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7話 百鬼夜行

 この時、ネット上では曇町で起こっている事件の話題で持ちきりだった。誰が言い出したのか、みんなこの事件のことを《百鬼夜行》と呼んでいる。

【曇町のウグイス】信者は、彼が神の使いではないかと考えていた。


「いつも春に起こっていたことが秋に起こる。これは一般に異常事態と言われる。秋に全国で桜が咲けば、当然のことながら大々的なニュースになるだろう。

 しかし、昨今では地球温暖化によって、春でも秋でも、夏のように暑いということが珍しくもない。季節がおかしなことになっているのだ。

【曇町のウグイス】は春の風物詩である。それが秋に現れた。これは地球温暖化による異常気象を表している。早急に効果的な対策をしなければ、いずれ【曇町のウグイス】は夏にも冬にも出没するようになり、日本は四季のない国となるであろう──。

 彼はそれを訴えるために神が遣わせた使徒である」


 というのが彼らの主張である。言うまでもなく、そんなわけない。駆の目的は《トキシポイズ》への復讐であり、彼は神の使徒などではない。

 だが、この見当違いな考えを持った信者たちも、駆にとっては重要な存在であった。


 彼らは、勝手に話を盛り上げてくれる。駆の仲間には、ネットで広報の役割をする者もいたが、信者は自主的にその活動に参加してくれているわけだ。

 信者たちが駆のことを好意的に発信してくれるので、駆の仲間たちは敢えて【曇町のウグイス】に対して否定的な書き込みをすることで、炎上商法の原理を使って更に議論を巻き起こした。


《百鬼夜行》について、そこかしこで話が盛り上がり、今やお祭り騒ぎとなっていた。


     〇


 先ほどの虹色ウグイスとの対決で、俺は《百鬼夜行》について、とある重大な事実に気が付いた。それを伝えるため、イブプロ先輩に連絡を入れると、彼は不機嫌そうな口調で「曇町公民館で合流だ」と言って、すぐに通信を切ってしまった。


 公民館に到着すると、眉間に深いしわを刻んだ先輩が腕を組んで仁王立ちしているのが目についた。今日一番の不機嫌顔だ。俺に気づくと、鋭い眼光で睨みつけるような視線を向けてきた。

「報告しろ。何があった」

 苛立ちを隠そうともせず、急かすように訊いてくる。


「つい先ほど、【曇町のウグイス】本人と思われる虹色の覆面を被ったウグイスと接触しました」

「ハッ。そしてまんまと逃げられたわけか。それで? なんだ。報告と言うのは言い訳のことだったのか?」

 皮肉を込めた訊き方をされる。相当虫の居所が悪いらしい。


「先輩……随分とご機嫌斜めなようですけど、どうしたんですか?」

「……あと少しってところまで追いつめたのに、変態野郎に逃げられたんだよ」

「あぁ、それは腹が立ちますね」

「全くだ。あと少しだったのに……」

 先輩は悔しそうな顔をした。よく観察してみても、本当に悔しそうに見える。呆れるほどの演技力だ。


「そうですか。──嘘、ですよね。それ。先輩は今日、ずっと俺と別行動を取っていた。こっそり仕事サボってたんでしょう? 後輩の俺に指示を飛ばして、仕事してる風を装って。それで俺に隠れて」

 俺はそこで言葉を止めた。先輩は一瞬目を丸くして、俺の顔をじっと見つめ、それから諦めたように穏やかな微笑みを浮かべてこう言った。


「俺がウグイスだ。気づいてるんだろう?」

「さっきは撃ってすみませんでした」

「ははは……思いっきりアザになっちまったよ」

 先輩はシャツを捲り上げて腹を見せた。肌の一部が赤黒く変色している。


「先輩がずっと顔をしかめていたのは不機嫌だったわけではなく、その痛みに耐えていたからですね?」

【曇町のウグイス】は頷き、

「裸で走っていたから腹が冷えちまって、腹痛が凄かったんだ。それで今日はずっと表情が険しかった」

 と付け加えた。そして、

「……なぁ、歩きながら話そうか」

 どこか夢を見ているような口調で、穏やかにそう言った。


     〇


 イブプロ先輩改め【曇町のウグイス】は、黙々と足を動かすばかりで何も話そうとしなかった。どうやら何を話せばいいのか迷っているような様子だったので、俺の方から話題を振ることにする。


「先輩のことを疑ったきっかけは、不自然に別行動をしたがっていたことでした。たまに呼び出したかと思うと、すぐに怒ったふりをしてどこかへ行ってしまい、情報共有すらままならなかった。あれは自分がウグイスではないというアリバイ作りですね?」

「ま、そんなとこだ」

 すっかり開き直ったような態度で彼は答えた。


「他にもあります。組織から配布された資料にも載っていましたが、【曇町のウグイス】はシューズの靴紐を標準のものではなく、わざわざ別のものを買って使っていました。

 既製品の靴紐は黒なのに、【曇町のウグイス】は赤色の靴紐をしています。さっきの虹色覆面も、そして先輩が今履いているその靴の靴紐も赤ですよね。……先輩は赤が好きなんですか? ネクタイもいつも赤ですけど」

 彼は儚げに微笑んだ。


「娘がな、赤色のものが大好きだったんだ。金魚も消防車もリンゴもイチゴも。トマトだって好きだった。とにかく赤色のものなら何でも好きだったんだよ。あんまりにも赤いものばかり欲しがるから、俺もいつの間にか赤色が好きになっちまった」

「そうですか」


 先輩の娘さんは亡くなったと聞いている。先輩の顔を盗み見てみたが、感情の読み取れない表情をしていた。その表情のまま、先輩は喋り出す。


「言っておくが、組織への異常な忠誠心を見せていたのは、あの連中からの信用を勝ち取るためであって、本気で組織を盲信してるわけじゃないぞ。あと、お前にあの組織がやばいって意識させるという目的もあった」

「俺に?」

「ああ。お前はあの組織の中で唯一正気だったから、まぁ端的に言えば仲間になってほしかったんだ」

「仲間……」

 先輩は至極真面目な顔で頷いた。


「そうだ。……カロナール。俺と一緒に《トキシポイズ》をぶっ潰さないか?」

 俺は苦笑しながら答える。

「組織の転覆を(はか)った者は死罪ですよ」

「転覆しきっちまえば勝ちだ」

「ですね。でも……」

 曖昧に言葉を濁した俺の煮え切らない様子を見て、先輩は

「少し、俺の話をしてもいいか?」

 と言った。俺が頷くと、先輩は遠い目をして話し始めた。


     〇


「俺が《トキシポイズ》に入ることになったのは、お前と同じような経緯だ。……車を運転していた時のことだ。横断歩道もない場所で突然道路に黒服の男が飛び出してきた。

 急ブレーキを踏んでなんとか轢かずに済み、ぶつかった衝撃もなかったが、黒服の男は倒れていた。運転席から降りて『大丈夫ですか!?』と声を掛けると、黒服は、

『これが大丈夫に見えるか? どこ見て運転してやがんだタコ。どうしてくれんだよ、このスーツ。お前のせいで破けちまってんじゃねぇか。慰謝料寄越せクソ野郎』

 とかなんとか、喚き散らした。まぁ、うちの常套手段だな。因縁つけて無理やり契約書にサインさせて逃げられなくするってのは。

 俺の場合は家族を人質にされた。それからは馬車馬のようにこき使われたよ。少しでも組織に反抗的な態度を見せれば、

『娘がどうなってもいいのか?』『お前のとこの奥さんは美人だよなぁ』『気を付けろよ、実家のお袋さんは歳だし、何かが起こって突然死んじまっても不思議じゃないからな』

 と、腐れ野郎共が下卑た笑みを浮かべながら脅してくる。俺は耐えるしかなかった。そんな日々を送っていたある日、俺は仕事でミスをした。


 知ってるだろうが、当時、《トキシポイズ》での俺の仕事は詐欺だった。だが、その日のターゲットは人の良さそうな婆さんで、俺はつい教えちまったんだ。

『婆さん、実はこれは詐欺なんだ。何も知らないふりして断ってくれ』

 ってな。それを聞かれてた。盗み聞いてやがったのは、新人だった俺の監視役をしていたニコチンの野郎だ」


 ニコチンというのは、社員が組織に対して反逆の意思を持っていないか確認する役割をしている、社長の右腕的存在だ。


「ニコチンはこのことを報告し、ボスは俺に制裁を下した。──娘が、殺されたんだ」

 そして、娘さんを失ったショックで奥さんも後を追うように亡くなったそうだ。それを語る先輩の口調には徐々に熱が込められていった。


「二人がいなくなってすぐに、俺は復讐を決意した。組織に忠誠を誓ったふりをして、開発中だった薬品を盗み出し、その薬品を使って【曇町のウグイス】になったんだ」

「でもあの薬って、副作用で身長が1センチ縮むんですよね?」

「あぁ、俺は今日で四度目の使用になるから、4センチ縮んだわけだ」

 先輩はこともなげに答える。そんなことは彼の覚悟の前では些事であるらしい。


「そういえば、例の掲示板の書き込みも先輩の仕込みですよね?」

「ああ。あれは自作自演だ。仲間の一人が担当してくれたんだよ。俺はあの書き込みをボスに報告することで、曇町へと派遣してもらえるように誘導した。ついでにカロナールをパートナーとして付けてもらうようにしてな」

 俺は先輩の顔を見た。彼は真剣な顔で俺のことを見ている。


「さっきも言ったが、俺の仲間にならないか。《トキシポイズ》に一矢報いてやりたくないか?」

「……俺には、勇気がありません。俺なんかが歯向かったって、《トキシポイズ》は倒せない」

「俺がいる。そして、俺には仲間がいる」

 いつの間にか、俺たちはさっき対決した空き地へと辿り着いていた。


「例えば、彼だ」

 先輩が言うのと同時に、背後で「ボン!」と音がした。振り返ると、そこには煙の中から現れる変態マジシャンの姿があった。

 彼はくるりとターンして、パチンと指を鳴らすと、シルクハットを押さえながら言った。

「It's show time」

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