表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ポケットの中

作者: みゆ




───幼い頃から、彼女はいつもとなりにいた。


幼稚園の頃は、彼女のことを“うるさいヤツ”だと思っていた。

なんでもかんでも仕切りたがって、やたらと俺に勝負を挑んできては、負けると泣いて、勝ってもなぜか泣いて。


家が近所なこともあり、小学校の頃は毎日のように遊び、秘密基地を作ったり、お互いの家で勉強したりしていた。

変わらず彼女に振り回されることが多かったが、それでもその時間が楽しかった。


秘密基地に行ったり、お互いの家に遊びに行く際には、僕と彼女の「おやつ持参ルール」があった。

でも、彼女はそれをいつも破っていた。


持ってくるはずのお菓子を忘れてきて──


「……半分やる」


そんな彼女に、俺はポケットからチョコをふたつ取り出して、その内のひとつを渡した。


「え、いいの?ありがとう!」


「仕方ねぇからだよ。

別に、お前のためじゃないからな」


口ではそんなことを言いながら、気づけば俺は、彼女が困っているときはいつもそばにいた。


 


───それから年齢を重ねるにつれ、彼女はどんどん勉強にのめり込んでいった。


勿論それはいいことだ。

しかし、まるで別の世界に行ってしまったような感覚に、何度も心を置いてけぼりにされた。


それでも一緒にいることをやめなかったのはなぜなのか

──そんなもの、俺にはわからなかった。




今、俺と彼女は同じ高校に通っている。


机に広がる、数冊の書籍やノート。

カリカリと心地よいペンの音。

──カーテンの隙間から差し込む光の加減で、伏せられた彼女の睫毛が長く見えた。


「おい、目ぇ悪くなんぞ」


ぶっきらぼうに放った俺の声に、彼女は一瞬だけ顔を上げ、少しだけ笑ってまたノートに目を戻す。


「うん、わかってる。

でも、もうちょっとだけ。

気にかけてくれてありがとうね」


「……別に、そんなんじゃねえけど」


そう言いながら、俺はごまかすようにスマホを手に取った。


彼女が再びノートに没頭する音と、部屋の静けさ。

彼女の髪がさらりと揺れるたびに、俺はなんとなくそちらを見てしまう。


「別に、お前が何やってるかなんて、どうでもいいし……」


小さな声でそう呟いた俺に、彼女はちらりと目を向けて笑った。


「ふふ。ありがとうね。

昔から君は、そうやってわたしのこと気にかけてくれるよね」


「ばっ…ちげーし!」


「またそうやって照れる」


「照れてねぇ!!」


反論する俺に、彼女はノートを閉じて静かに言う。


「─休憩しようか。

なんか急に思い出しちゃった。

あの頃、毎日一緒に帰ってた日とか、基地の中でくだらない話してたこととか」


そして、そっと俺の隣に座った。


近い──いや、昔もこれくらいの距離だったはずなのに、今はなぜかこの距離が落ち着かない。

それだけのことで、やけに心臓がうるさい。


「……お前が勝手に騒いでた記憶しかねぇけどな」


「えー?そうだった?

わたし結構、控えめだったはずだけど」


「どこがだよ。

声はデカいし、菓子は忘れるし……」


「……でも、君はいつも半分くれたじゃん」


「………」


不意に、あの頃の空気が蘇る。


口では文句を言いながら、差し出した手。

彼女の笑顔。

どれも子どもすぎて───だけど眩しかった。


「───今でもさ」


「ん?」


「──お前が忘れるんなら、半分くらいは、くれてやってもいいけど」


「……え?」


「仕方ねぇからな。べ、別に、お前のためとかじゃなくて……」


そう言いながら、俺は彼女から視線を逸らす。

それでも、ちらりと横目で見ると、彼女はあの頃とまったく変わらない笑顔を浮かべていた。


───あの頃。

俺は決まって毎日お菓子を持って行っていた。

─「どうせ、またこいつ忘れてくるだろ」って、わかってたから。


しかも彼女が好きなやつばかり。

──そんなこと、もちろん言ったことはない。


ポケットから取り出して、半分こ。

半分こできないやつはほとんどあげてたような気がする。

─彼女が嬉しそうに笑ってくれるだけで、なんか、それでよかった。



あの頃と同じだ。

今日も、俺のポケットの中には甘いチョコが入っている。


──彼女の好きなやつ。

ちゃんと、ふたつ。


そんなルールも約束ももうないのに、彼女がまた忘れてきても大丈夫なように。

今日も、こっそり用意しておいたことは──きっと、これからも秘密のままなんだろう。


「……はい、休憩終わり。そろそろ続き、やろっか」


彼女の声に小さく頷いて、俺はスマホを伏せ、ペンを手に取った。


ポケットの中のチョコはいつ彼女に渡そうか。

──別に、お前のためじゃないけどな。

そんな言い訳と一緒に、俺はペンを走らせた。




『ポケットの中』

チョコレートも、気持ちも忍ばせている場所。

高校生だし、最後お菓子を入れてるのは鞄の中にしようかなと思ったのですが、このタイトルが思いついたのでポケットにしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ