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第8話「立つ者、立たぬ者」

 生徒会選挙の告知が貼り出されたのは、月曜の朝だった。


《次期生徒会長 立候補者 募集》


その紙切れ一枚が、校内の空気を微かに揺らす。


「徳川じゃね?」

「絶対そうでしょ」

「学園祭の立役者だし」


噂は、火より早く広がった。


徳川 恒一は、それを遠くから聞いていた。


胸の奥が、重くなる。


(……また、頂か)


かつて彼は、頂を求め続けた。


登れば登るほど、周囲は遠ざかり、

背負う命の重みだけが増えていった。


昼休み。


鷹宮が、真剣な顔で話しかけてきた。


「お前、出ろよ」


「……簡単に言うな」


「簡単じゃないのは分かってる。でもさ」


鷹宮は一度、言葉を探す。


「お前が上にいたら、俺は安心できる」


その一言に、家康は息を止めた。


かつて、誰もそんな理由で自分を求めなかった。


「恐れではなく、信で人が集まる。お前はそれができる」


その評価が、何よりも重かった。


放課後。


例の少女が、昇降口で待っていた。


「ねえ徳川。立候補、するの?」


彼は答えられなかった。


少女は、少しだけ笑う。


「逃げたい顔してる」


「……逃げてはならぬと、知っている」


「でも、怖いんでしょ」


図星だった。


「頂に立てば、必ず誰かを傷つける」


それは、彼が身をもって知っている真理。


少女は、少し考えてから言った。


「でもさ。傷つけないように悩む人が上に立つなら、悪くないと思う」


その言葉が、胸に刺さった。


数日後。


立候補締切。


名前が書かれた紙は、二枚だけだった。


一人は、二年生の有力候補。

実績も人気もある。


そして――


もう一枚。


徳川 恒一


自分で書いた文字ではない。


誰かが、推薦として出したのだ。


教室がざわつく。


「マジで出るの?」

「本人、何も言ってないよね?」


家康は、席で目を閉じた。


(……民が、望むなら)


だが、それだけで立ってよいのか。


夜。


彼は、再び夢を見た。


天下統一後の城。


静まり返った広間。


老いた自分が、玉座に座っている。


誰もいない。


「頂に立てば、孤独になる」


そう呟く声は、自分自身だった。


そのとき、若き日の自分が問いかける。


「それでも、立たねばならぬ時があるのではないか」


目が覚めた瞬間、心は決まっていた。


翌日。


全校集会。


立候補者演説の日。


体育館はざわめきに満ちている。


先に演説した二年生は、完璧だった。


実績、計画、公約。


拍手は大きい。


次。


「一年生、徳川 恒一」


ざわめきが走る。


家康は、ゆっくりと壇上に上がった。


原稿はない。


マイクを握る手も、震えていなかった。


「私は、かつて……力で人をまとめようとした」


突然の言葉に、会場が静まる。


「その結果、多くを失った」


誰も意味は分からない。


だが、真実の重みだけは伝わった。


「だから私は知っている。頂に立つ者は、決して強者であってはならぬ」


一呼吸。


「迷い、悩み、時に立ち止まれる者でなければならない」


ざわめきが消える。


「私は、完璧ではない。むしろ、遅い」


少しだけ、微笑む。


「だが、声を聞くことだけは、やめぬと誓う」


「もし、そんな生徒会を望む者がいるなら――私は、その責を引き受けよう」


深く、頭を下げた。


拍手は、すぐには起きなかった。


だが、一人が手を叩く。


次に、二人。


やがて、体育館が揺れるほどの拍手が広がった。


それは熱狂ではない。


信任の音だった。


結果は、翌日。


掲示板に貼られた紙を見て、誰もが息を呑んだ。


《次期生徒会長 当選

 一年三組 徳川 恒一》


静かな歓声。


家康は、その場で目を閉じた。


(……また、頂に立った)


だが、今回は違う。


命を踏み台にした玉座ではない。


信を預けられた場所。


少女が、少し離れたところから手を振っていた。


鷹宮は、親指を立てる。


一人ではない。


それだけで、胸の重みは半分になった。


夕暮れ。


生徒会室の鍵を受け取り、扉を開ける。


机は質素。


だが、この部屋には“国”がある。


人の集まり。

想いの交差点。


家康は、静かに呟いた。


「……天下とは、ここから始まるのか」


答えは、まだ先。


だが、歩む覚悟はできていた。


頂に立つことを恐れながら、

それでも逃げぬと決めた者だけが、見られる景色がある。


物語は、最終章へ向かう。

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