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 僕の半生を一言で言い表すならば『平凡』の二文字ほど似合うものはないと自負しているが、その自負に基づけられているものは、何処にでも居る共働きの両親に、姉と僕の四人家族だという事だ。それに、市営の集合住宅に住まう一家だったという事と、僕が平凡な幼少期を経て、平凡な義務教育を謳歌したという事実からだった。

 ただ、僕自身を『平凡』と評する一方で、僕の家庭が『平凡』だったのかと問われるのなら、迷わず僕は、『NO』と言うはずだ。

 父親は大手でもないがそれなりに大きい金融関連企業に勤めて、朝早くに家を出て、夜遅くに帰った。母親は、僕が小学校に入ると仕事に復帰し、OLとして中小企業の事務に励んでいた。

 それは、確かに家族と呼べる構成だったと思うし、他人から見れば典型的な家庭だと思うはずだ。外からは間違ってはいないけれど、中に居る僕と姉さんからすれば間違いだらけだった。

 家族と言っても、仲が良かったわけじゃないとはっきり言えた。かといって、冷え切っていたとも言えないので、言葉を選ぶならば、煮え切らない関係が適当な表現だった。

 両親はこぞって父と母を演じていた。その裏で、父は会社の女同僚を愛人にして遊んでいたし、母も携帯電話の出会い系で知り合った男と遊んでいた。

 どうして、二人は結婚なんてしたのだろうかと、息子である僕が思うほど、二人はお似合いには見えなかった。演じなければならない結婚に何の意味があったのか、僕は知らないけど、両親の実家へ帰った記憶は、僕がまだ五歳の頃に一度きりで、確か父の実家だった。

 そんな役者顔負けに演じている二人なのだけれど、きっと二人は互いの遊びを知っていた。だけど、暗黙の了解にして仕舞い込んでいたんじゃないかと言えるほどに、稚拙な隠蔽工作を行っていた。いっそ、全てを曝け出した方が良好な関係を築けたかもしれないが、お互いに、問いただす事もしなければ、携帯を見たりするような事もなかった。

 見たくないものには蓋をするというその典型で、僕と姉さんはその微妙な閉塞感の中で育てられた。けれども、生活に憤るほどの不満があったといえば、僕は少し言葉に詰まってしまうのだ。

 母を演じている女性はきちんと育児をしてくれたし、家事もそつなくこなした。父を演じている男性も働いてお金を家に入れてくれていた。そのお陰で、僕は貧乏だと思った事もなければ、裕福だとも感じた事は無かった。

 一般的に見れば、恵まれているだろうと気付き始めたのは、小学校で自分の立ち位置を気にし始めた四年生あたりだった。

 学校という大人社会から隔離された、ある程度の秩序を求められる社会の中に、長い時間置かれ、僕は多種多様な人間が居る事を知ったし、彼らには彼らの様々な家庭事情を内包している事も知る事ができた学校はそれなりに楽しいと感じ、学業以外でも勉強にもなった。

 ただ、その環境の中で、僕は学校の授業参観や運動会といった両親を連れ立った行事だけは、どうしても好きにはなれなかった。

 クラスメイトの両親が笑いながら我が子を見つめる独特な視線や、家族同士のかもし出す空気が苦手で、羨ましかった。

 どうして、僕の家はあんなにちぐはぐなんだろうかと、小学校の頃は良く悩んでいた。それでも、家族という世界を壊したくは無かった僕は、平凡な息子を演じ続けた。それなりに駄々を捏ねて、それなりに迷惑を掛けて、それなりに褒められる事をした。

 全てにおいて平均化されたであろう僕の生活は、誰からも強く批難されることはなかったが、誰からも注目される事も無く、決して広くなく、僕の手の届く交友関係を築き、勉強も真ん中で、運動もほどほどという人生を歩んでいた。

 その事に後悔は無いし、きっと過去に戻って人生をやり直せると言われても、同じ道をただ歩くだけになるという自信があった。

 そうして今では高校生になり、僕は何事も無く日々平穏と生活して来る事ができた。人並みの生活に満足は一応出来ていたし、役者を目指してみようかな。などと戯言を考えられる程度の余裕は持てるようになっていた。

 ただ、それだけだ。何の起伏も無い平坦な日常だった。何にもないのに、奇妙なほど居心地の悪い生活が続いた。

 夏休みに捕まえて自由研究に使ったカブトムシだって、僕の与えた虫籠という新居で、もう少し変化のある日常を過ごしていたんじゃないかなと思うほど、僕と姉さんは閉塞感に苛まれ続けていた。

 息が詰まりそうだと思い続けてみても、その環境に僕は適応していったのは紛れも無い事実だった。人間はどんな環境でも適応できるらしいけれど、まさか実体験する事になるとは思いもしなかった。けれども、全個体が適応できるとは限らないという事を、『平凡』な息子を演じていた僕に教えてくれたのが姉さんだった。

 僕の余裕は、きっと姉さんが変わってから僕自身に起こり始めた、最初の変化だった。

 姉さんと僕は二つ違いで、小学校の頃から、僕は姉さんにべったりというわけではなかったけれど、それなりに仲が良かった。

 他愛も無い話をする事もあれば、勉強を教えてもらい、教科書のお下がりを貰ったりした。それだけだ。姉さんとは部屋も別々だったし、趣味も違った。

 長い黒髪の女の子で、静かな姉さんでしかなかった。共通点と言えば、静かなところだけだ。僕と同じように、姉さんもきっと、姉という役割を自然に演じていたはずだった。

 そんな姉さんが中学校に入ると突如として、それまで常識だと思っていた静かな姉さんという認識を打ち破り、まるで未知の生命体に乗っ取られたみたいに変わっていった。

 今まで、真っ黒だった髪の毛を茶色に染め始め、一学期の早々から両親は学校に、呼び出されるようになった。

 当然ながら、両親による家族会議も行われたが、まったく効果は無く、姉さんは自由奔放な生き方を満喫するかのように、夜遅くに帰って来ては、両親に怒鳴られていた。

 素行不良で何度も補導されていたし、中学生でアルバイトまでしていた。それでも、姉さんはそこそこ頭が良く、成績も悪くは無かったのだから、学校の先生達からすれば、本当に心配してくれていたのかもしれなかった。

 ただ、両親は姉さんが変わっても、両親という役を演じているだけで、大きな変化は無かった。怒る事も今までと変わりは無かった。上っ面だけで、本当はどう思っているかも判らないのに、声を張り上げて尤もらしい言葉を並べ立てた。言葉は間違っていなかったのは確かで、僕も両親の言葉にだけは同意できると思ったけれど、だからといって、中身が見え透いている言葉ほど、相手に届かないものだ。僕はその光景を滑稽だと思い、親を演じ続ける二人に驚き、この人たちは筋金入りだと感じた。

 これなら、両親が実は未来からやってきたアンドロイドと言われて紹介されたほうが、とても好感を持てた。

 僕の両親は未来からやってきたんだ。プログラム通りにしか動けないけど、僕達をきちんと育ててくれている大事な家族なんだ。

 友達にも絶対、そっちのほうが自慢できた。

 両親だった二人は、意固地になっているのかもしれないとさえ思った。けれど、今から振り返るならば、僕と同じだったのかもしれないと、考えられるようになった。

 演じる事が日常に成り過ぎて、本当の自分が見つけられなくて、仕方なく演じるという行為で自分自身を保っていた。それが、両親という役割で、父だった男は愛人を作り、母だった女は遊び相手を探し続けた。

 とにかく僕は、両親に変化が無い事に興味は無かったけれど、姉さんが心配になった。中学校に入ってからの姉さんはどこか、不満気で悲しい顔を見せた。今までも何度かあった事は否定できない事実だったけれど、中学校に入ってからの姉さんが見せる悲しい顔は、はっきりと種類が違うと言えた。

 正直に言えば、それが良く判らなかった。それでも、姉さんの悲しい顔を見て、僕も同じように悲しい気持ちになって、何とかしてあげたいとも考え始めていた。

 多分、それからだ。

 僕は、姉さんと話す機会が増えたし、姉さんは姉さんで、三年生になると勉強に執心していった。何かを振り払うかのように、必死になって勉強し始めていた。

 そんな姉さんに憧れていたのは決して、嘘ではなかった。


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