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1話 走れ全裸駆

 馬鹿は春の風物詩である。さながらフキノトウのように、雪解けを合図にして、現れる。二年前の春のある日、それは突然発生した。

 某県某市にある、曇町(くもりまち)という場所には、雑居ビルが立ち並び、迷路のように複雑に入り組んだ路地裏が存在していた。その路地裏から飛び出してきたのは、一人の変態。


 彼の名は全裸(ぜんら)(かける)。覆面をしてランニングシューズを履いていること以外は生まれたままの姿であった駆は、その驚異的な脚力で曇町を爆走した。

 警察の猛追の(ことごと)くをひゅるりと躱し、遂にはまんまと逃げ仰せてしまった駆の存在は、全裸爆走変態伝説として、曇町住民の心に深く刻み込まれた。この事件は新聞に載り、全国的にも話題になったが、時間と共に人々の記憶からは忘れ去られていった。


 しかし、そのまま事件が迷宮入りすることはなかった。一年後の春、またもや駆は一糸(まと)わぬ姿で曇町を駆け回ったのだ。そのまた一年後にも、駆は曇町での全裸爆走を成し遂げた。

 駆による大々的な公然猥褻(わいせつ)行為を警察が放っておくはずもなく、彼らは駆を豚箱にぶち込むために死力を尽くしたが、とうとう駆を捕まえることはできなかった。


 複雑怪奇に入り組んだ路地裏が原因と言われている。駆は路地裏をまるで風のように、常人ではとても追いつけない速度でスイスイ進んでしまうのだ。それに、彼には優秀な協力者もいた。

 もう少しで捕まえられるというところまで追い詰めたとしても、協力者が華麗に駆を窮地から救い出す。故に彼を捕まえることなど、到底不可能に思われた。


 事件が毎年の恒例行事のようになり始めた今年の秋。前回の事件からおよそ半年後のことである。まだ春までは時間があるというのに、四度目の伝説が生まれようとしていた。


     〇


 曇町において、いよいよ本格的に変態が春の風物詩になりつつあるが、その年、変態は秋にも現れた。


 俺は先輩であるイブプロさんと共に曇町にやって来ていた。この町で今日、変態が走るという情報を得たのだ。

「本当に現れますかね。例の変態」

 俺がぼんやりと問い掛けると、イブプロ先輩は、

「残念ながら、可能性は低いだろうな」

 と苦笑混じりに答えた。


「まぁそうですよね。なにせ、情報源がネットの掲示板に書かれた信憑性のない話ですから」

 イブプロ先輩は頷くと、

「でも、仮にこれが本当だったなら大チャンスだ。春を待たずして奴を捕まえられるかもしれんからな。組織に(あだ)なす不届者を、いつまでも野放しにするわけにはいかん……」

 と、全裸ランナーに対する憎しみの滲む口調で言った。


 俺たちは現在、曇町を横切るリンゴ川の河川敷を歩きながら全裸ランナーが現れるのを待っているところだ。午前十一時。気持ちの良い秋晴れだった。

 たまに風が肌寒く感じることもあるが、太陽がよく照っていることもあり、とても過ごしやすい日だ。事前情報がなければ、こんな日に変態が町中を全裸で爆走するなどとは思ってもみないだろう。


 先ほども少し触れたが、俺たちがこの町に来たのは、ネットの掲示板にとある書き込みがされているのを発見したからだ。


「秋だけど、曇町で全裸爆走オフ会やろうぜwww」

 というタイトルのスレッドに、今日この町で全裸爆走を実行する旨が記されていた。

 多くの否定的な書き込みの中で、一人だけ本気で実行するつもりである気配を漂わせている者がいたのだ。そいつが【曇町のウグイス】本人であるのかは不明だが、少なくともそいつ自身は我こそが【曇町のウグイス】であると主張していた。


【曇町のウグイス】というのは、言うまでもなく二年前に現れた例の変態のことだ。彼は春にしか出現しない。つまり彼の存在は春の訪れを告げるため、そのように呼ばれている。

 この町では、『ウグイスが鳴けば変態が走る』とも言われているし、『変態が走れば桜が咲く』とも言われている。


 普通に考えれば、今回の書き込みは彼に触発された模倣犯である可能性が高い。俺たちの目的はあくまでも【曇町のウグイス】本人なので、偽物に興味はないわけだが、仮に本物だった場合のことを考え、念のために遠路はるばるこんな場所までやって来たのだ。

 俺やイブプロ先輩が所属している組織《トキシポイズ》のボスは、【曇町のウグイス】に異様なほどの執着を見せている。ボスは彼についての情報を掴むと、どれだけ信憑性が薄くても、我々社員にその情報の真偽を確かめさせるのだ。


 しかし、警察が彼を捕まえることができていない状況からも分かるように、彼は慎重な男だ。今まで三度も衆目に姿を晒しているというのに、彼の正体を特定するために有用な情報は存在しない。

 分かっていることといえば、彼は男であるということ。身体能力が極めて高いということ。春になると裸で町を駆け回るということくらいだ。


「カロナール。そんなにキョロキョロと周りを見なくてもいい」

 イブプロ先輩が俺に声を掛けた。カロナールというのは俺のコードネームだ。当然、先輩のイブプロというのもコードネームである。


「もし例のウグイスが現れたら、すぐにパトカーのサイレンが鳴るはずだからな。この町の警察は奴を捕まえるために日々厳しい訓練を受けているから、他の場所よりも変質者への対応が凄まじく速い。それに、俺たちは奴のことを一番に発見するために来たわけじゃない。目的はあくまでも奴を捕まえることだ」


 イブプロ先輩はそう言って軽く俺の肩を叩いた。俺が《トキシポイズ》の中で最も親しいのは、このイブプロ先輩だ。この人は組織に対して過剰な忠誠心を発揮すること以外は常識人だ。

《トキシポイズ》ではボスを含め、ロクに会話することもできないような連中が大半を占めるため、普通に話すことができるイブプロ先輩は貴重な存在だった。


「そんなに緊張するな。奴は他人へ直接的な暴力行為に及ぶわけじゃない。全裸であるというだけで、所詮ただの人間だ。あんな輩、恐るるに足らん」

「……はい。そうですよね。ボス直々の命令なんで、無駄に気合入ってました」


《トキシポイズ》では、ボスの権力は絶対なもので、逆らえば恐ろしいことになる。無意識のうちに肩に力が入ってしまっていたようだ。俺は大きく息を吸って、長く吐き出した。

 秋の涼しげな空気が肺を満たし、少しだけ爽やかな気分になる。

「まぁ、本当に現れるかどうかも分かんないんだし、もうちょっと気楽に構えてみます」

 俺の言葉にイブプロ先輩が軽く頷いたところで、


「ウグイスだ! ウグイスが出たぞ!」

 と、声が上がった。反射的に声がした方に目を向ける。前方。橋の上。河川敷からは見上げる形になる。


 風を切るように走る【曇町のウグイス】の姿がそこにはあった。

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