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供養作品集

ヒロインは世界平和のためにヤンデレを攻略する

作者: 月乃宮 夜見

好きだった乙女ゲームの要素を入れながら、書いてみました。

桜の花びらが春風に舞う、学園の入学式前日。


寮の窓から見える魔法学園の尖塔が夕陽に輝き、まるで絵画のような風景が広がる。そこで私は、凍りついた。


「やば、ここってゲームの世界じゃん!」


制服の試着をしていた私は、気付いてしまった。


部屋の姿見に近付き、自身の容姿を再確認する。


桃色がかった茶色の、ウェーブする髪。紫がかった、青い虹彩。身に付けている、臙脂色と紺色と白のトリコロールのジャケットに私の学年を表す青いリボンタイの制服。


呆然として間抜けな表情をしているけれど。間違いなく、私が昔やっていた乙女ゲームの主人公だった。おまけに私の名前はヒロインのデフォルト名『ラナン・イニカ』。どう考えても異世界転生である。


この容姿をどこかで見たことあると思っていたが、まさか私が異世界転生するとは。驚きというか、感心のような気持ちが湧いてきた。


思わず、体が震えてしまう。感動なのか、恐怖なのかはよく分からなかった。だけれど、どことなく喜びの感情がある。


だって、目に映る自分や寮の自室――目に映るすべてが、昔ハマっていた乙女ゲーム『運命の花園』の世界そのものだったのだから。意識が乗っ取られたとかそういうのはない。私は産まれてから今までずっと、ラナンとして生きていた。


だから、ここはゲームのような世界だけれど、それが今の私の現実だというのは分かってる。


「改めて見たけど、すっごーい……」


癖はあるけど髪はちゅるんとしていて、艶があり滑らか。くりっとした目に、まつ毛は上向き。胸はそこまで大きくないけど、バランスが良い体型だ。肌は張りがあって健康的。桜貝のような爪の先まで、完璧に可愛い。


「まあ、これは小さい頃からケアをして、今もやっているからだけど……」


薬術師でもあるお母さんがくれた、ボディソープとシャンプーにトリートメント、そのほか化粧品達のおかげである。定期的に送ってくれると事前に教えてくれた。


ボディケアは時間はかかるけど、そこまで苦じゃないから続けられるはず。いつも自分でやっていたし。


というか、ラナンは私の推しの1人でもある。そんな存在になれるなんて最高だし、私の怠慢で魅力を曇らせる訳にはいかない。


ラナン・イニカはイニカ国の姫。だが、『他国のことを学ぶ』という体で同盟国のサンクトス帝国に遊学に来ていたのだ。無論、私だけではない。姫様付きの騎士のダイアンと侍女のクローバーを連れている。その2人だけだけど。


ダイアンは男子寮にいるから、今は私のそばには居ない。代わりに、私の隣の部屋には侍女のクローバーが居る。同い年の、ドジっ子メイドだ。


今は……多分、寝てるな。隣の部屋は静かだし。


「確か、シナリオの流れは……」


入学式の準備はもう既に終わっているので、私はシナリオの流れを具体的に思い出すことにした。


ゲームの目的は明確だ。学園に通う攻略対象と恋愛関係を築き、愛を育む。攻略対象は複数いるが、どのルートも波乱万丈。だって他国の王子や公爵だからね。……って、何で同時期に同じ学園に通ってんのよ。


『運命の花園』は学園モノらしく、入学式の少し前から物語は始まる。そして、入学式は明日。


つまり、今から事が始まるのだ。


「始まる前に気付いてよかったー!」


膝を突き、噛み締めるように叫ぶ。本当、良かった……!


前世の私は乙女ゲーだけでなく、異世界転生の恋愛モノもよく読む側だった。純正ヒロインは、転生者の悪役令嬢にざまぁされる展開が多いんだ。私、知ってる。


「だけど確か……誰かと結ばれなきゃ、世界が終わる」


この世界には邪神が封じられていて、それがもうじき目覚めてしまう。邪神が目覚めると世界は魔物のものとなり、人間が滅ぼされてしまうそうだ。


主人公であるラナン()が『星の巫女』とかいう存在で、攻略対象達が『星の勇者』とかいう存在。巫女と勇者が心を通わせるうちに、攻略対象にしか扱えない特殊なアイテム(固有)が発生して邪神を封じる手掛かりとなる。


「つまり、巫女と勇者が心を通わせなきゃいけないんだ」


どこか都合よく、星の巫女の素質を持った悪役令嬢の方が上手くやってくれないかなーとか思ったけれど。悪役令嬢なんていたっけ、『運命の花園』(あのゲーム)


とりあえず、攻略を目指すなら欲張ってハーレムを狙わなきゃ良いんだよね、多分。


「まず、伝承(それ)が本当か確かめなきゃ……!」


本当に世界が滅びようとしているのか、星の巫女は星の勇者と心を通わせなきゃいけないのか、とかね。あ、私が星の巫女なのは確定みたいです。帝国から証明書をもらいました。


私がこの学園に通うことになった理由もそれなんだよね……。で、攻略対象達は誰に星の勇者の素質があるかは分からない。素質の種はあるけど、育ってないって感じ。ラナン()が育てるっぽい。まじか。


『運命の花園』(ゲーム)の伝承が本物なら、私は世界を守るために行動を移さねばならない。だって私はイニカ国の王女であり、将来は国を守り育てなければならないからだ。世界一つ守れなくて、王女が務まる訳もない。


「とりあえず、図書館に行かなきゃ」


本当は騎士であるダイアンか侍女のクローバーと出かけなきゃなんだけど、そんな悠長な暇はない。単身で学園の図書館(あらゆる情報がある)に向かった。


夕暮れの学園は魔法の灯が揺らめき、まるで夢の世界のようだった。


×


図書館は静寂に包まれ、古びた書架の間に埃が舞う。桜色の夕陽がステンドグラス越しに差し込み、床に幻想的な光の模様を描いていた。


私は予言の文献を探し、背伸びして高い棚に手を伸ばした。


その瞬間、誰かにぶつかった。書架の陰から現れた人影に、持っていた本が床に落ちる。


「っ、すみませんでした!」


低い声が響き、相手は足早に去っていく。紫がかった癖のある黒髪と、桃色がかった赤い瞳が一瞬だけ見えた。心臓がドキリと跳ねる。あの特徴……まさか、第二皇子?


「いや、まさかね……?」


気を取り直し、予言の文献を探し出す。古びた羊皮紙に記された文章に、背筋が冷えた。


《運命の乙女が愛を見つけられなかったとき、邪神が目覚め、世界は闇に飲まれる。されど、愛の絆は光となり、邪神を封ずる鍵となる。》


「本当っぽい……やばい、ほんとに世界滅亡するやつじゃん!」


焦りが胸を締め付ける。

この学園生活で、誰かを攻略しなければいけない。


最も面倒事が少なく、かつ私の国に連れ帰っても大丈夫な人は……第二皇子のサラナ・サンク・フォティーゾ=アモルのルートのはず。唯一の同い年だし、接点も作りやすい。継承権の問題もないし。


「(……選択肢を間違えたら監禁まっしぐらの、ヤンデレだけど!)」


一番、性格に難があるのだ。この第二皇子は。


過去のトラウマのせいで人嫌いを拗らせて引きこもりをやっているのだ。それを、主人公がゆっくりと癒していく。


ゲームでの彼は引きこもりオタクの設定で、レアな本やグッズで釣ってヒロインは顔合わせをしていた。


それを思い出しつつ、ふと胸に疼きが走る。転生前の私は、恋愛で失敗続きだった。ゲームをプレイしていた夜、画面越しのヒロインに自分を重ねていた。この世界でなら、幸せな恋を掴めるかもしれない――そんな淡い期待が、心のどこかで芽生えていた。


「(……いや、攻略するんだ。私が恋愛をしている暇はない)」


元は恋愛ゲームでも、恋愛に発展しなくとも良い……んじゃないかな? 友情エンド、的な!


他の第一皇子のローゼ・サンク・フォティーゾ=アモルや隣国の王子のダリア・アステリ・ド・モルトニス、公爵のヘリアン・フォン・アーストゥロは、腐っても姫である私との釣り合いは取れるけれど、確か婚約者とか居たはず。


婚約者が居る相手にアタックだって? いやいや無理っしょ。頭沸いてんじゃないの。


で、別の攻略対象であるウィスタ・エクリプシは帝国の宰相、バードック・アステーラスはダリア王子の護衛騎士。身分が釣り合わない! 一応、私の護衛騎士であるダイアンも攻略対象だけど……どうなんだ? 私、お兄ちゃんみたいな感情しか持ってないんだけど。


ひとまず閉館の時間が来たので、急いで本を戻して寮の自室へと戻った。


部屋に戻ったらクローバーがカンカンになって待っていた。「わたしも一緒にお出かけしたかったー」だと。心配したんじゃないんかい。


×


無事に入学式は終了した。


本来、入学式の前に在校生であるダリア王子達との接触イベントがあるのだけれど、割愛させていただきました! 私、サラナ皇子を狙うことにしたので……。ヤンデレを狙うってことは、他の男に関わらない方が好印象ってことでしょう? 多分。


あと、ハーレムルートは狙ってないのでなるべく接触しないようにしたいなーって気持ち。あ、でも外交で最終的に接触するなら、多少は顔を見せていた方がいいかな……?


まずは、攻略対象であるサラナ皇子と接触しなければ。


彼は学園の図書室や自室に引きこもりがちで、攻略の鍵は彼の趣味――レアな魔術書やオタクグッズだ。私が持てる力を使って、魔術書やグッズを集めなければ。


私はサラナ皇子にアプローチを試みることにした。彼がよく居るとされる図書館に通って、彼との接触をしたい。


どうしてだか、サラナ皇子は通常の授業に出ていないようだった。だから、ただ教室に通っているだけでは、サラナ皇子とは接触できないみたい。


「(うぅ、せっかく同じクラスなのに……)」


保健室登校ならぬ、図書館登校らしい。優秀な成績ゆえに、授業は必要ない……みたいな扱い。なので、私は足しげく図書館に通うことに決めた。


×


「貴女がイニカ国の姫、ラナン・イニカですか」


図書館に足しげく通うことを決めた翌日、まさかの第一皇子のローゼ・サンク・フォティーゾ=アモル皇子に呼び出されたのだった。


「はい。私はラナン・イニカと申します」


サンクトス国に倣った礼をし、肯定する。ローゼ皇子はこの学園の生徒会長を務めていて、成績も学年トップなのだ。


周囲には隣国モルトニス国の王子、ダリア・アステリ・ド・モルトニスや同じく隣国の公爵、ヘリアン・フォン・アーストゥロが居る。


ローゼ皇子とダリア王子は一つ上の赤いネクタイをしていて、ヘリアン公爵は二つ上の緑のネクタイをしていた。ダイアンも年齢的に緑のネクタイなんだよね。


「(うっわ、推し達がリアルになって目の前に立ってる。息してる、生きてる)」


思いはしたものの声や表情には出さず、私は貞淑な態度を保つ。


「挨拶が遅れて、大変申し訳ございません。近いうちにお伺いする予定を立てていた所でした」


とは言いつつ。まだ入学して2日目……いや、遅いか。通常なら1日目にするべきことだった。


「近いうちに、ですか。随分と悠長な対応ですね。牧歌的なお国柄ゆえの、価値観ですか」


と、眼鏡の奥で鋭い目線を向けるのは、宰相であるはずのウィスタ・エクリプシ。確か、皇子の護衛も兼任していて、ローゼ皇子達が学園に通っている間は一緒に居るのだ。


紫がかった長い銀髪を緩く編み、桃色がかった薄紫の目の男性だ。ウィスタ宰相は保健室の先生も兼任しているようで、スーツと白衣の姿だ。妖艶な感じがうっすら出てる。


「まあ。イニカ国の姫は今年入学なさったばかりです。いくらなんでも初日ではやることもあるでしょうし、言い過ぎでは」


そう、嗜めるのはダリア王子達の護衛騎士であるバードック・アステーラス。短い黒髪をオールバックにして、鋭い灰色の目の男性だ。王子達の護衛と騎士科の指導を担当しているはず。穏やかに見えるけど、この人は堅物。


「まあ、とにかく挨拶もできたし良いんじゃない? 噂に違わず、可愛いねイニカの姫は」


ピリついた雰囲気を和らげたのは、ヘリアン公爵だ。襟元を寛げてシャツを出し、ラフな格好をしている。だけれど緑のベストとか、なんか色々とオシャレだ。蜂蜜のような濃い金髪を肩で緩く結び垂らし、紫の優しげなタレ目をじっとこちらに向けている。やはり、ゲーム通りに軟派な感じなのだろうか。


「おい、女! 俺様達への挨拶が遅れたのは、俺様の顔に免じて許してやる。次からは気をつけろよ!」


派手派手しく場を纏めた、ダリア王子。うん、ゲーム通りの派手好きのナルシストだ。ド派手ない赤い髪に透き通った水色の目。1人だけ主張が激しい真っ赤な特注ブレザーを着ている。


「今回私が姫をお呼びしたのは、挨拶も兼ねておりますが、一つ、お願いがあるのです」


にこ、と神々しい笑みを浮かべるのはローゼ皇子。制服は規定通りに纏っているようだ。淡い金髪はさらさらで、肩のあたりで切り揃えられている。紫がかった青い目は、真っ直ぐにこちらを見据えていた。


「我が弟の、サラナを気にかけて欲しいのです。私は学年が違いますし、関わる機会も少ない。サラナはちょっと人見知りなのです。姫はサラナと同学年ですし、関わりは私達より多くなるでしょう」


あ、これはサラナ皇子のルートに入る時のシーンの一つだ。……つまり、私はサラナ皇子のルートに突入したのだろうか。いつのまに。


そうして、軽く会話を終わらせて私達は解散した。



「ダメだダメだ! どうしてうちの姫様が、同じ学年ってだけで引きこもりの皇子のお世話をしなきゃならないんだ!」


寮に戻って早速従者のダイアンとクローバーに報告したところ、案の定ダイアンは拒否の意を表した。私を危険に巻き込みたくない、という一心だろう。


「クローバーは、姫が嫌じゃなければ、やっても良いと思いまーす」


クローバーは私の意見を尊重してくれるようだ。うん、やっぱり予想通り。私の意見は、もうすでに決まっている。


「ダイアン、これは私達の国をよくするための第一歩なんだよ。それに、サラナ皇子のことは前々から気になっていたんだよね。だから、やるよ」


そう2人に伝える。「気になっている!?」とダイアンは取り乱していたけれど、クローバーは「頑張ってくださいー」と応援してくれるようだ。


よし。公的な理由もできたし、サラナ皇子を攻略するぞー。



「(……あ、居た!)」


図書館の最奥で隅っこの見えづらい席に、紫がかった黒髪と桃色がかった赤い目の青年――第二皇子、サラナ・サンク・フォティーゾ=アモル。ゲームの攻略対象その人だ。


やはり、攻略前はなんか髪が長くてもさっとしている。攻略の途中で勇気を出して髪を切って、心機一転するんだよね。


様子を観察していると、ふと彼が顔を上げた。


「っ!」


やば、目線が合った。

彼は一瞬、驚いた動作をしたあとに本を片付けてどこかへ行ってしまった。


「しまったな……次は、話しかけなきゃ」


話しかけないと、彼との関係は進展しない。



「えっと、何の本を読んでるんですか?」


翌日。

勇気を出して声をかけた。相変わらず、図書館の隅っこで、ずっと本を読んでいたからだ。


「……は?」


返ってきたのは威嚇するような、低い声。やっば、これ結構怒ってるっぽい声色だな。


「なんか俺に用? ないんなら、あっちに行けよ」


それだけ言うと、顔を伏せて読書に戻ってしまった。


「(うっわー)」


分かっていたけど、塩だ。ラーメン屋もびっくりな、あっさりとした塩対応。っていうか、声は声優さんに似てるけどちょっと違うんだね。安心した(著作権的に)。まあ、私の声も多分声優さんとは違うと思うけれど。


「……予言の本……?」

「っ! 読める、のか?」


なんと、サラナ皇子は予言に関わる書物を読んでいるみたいだった。というか、なんか日本語っぽいんだよな、予言の文献に使われている文字。


「ちょっとだけ、ですよ。サラナ・サンク・フォティーゾ=アモル皇子、ですよね? なぜ、予言の本なんか……」


「そういうあんたはラナン・イニカだろ。……俺が何の本を読んでいたって、あんたにはどうでも良いだろ。あっちにいけってば」


少し捲し立てるように言われてしまった。仕方がないので、一旦私は引くことにした。


声かけは意外と簡単だったので、次はゲーム内で彼が愛好していた魔術書のレプリカや希少な魔法石のフィギュアをちらつかせてみた。しかし――


「ふん。こんなもの、俺のコレクションに比べればゴミだ」


サラナ皇子の冷たい声と、鋭い赤い瞳に射抜かれ、私は言葉を失った。ゲームの知識だけじゃ足りない。彼の心を開くには、もっと別のアプローチが必要なんだ。


「(そうだった。この世界は、ゲームなんかじゃない)」


この世界はゲームのようだけれど、現実なのだ。サラナと向き合うなら、ヒロインの役割を演じるだけじゃなく、私自身としてぶつからないといけないのかもしれない。


×


数日後。

各授業のオリエンテーションが終わり、学園の授業が本格的に始まった。


最初の試練は、魔法史の筆記テストだ。ゲームの知識を頼りに勉強したものの、実際の問題は予想以上に難解だ。


「(知識無双とか、夢のまた夢だなぁ)」


そう思いながら、私は図書館で遅くまで参考書と格闘していた。サラナ皇子と接触して追い返されてから、勉強に入る感じだ。


ある日。

たまには勉強以外もやろう、と久しぶりに予言の文献がある書架に向かった。


そこで本を探していた時、


「わっ?!」


また誰かにぶつかった。今回は見逃さない。相手の腕を掴むと、聞き覚えのある声が響く。


「うげ、ヒロイン……!」


目の前にいるのは――サラナ皇子。


「ちょっと待って、私のことヒロインって呼んだ? あなた、まさか……転生者!?」


サラナ皇子の目が鋭く細まる。だが、その奥に一瞬、怯えのようなものが揺れた。


「チッ、バレちゃったか。まあいい。シナリオ通りに動かないってことは、お前も転生者だろ。目的はなんだ? ハーレムでも作ることか?」


投げやりに言われて、私はむっとした。


「ハーレムとか興味ないよ! 私の目的は、世界平和だよ。邪神封印して、この世界救わなきゃでしょ?」


一瞬目を見開くも、サラナ皇子は鼻で笑う。だが、その笑顔はどこか寂しげだった。


「世界平和、ね。ずいぶん立派じゃないか。やっぱこのままだと滅びるんだな、この世界。……けど、この世界はゲームのシナリオ通りにしか動かない。俺の過去も、兄上の過去も、他の奴らの過去もみんな『運命の花園』(ゲーム)の通りだ。俺みたいな攻略が面倒なヤンデレ枠の引きこもりに絡むより、兄上や他のルートでも狙った方が楽だぞ」


彼の言葉に、ゲームの記憶がフラッシュバックする。帝国の第一皇子ローゼ、隣国の王子ダリア、公爵のヘリアン、宰相のウィスタ、騎士のバードック、ダイアン。みんなそれぞれカリスマ溢れる人達だが、権力争いに巻き込まれるルートは面倒の極みだ。私は首を振った。


「嫌だよ。権力争いとか面倒くさいもん。サラナ皇子が一番……その、マシだと思うから」


「マシ?」


サラナが一瞬、目を丸くする。次の瞬間、彼の手が私の腕を強く握った。図書館の薄暗い通路で、彼の赤い目が燃えるように輝く。


「お前、俺がどんな奴か分かってんのか? ゲームの俺はな、ヒロインを監禁してでも自分のものにするようなヤバい奴だぞ」


彼の声は低く、どこか試すような響きがあった。私は怯まず、彼の目をまっすぐ見つめた。


「それでもいいよ。だって、そう言えるってことは今のあなたはゲームのサラナ皇子じゃない。あなたというサラナ皇子が、ここにいるんでしょ?」


サラナの手が一瞬震えた。彼は目を逸らし、苦しげに呟いた。


「……お前、ほんとバカでお人好しだな。こんなゲームまんまな世界で、俺なんかを信じようとしてるなんて」


その言葉の裏に、隠された孤独を感じた。転生前のサラナは、きっと私と同じように、現実で傷ついてきたんだ。ゲームのヤンデレ枠なんて、彼の本当の姿じゃない。


「ねえ、サラナ皇子。この世界は『運命の花園』(ゲーム)の設定に縛られてるけど、私達はそれを超えられるかもしれない。だって、私は入学式前に起こるはずだったイベントを回避できたんだから。……一緒に、シナリオを書き換えようよ。私とサラナ皇子が結ばれなくたって良い、ゲームにない友情エンドだって目指せるよ」


「……友情、エンド?」


サラナが顔を上げ、驚いたように私を見た。


「あんた、本当に誰かと結ばれる気とかないんだな。……生前は誰推しだったんだ?」


「え……? は、箱推しだったよ」


急に聞かれて、思わずどもってしまう。……確かに箱推しなんだけど、本当は……サラナ皇子とラナン姫の恋愛ルートが一番好きだった。言うのは、少し恥ずかしい。


「箱か。……俺も、箱推しだった。一応な」


そうサラナ皇子も答えてくれた。一応、ってことは本命があるな?


「あんた、最近図書館で勉強してるよな。俺に構った後で」


「ええと、うん。そうだね」


「テスト勉強か? 魔法史なら、俺の蔵書にいい資料があるぞ。……まあ、貸してやってもいいけど」


「ほんと!? 助かるよ!」


図書館の静寂の中、桜の花びらが窓の外で舞う。その瞬間、私達の物語が、ゲームの枠を超えて始まった気がした。


×


私の言葉がきっかけだったのか、サラナ皇子は少しずつ学園生活に参加し始めた。といっても彼のオタク気質は健在で、二人で魔術書の解読やレアアイテムの収集に没頭する日々が続く。


その変わりように、周囲の人達は驚いている様子だった。ローゼ皇子からも、すれ違うたびに『サラナの事、よろしく頼みますよ』と言いたげな笑みを向けられる……プレッシャー!


「なあ、ラナン。この魔術書、『運命の花園』(ゲーム)の設定だと確か邪神封印の鍵だったはずだ」


「ほんと!? じゃあ、これ使えば……!」


共同作業を通じて、サラナ皇子の態度も軟化していく。ヤンデレらしい独占欲がチラつくこともあるけど、なんだかんだで彼は私を尊重してくれる。


ある日、サラナがぽつりと呟いた。


「俺、こんな風に誰かと一緒にいるの、初めてだ。ゲームのシナリオ通りじゃない、リアルな感じが……悪くない」


その言葉に、胸が温かくなった。


「私もだよ、サラナ皇子。ゲームのヒロインじゃなくて、ただのラナンとしてここにいるの、嫌いじゃないよ」


サラナ皇子の資料のおかげで、魔法史のテストはなんとか乗り切った。だが、学園生活はまだまだ試練の連続だ。次のイベントは、学園祭――『星彩祭』。生徒達が魔法を使った出し物や模擬店を運営し、学園中が華やかな喧騒に包まれる。


私はクラスで喫茶店のメイド役を任され、準備に追われていた。サラナ皇子は「面倒くさい」と引きこもりを決め込んでいたが、私が「喫茶店で限定の魔法スイーツを出すよ」と誘うと、渋々参加を承諾した。



星彩祭当日。


学園の中庭は色とりどりの魔法の灯で彩られ、笑い声と音楽が響き合う。私はメイド服で給仕をしながら、サラナ皇子の姿を探した。彼は喫茶店の片隅で、魔法で作られた星形のクッキーをじっと見つめている。


「サラナ皇子、ちゃんと接客してよ! お客さん待ってるんだから!」


「チッ、こんなの俺のキャラじゃないだろ……」


ぶつくさ言いながらも彼がトレイを持って席を回る姿に、思わず笑みがこぼれる。そんなとき、第一皇子ローゼが喫茶店に現れた。淡い金髪に青い目。完璧な微笑みを浮かべた彼は、私に優雅に手を差し出す。


「姫、素晴らしい祭ですね。よろしければ、私と一緒に星彩祭を見て回りませんか? サラナの話が聞きたいのです」


その瞬間、背後から鋭い視線を感じた。サラナ皇子だ。彼の赤い目に、嫉妬の炎が揺らめいている。


「兄上、余計なことすんな。ラナンは俺の……いや、喫茶店のスタッフなんだよ」


サラナ皇子の言葉に、ローゼ皇子が意味深に微笑む。


「ふむ、弟がそんなことを言うなんて珍しい。姫、あなたはなかなか面白い存在ですね」


「話を聞くのは、また別の機会にしましょう」と微笑み、ローゼ皇子が去った。するとサラナ皇子が私の腕を引き、喫茶店の裏手に連れていく。


「お前、兄上と何かする気か? ……もしかして、兄上のルート狙う気か?」


「そんなんじゃないよ! ただ、祭の話が……」


「祭なんかどうでもいいだろ。俺と……いや、喫茶店の仕事の方が大事だろ?」


サラナ皇子の手が私の肩をつかむ。その力強さに、不思議と胸がドキドキした。彼のヤンデレな一面が顔を覗かせるたび、なぜか心が揺れる。最近、私はそれを自覚し始めていた。


「(やばいな……『友情エンド!』と言った手前、恋愛に発展するのは難しいよね……?)」


ふと考え込んでしまった私を不安に思ったのか、


「どうなんだよ」


とサラナ皇子が私の返答を促すように声をかけた。


「サラナ皇子。私、あなたと一緒にいたいよ。ゲームのルートとか関係なく」


正直な気持ちを話すと彼の目が一瞬揺らぎ、すぐに照れ隠しのようにそっぽを向く。


「……バカ。勝手にしろよ」


そう言いながら、彼が私の手に星形のクッキーを握らせた。これは……確か、好感度を上げるアイテム? どうしてくれたんだろう、と思う間に。


「なあ、一緒に……花火。見ないか」


サラナ皇子が呟いた。小さくて、雑踏に消えそうな声だったけれど、確かに私は聞き取った。花火、と言うのは学園祭の最後に上がるやつだ。確か、何かの言い伝えがあったような気がするんだけど……まあ私達には関係ないよね?


「え、うん。良いよ」


頷くと、サラナ皇子は嬉しそうに笑った。それを可愛い、と思った。


その後、ダイアンとクローバーに夜の花火をサラナ皇子と見に行くことを伝えた。「うちの姫様と花火を見る、だと?!」とダイアンは取り乱す。クローバーは「頑張ってくださーい」と応援してくれた。


星彩祭の夜。

二人で花火を見上げながら、サラナがぽつりと呟いた。


「こんな騒がしい場所、普段なら絶対来ない。でも、あんたと一緒なら……悪くないな」


その言葉に、胸が温かくなった。


×


星彩祭の後、私達は魔術書の解読を再開した。


サラナ皇子の知識と私のゲームの記憶を組み合わせ、ついに邪神の封印方法を突き止めた。学園の地下に眠る古代の祭壇――そこが最後の戦いの舞台だ。……って、なんで学園の地下にそんなもんあるのよ。


学園長やさまざまな教職員達と会話を重ね、信頼を勝ち取って行く。


そうして、最終的に地下に行くための鍵を手に入れることができた。


問題は、星の巫女と星の勇者が心を通わせて生み出す固有アイテムだったけれど……。いつのまにか、私とサラナ皇子はそのアイテムを手に入れることができた。


サラナ皇子の固有アイテムは、黒い百合の装飾が見事な紫色の本だ。それに合わせて、私の固有アイテムは桃色のラナンキュラスの装飾が可愛らしい、薄い緑色の本。


「これで、邪神を封印できるんだよね?」


「ゲーム通りなら、そのはずだ」


だが、祭壇に辿り着く直前、宰相ウィスタが現れた。


「サラナ皇子、姫。この先に進むのは危険です。邪神の力は、あなた達を飲み込むかもしれない」


ウィスタの言葉に、サラナ皇子が鋭く反論する。


「宰相、余計なお世話だ。俺達はこのまま世界を終わらせる気はない」


ウィスタの瞳に、複雑な感情が浮かぶ。彼もまた、本来の所属の使命に縛られているのかもしれない。だが、私達は前に進むしかない。


「私達は知っている。あなたがどこの誰なのかを。もし、このまま通してくれたら、あなた達を私の国で保護しますよ」


「『タンザの一族』。とある女神を信仰する、土地なき集団……だよな。邪神の前身とされる女神だったはずだ」


サラナ皇子の言葉を聞き、宰相ウィスタは初めて動揺を見せた。まさか、気付かれているとは思っていなかったのだろう。


無論、ヒントなんて図書館以外のどこにもなかった。情報の多い図書館さえ、一族の情報が僅かにあった程度だ。私達が『運命の花園』(あのゲーム)をプレイした転生者だったからこその、知識チートだ。


「大丈夫だ。兄上にはあんたのことは話さない。そのまま、宰相を続けろよ。せっかくできた居場所なんだろ」


「……私が、その言葉で揺らぐと?」


サラナ皇子の言葉に、宰相ウィスタは表情を歪ませる。だが、邪魔をする気はなくなった様子だった。


「姫、その言葉。違えないでくださいね」


そう告げた後、身を引いた。


邪神はすでに目覚めていたようで、祭壇の中心で邪神の闇が渦を巻く。世界そのものが軋むような恐怖の中、サラナ皇子が私の手を強く握った。


「ラナン、絶対生きて帰るぞ。世界救うのもいいけど、俺はお前とまたあんたとバカ話したい。前世の話だって、まだ聞いちゃいないんだ」


その言葉に、涙が滲んだ。


「うん、約束だよ!」


二人の力を合わせ、魔術書の呪文を唱える。ゲームの設定では、ヒロインの愛が鍵となるはずだった。だが私達が放った光は、ゲームの枠を超えたものだった――転生者同士としてテストや祭を通じて築いた、互いを信じ選び取った絆の力。


闇が晴れ、邪神は再び封印された。祭壇の崩れる音が響く中、サラナ皇子が私を抱き寄せた。


「お前、ほんと無茶するな……」


「あなたもね」


戦いの後、疲れ果てた私達は学園の屋上で寄り添った。


「なあ、ラナン。ゲームのエンディングみたいに、俺とお前で、結ばれてみないか?」


落ち着いた時。サラナ皇子が私の手を握って、まっすぐに見つめた。


思わぬ提案だ。


「前、あんたには言ってなかったけど……俺、本当はラナンとサラナのルートが一番好きだったんだ」


「そうなんだ。私と、おんなじ……」


「ラナンもそうだったのか? なら、俺とあんたが一緒になったって、文句はないだろ?」


私は笑って頷いた。


「そうだね。でも、これはゲームのシナリオじゃない。テストも祭も一緒に乗り越えた、私達の物語だよ」


サラナ皇子が照れくさそうに笑い、私達はそっと唇を重ねた。

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