工房街の操行機
外壁修繕の仕事を終えたころには、日が傾き始めていた。
腕はだるく、手のひらには操作盤の角で擦れた赤みが残っている。
魔道作業機械は鈍重で、一つ操作をするたびに確認が挟まる。
安全のためだと監督は笑っていたが、俺にはあれが現実とゲームの境目を突きつける儀式のように思えた。
違和感とは違うモヤモヤとした気持ちを抱えたが、それでも銀貨数枚だが金は得られた。
今後の宿代や食事代を考えれば心許ないが、それでもこの世界で明日を生きる糧を得られたという安心感は大きかった。
そして――監督の言葉が頭から離れなかった。
『工房街に行けば、二足歩行のやつもある』
象徴機のことが気になったが、今は見に行くことは止めておいた方がいいだろう。
隠した湖はリリウスが「静かだ」と言っていたので、それをわざわざかき乱す必要もないだろう。
ロボットには関わらず、静かに金を稼いで時を待つのが良い……良いとは分かっているのだが、この目で見ておきたかった。
「行くの?」
背後から、気だるげな声。
振り返ると、リリウスがいつの間にか夕暮れの街並みに馴染むような薄い外套を羽織って歩いている。
人間に擬態しているというより、初めからそういう存在だったみたいに自然だった。
「ちょっと確認するだけさ」
「あなた、本当に好きね。鉄の塊」
「……好きっていうか、こっちのロボットがどんなものか見たいだけだよ」
そう答えると、リリウスは笑った。
止めはしなかったが、止めない代わりにいつもの含みを落とす。
「深入りしないでね。あなた、目立つから」
「そんなことする訳がない」と思いながら、俺は頷いて歩き出した。
工房街は、町の中心から少し外れた場所にあった。
石畳はここだけ黒ずみが強く、空気に金属粉の臭いが混ざっている。
耳に入るのは、金槌で叩く乾いた音、研磨する音、歯車が噛み合う音、そのどれもが何かを作るという方向へ向かっている。
人の意思とは違う意思を持っているように感じ、なぜか背筋が冷えた。
表通りには、監督が言っていた通り、作業用の機械ばかりが並んでいた。
多脚の台座、荷揚げ用のアーム、壁面に張り付くように動く小型の機械。
見た目は確かにロボットだが、人型ではなく、目的のために形を捨てた道具の群れだった。
「戦争が近いもの。まずは壊れたところを直さなきゃ」
リリウスが分かったように言う。
「それに、こういうのは儲かる。生きるために必要な機械だから」
俺は頷きながらも、視線は奥を探していた。
――二足歩行。人型。
表通りを抜け、工房街のさらに奥へ。
人通りは少し減り、店先に並ぶものも変わっていく。
多脚の作業機の間に、妙に長い胸部パーツや、腕の関節ユニットが混ざり始めた。
そして、路地に差し掛かったところで、俺はようやくそれを見つけた。
人型の骨格。
胸部の装甲。
腕と脚が、明確に人の形を真似ている。
「……これは、確かにロボットだ」
「操行機ですって、これの名前」
リリウスが指さす先、店先に置かれた木札に、そう書いてある。
軍の量産機とは違う、民間寄りの雑だが分かりやすい呼び名。
胸の奥が、変な熱を持った。
象徴機の同調環が囁いたもう一度に似た、厄介な興奮。
だが、これはもっと浅い、もっと現実的な物欲に近いものだ。
「顔、変よ」
「悪い……。ちょっとカッコイイなって思っただけだ」
路地を進むほど、操行機の部品が増えていく。
ただし完成品は少なく、修理途中の躯体ばかりだ。
人型がここで主役ではないことがわかる。
それでも、確かに存在しているという情報だけで十分だった。
――その時。
「ふざけるなっ! それじゃあ、乗っている客が死んじまう!!」
怒号が響くと同時に金属音と共に、何かが床に叩きつけられる音がした。
俺は足を止め、反射的にリリウスを見ると、彼女も珍しく眉を上げていた。
「面白そう」というより、少しだけ警戒している顔だ。
「行くの?」
「様子を見るだけ」
路地の奥の半開きの扉の工房。
覗き込むと、中は油と鉄の臭いで満ちていた。
まず目に入ったのは、ずんぐりむっくりした背中だった。
背丈は低いが、肩幅は異様に広く、腕が太い。
顔は年齢を感じさせるシワを隠すようにヒゲが濃く、眉が岩みたいに厚い。
――ドワーフって言葉が頭に思い浮かんだ。
そして、その向かいに立っているのは人間の女性。
髪を後ろで束ね、作業着の袖を肘までまくり上げている、弟子という雰囲気がある。
「だから言ってるだろう! 重装甲にしろ! 骨格を太くして、駆動に余裕を持たせろ!」
「余裕を持たせれば鈍重になります! 今の流行は軽快性です、親方!」
怒号と共に親方が机を叩くと、工具が跳ねた。
しかし、それに怖気づくことなく、弟子が負けじと胸を張る。
工房の中心には、二体の操行機が置かれている。
一体は、重装甲タイプ。
胸も肩も、分厚い装甲で覆われており、脚部も太い。
関節の外側に補強板が何枚も重なり、剣を受け止めても問題ない構造になっている。
もう一体は、軽装甲タイプ。
装甲が薄く、関節が露出している。
肢体は細く、動きの自由度が高そうに見え、俺としては断然こっちの方が良いと思った。
俺が見ていたのは数秒だけだったはずなのに、親方の視線がこちらを捉えた。
「おい、客か!」
怒鳴り声に反射で体が強張る。
「ちっ、違――」と言う前に、親方がズカズカと近づき、俺の襟元を掴んだ。
「ちょうどいい! 見ろ! どっちが買いだ!」
その肉体に相応しい、想像通りの力で工房へ引きずり込まれていく。
リリウスが後ろで静かに笑った気配がした。笑うな。
「いや、俺は――」
「言い訳は要らん! 傭兵だろう、どう見ても傭兵だ!」
「ちが――」
「ほれ、触れ、見て、決めろ! 動かす必要はねぇ。乗れ。感触を見ろ」
親方に言われ、俺は重装甲の操行機を見上げた。
胸部装甲の奥に、簡易的な搭乗スペースがある。
象徴機のような核ではなく、人が座るための最低限の能力を備えただけのコックピットが整っていた。
「ちょっと待ってください、親方!」
弟子が声を荒げる。
「魔力ブーストをまだ積んでません! 起動しませんよ!」
「分かっとる!」
親方が俺を睨む。
「起動させる気はねぇ。ただ乗れ。乗って確かめるだけでいいんだ」
俺は一瞬、迷ったが――だが、触れるだけなら大丈夫だろう。
そう自分に言い聞かせるように、足をキャットウォークにかける。
操行機に乗り込むと、座席は硬く冷たかった。
その時、かすかに――。
背中に金属の感触が伝わった瞬間に機体の内側で何かが軋んだ――いや、稼働する感覚がした。
「……?」
耳を澄ますと、関節部のどこかで、油が動くような微音がする。
意図して操作をしたわけでも、力を込めたわけでもない。
ただ、座っただけ。
胸の奥が、微かに熱を持つような、象徴機に乗った時とは明らかに違う、飲み込まれるような感じではない。
むしろ――
「……」
俺は妙な既視感を覚えた。
象徴機よりも――あの異様な機体よりも、こっちの方が俺がやっていたゲームと似ている。
視界が切り替わることも、思考が深く、深く引きずりこまれることもない。
それなのに、機体がこちらを意識した気配だけ残る。
親方が作ったからだろうか、しっくりとした、心の奥に届く何かがあった。
今回は動かすことはしないらしいので、あらかた触って満足した俺は再びキャットウォークから地上に降りていく。
「おい……」
親方は低く唸り、弟子の目は見開かれている。
「親方……今の見ましたか?」
「……あぁ」
俺が下りた後も、操行機の主機が、ほんのわずかに余韻を残していた。
「魔力ブースト無しだぞ」
「なのに……反応しましたよね」
弟子の声が少し震える。
親方が値踏みをするような目で俺をまた見てきたが、さっきまでとは視線の質が違った。
「……帰れ」
吐き捨てるように言われた。
「ウチは工房だ。厄介ごとを抱える場所じゃねぇ」
俺は何も言えず、外へ押し出される。
厄介ごとから離れようとするように扉が完全に閉じられる瞬間、小さいが親方が弟子に向かい呟く声が聞こえた。
「……あぁいう馴染み方はろくなもんじゃねぇ」
路地に出された俺は深く息を吐いた。
「ねぇ、ソータ」
リリウスの声がどこか楽し気に響く。
「少しだけズレちゃったみたいね」
「何がだ?」
「あなたと機械の距離感」
俺は答えなかった。
答えられなかった。
胸の奥で、あの微かな熱だけがまだ残っている。
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