第19話「選ぶ未来」
十一月。
銀杏並木が黄金に燃えている。
落ち葉を踏むたび、乾いた音がする。
自治会代表としての任期も、残りわずか。
後継体制は整い、神谷は副代表として堂々と議事を回している。
徳川は一歩後ろに立つことが増えた。
その姿に、周囲は安心を覚えつつも、どこか寂しさを感じていた。
ある日、進路ガイダンスの案内が届く。
政治家インターン説明会。
国家公務員試験対策講座。
民間企業合同説明会。
選択肢が、机の上に並ぶ。
(どの道が“天下”へ続く)
夜。
下宿の机に資料を広げる。
政治家インターンのパンフレット。
「若者の声を国政へ」
力強い言葉。
かつての自分なら、迷わなかった。
頂へ向かう道。
だが今は、足が止まる。
翌日。
椎名とカフェで向き合う。
「進路、決めた?」
「まだだ」
椎名はコーヒーを揺らしながら言う。
「私は地方公務員を受ける」
「なぜ」
「目の届く範囲を変えたい」
小さく、確実に。
その言葉が胸に残る。
その夜。
三浦と居酒屋へ。
「俺は民間だな」
「理由は」
「稼ぎたい」
笑う。
だが真顔になる。
「理想もいいけど、生活も大事だ」
現実の声。
重い。
数日後。
徳川は政治家インターンの説明会に出席する。
壇上には若手議員。
熱弁。
「若い力が必要だ!」
拍手。
質問時間。
徳川は手を挙げる。
「理想と妥協の線引きは、どこにありますか」
会場が静まる。
議員は笑う。
「政治は現実だ。理想は掲げるものだが、通すには妥協がいる」
その言葉に、既視感を覚える。
(戦国と同じか)
理想は旗。
だが通すには取引。
徳川は席に戻る。
胸が、静かに冷える。
翌週。
国家公務員説明会。
淡々とした説明。
制度。
運用。
安定。
派手さはない。
だが、仕組みを動かす力がある。
質問時間。
徳川は聞く。
「現場の声は、どれほど政策に反映されますか」
担当者は正直に答える。
「上に上げることはできますが、決定は別です」
仕組みの中で動く。
自由は少ない。
だが、確実だ。
夜。
屋上。
冷たい風。
(政治家か、公務員か)
どちらも、天下へ近いようで遠い。
そのとき、神谷が隣に立つ。
「代表、進路悩んでますか」
「顔に出ているか」
「少し」
神谷は言う。
「代表がどこに行っても、影響はあります」
「そうか」
「でも、僕は……」
神谷は少し躊躇う。
「代表が“上”に行くより、“近く”にいる方が好きです」
その言葉に、胸が揺れる。
翌日。
徳川は演劇サークルの舞台を観に行く。
小さな教室。
客は三十人ほど。
だが、役者の目は真剣だ。
拍手。
カーテンコール。
代表の女子学生が笑う。
「続けられてよかった」
小さな声。
だが確かな喜び。
(天下とは何か)
国を動かすことか。
制度を作ることか。
それとも――
目の前の人の未来を、少しだけ明るくすることか。
冬が近づく。
自治会の引き継ぎ準備。
代表室の荷物を整理する。
書類の山。
議事録。
ポスター。
その一枚一枚に、日々が詰まっている。
椎名が言う。
「後悔しない選択、できそう?」
徳川は答えない。
その夜。
机に向かい、エントリーシートを開く。
志望動機の欄。
キーボードに指を置く。
(本当の天下とは)
思い出す。
孤独の頂。
揺らぐ信。
降りる勇気。
若き将たち。
自分が一番満たされた瞬間は、
誰かが成長したときだった。
徳川は、政治家インターンの申込画面を閉じる。
国家公務員の資料も、静かに閉じる。
新たなページを開く。
「教育政策研究プログラム」
大学院進学。
制度の上ではなく、
人を育てる側へ。
翌日。
椎名に告げる。
「大学院へ進む」
椎名は驚く。
「政治家じゃないの?」
「天下は、肩書きではない」
「公務員でもない?」
「仕組みより、人を育てたい」
椎名は笑う。
「あなたらしい」
三浦は目を丸くする。
「安定捨てるのか」
「安定より、納得だ」
三浦は苦笑する。
「相変わらずだな」
神谷は真っ直ぐ言う。
「僕も、院を考えます」
徳川は首を振る。
「真似るな」
「違います。自分で考えます」
その目は、もう揺れていない。
夜。
銀杏の葉が風に舞う。
徳川は歩く。
天下を求めて転生したはずだった。
だが今、理解する。
天下とは、広さではない。
影響の距離でもない。
“信を繋ぐ範囲”だ。
それが一人でも、百人でも。
空気は冷たい。
だが心は静かだ。
選んだ。
捨てた。
迷いは残る。
だが後悔はない。
徳川は小さく呟く。
「……これが、今の私の天下だ」
黄金の葉が舞い落ちる。
季節は終わりへ向かう。
だが終わりは、始まりを孕む。




