第23話「味方を増やす術」
六月。
空気は湿り、街はじわりと汗をかく。
徳川は気づいていた。
組織は城。
だが城は石だけでは立たない。
人が支える。
スポンサー契約修正の一件以降、社内の視線は少し変わった。
「真面目すぎる」
「理屈屋」
「でも悪くない」
評価は割れている。
悪くない。
それは戦において、悪くない位置だ。
ある日、早川が言う。
「営業部、まだ警戒してるよ」
「当然だ」
「味方にしないの?」
徳川は資料から顔を上げる。
味方にする。
戦国で言えば、同盟。
現代では、信頼。
徳川はまず営業部の会議に顔を出す。
本来、開発は出なくてもいい場。
だがあえて出る。
「現場の声を聞きたい」
営業リーダーの佐伯が眉を上げる。
「珍しいな」
「現場を知らねば、机上の空論になる」
佐伯は小さく笑う。
「若いのに、古臭い言い方するな」
会議は生々しい。
「学校は予算がない」
「IT担当が不在」
「先生は忙しすぎる」
理想のプランは、現場で削られる。
徳川はメモを取る。
反論しない。
まず聞く。
会議後、佐伯が言う。
「開発はいつも“こうあるべき”って言う」
「営業は“こうでしかない”と言う」
「どっちも正しい。だからぶつかる」
徳川は頷く。
「ならば、橋を作る」
数日後。
徳川は“営業向け簡易提案キット”を作る。
専門用語を削り、図を増やす。
導入メリットを三点に絞る。
「説明しやすい」形。
佐伯に渡す。
「使えるか」
佐伯はページをめくる。
「……これは、助かる」
小さな勝利。
次に向かったのは、カスタマーサポート部。
電話越しの苦情を一手に受ける部署。
「現場の不満を知りたい」
担当の中村は驚く。
「開発が?」
「原因を知りたい」
サポート記録を読む。
「ログインが分かりにくい」
「動画が止まる」
「操作説明が難しい」
徳川は静かに息を吸う。
戦で言えば補給線。
ここが弱ければ、前線は崩れる。
その週、UIの微修正案をまとめる。
小さな変更。
だが問い合わせ件数が減る。
サポート部から感謝のメール。
「助かりました」
味方は、声を聞いた分だけ増える。
だが、すべてが順風ではない。
北村派の一部は警戒を強める。
「若手のくせに動きすぎだ」
耳に入る噂。
徳川は焦らない。
敵対は避ける。
正面衝突は最後の手段。
ある夕方。
石橋が呼ぶ。
「最近、動いてるな」
「味方を増やしています」
石橋は目を細める。
「天下取りか」
「違います」
徳川は首を振る。
「機能させるためです」
石橋は笑う。
「それを天下と言うのかもしれない」
その夜、徳川は考える。
戦国の天下は、領土。
現代の天下は、影響。
誰かを従えることではない。
誰かと繋がること。
数日後、モデル地区の学校を訪問。
営業、サポート、開発、三部署合同。
現場ヒアリング。
教室の空気は生きている。
「助かってます」
教師の言葉。
だが同時に。
「ここはもっと簡単に」
率直な声。
徳川は即答しない。
持ち帰る。
約束は軽くしない。
帰りの新幹線。
佐伯が言う。
「正直、最初は警戒してた」
「分かります」
「でもな、現場に来る開発は少ない」
徳川は窓の外を見ながら言う。
「現場を知らぬ将は、兵を失う」
佐伯は笑う。
「やっぱり古いな」
だがその声は柔らかい。
社内。
部署横断の小さな定例会を立ち上げる。
営業、開発、サポート。
月一回。
情報共有の場。
最初はぎこちない。
だが次第に笑いが混じる。
北村も一度、顔を出す。
黙って聞き、最後に言う。
「悪くない」
それだけ。
だが十分だ。
六月の終わり。
問い合わせ件数は減少。
導入校は増加。
数字が語る。
だが徳川の胸にあるのは、別の感覚。
組織の温度が変わってきた。
冷たい壁が、少しだけ柔らいだ。
夜のオフィス。
窓に映る街は光の海。
徳川は独り言のように呟く。
「天下とは、支配ではない」
味方を増やすこと。
孤立を減らすこと。
繋がりを太くすること。
戦国では、裏切りが日常だった。
だが現代は違う。
信頼は、裏切られにくい。
時間をかければ、根を張る。
スマートフォンが震える。
サポート部の中村から。
「先生からお礼のメールが来ました」
添付画像。
子どもたちの笑顔。
徳川はしばらく画面を見つめる。
これが本丸。
城は完成しない。
常に修繕が必要。
だが石を積む仲間が増えた。
それだけで、景色は違う。
六月最終日。
徳川は社内定例で報告する。
数字だけでなく、現場の声も伝える。
役員たちは頷く。
北村も、静かに。
会議後、石橋が言う。
「お前は、人を動かすな」
「動かしていません」
「巻き込んでいる」
徳川は少し考える。
巻き込む。
それは強制ではない。
共に進むこと。
帰路。
夜風が熱を冷ます。
徳川は歩きながら思う。
天下は遠い。
だが一歩ずつ近づく。
支配ではなく、調和へ。
戦ではなく、協力へ。
若武者は、刀を持たない。
だが手には地図。
味方という名の道が、少しずつ広がる。




