると、同じように家を空けていくだけだ。

 僕は、卒業式と寮生活のために移動しなければいけない日が近づいてきていた。

 そんな毎日が日々平穏に感じられて、両親は姉さんが始めから居なかったと、思っているかのように、何事も平坦に過ぎ去っていった。

「どうしてだろうか」

 僕は一文字ずつ区切って言葉にした。

 ベッドに寝転んで、天井をただじっと見つめながら、色々な事を考えた。僕の歩んできた短い人生と、両親の事、そして姉さんの事を考えた。

 でも、どう考えたって、あの時の姉さんを救う方法が思い浮かばなかった。あの場面になると、僕は一歩も動けなかった。どんな言葉を考え付こうと、絶対、助け出そうと意気込んで、妄想して見ても、どういうわけか結果はいつも同じだ。

 姉さんは飛び降りて、僕は動けないままの光景だけが、脳裏を駆け抜けていった。

「どうすればいいのだろうか」

 僕は先ほど同じように言葉を出した。

 どうして死んだのか、という意味もあったけれど、もっとドス黒い何かがあった。むしゃくしゃしている、なんていう言葉が今の僕にはお似合いだった。

 姉さんは声を殺して、何もかも持ち去って死んだ。

 何故だろう、数える事もしていなかったけれど、もう何十回と自問自答した言葉だった。

 相談してくれれば何とかなったのかもしれないという気持ちは、今でもあった。僕でも解決できない内容だったかもしれないけど、僕はその中身を知りはしないのだから、無理なんて思えるわけなかった。

 だからこそ、姉さんが僕に相談しなかったのは何故なのかを理解する事が出来なかった。どうして、僕をあの場に呼んだ。理不尽すぎる現場に居合わせた僕の事など、考えもせずに死んだ姉さんに失望すらした。僕に言いたい事を言ったつもりで、肝心な事は全然喋ってくれなかった。

 今でも無性にその事が悔しくて、そして、許せなかった。僕の無力さを……、なんて綺麗なものじゃなかった。

 溜め込んだ感情は、どこかで吐き出さなければならなかった。

 人間はそうやってストレスを発散していくのだから、僕もそうする必要があった。それも、爆発させるほどにぶちまけたいと思った。

 恨む矛先は自然と向けられ、違和感は何一つ無く、諸悪の根源はお前達だと素直に思えた。だから、僕は行動した。姉さんがあの時行動したように、僕に道を指し示したように動いた。

 平然としているのはおかしいと、どうして演技すらしなかったのかと、今ままでずっとしてきたのに、ここにきて全てを素のままに、粛々と行ったのが許せなかった。体裁を保って欲しかった。そうすれば、きっと僕はこの平凡たる日常に、耐える事ができたかもしれなかったんだ。だけど、そうしなかった。

 だから、僕は我慢できなかった。

 姉さんの死だけは両親である事を、辞めた男と女はきっと姉さんを恨んで、嫉んで、どうにかしたかったんだ。

 手を煩わせたからかもしれないし、姉さんは僕の知らない内に、恨み妬みを買っていたのかもしれないけれど、姉さんにそう仕向けたのは結局自分達のちぐはぐな生活観が原因で、その責任を請け負う必要があったはずだ。

 だからこそ、姉さんを最後まで両親を演じたまま弔って欲しかった。それをしなかったのは、仕返しをしたかったんだと思った。

 小さい事だ。ちっぽけ過ぎる仕返しだ。それでも、僕には堪えた。

 そんな事をするなら、施設にでも入れれば良かったんだと思った。きっと、両親だったものは考えたはずだ。だけど、姉さんの願いをどこかで察し、知っていたから、ずっとあのままだった。

 今までの生活から飛び出したい姉さんは、必死に勉強をし始めたのを見て、両親だったものは何を思っていたんだろうと考えて、僕は胸が詰まった。

 姉さんが必死に勉強すれば、周りからの評判は上がり、両親も褒められる機会が増えていたから、内心でほくそ笑むくらいはしていたかもしれなかった。

 姉さんがもがくほど、両親だったものの評価も上がってしまった。それを、見越していたのだとしたら、僕は何をすれば良いかを考えた。

 だからこそ、鬱憤を晴らしたんだ。そう結論づけていたのは、両親だったものも、僕と同じ人間で、誰かを好きになる事もあれば、嫌いになる事もあるはずだからと思ったからだ。

 それが、自分の娘だったとしても、あの二人はきっとそう思っていた。

 嗚呼、『平凡』だと思った日常と僕は死んだんだ。

 その日を境にして、僕は坦々を装って、淡々とやりたい事を考えて、ただ、実行した。



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