死に満ちた峡谷
死が、人の形をしていた。
真夜中。葉を輪生状につけた野草に覆われ、丸い石が散りばめられた峡谷にて、列を成しながら歩く人群れがいた。
その人群れは異様だった。みな顎が外れたように口を開け、怪我でもしたかのように足取りが覚束ない。毛髪はところどころ抜け、衣服は土で汚れている。ときおり洩れる声は、老婆のように掠れていた。彼らの体臭なのか、峡谷には腐敗したチーズのような香りが漂っている。
亡者──そう比喩することが適切か。
もちろん歩き、声を発しているなら、生者だと断定せざるをえない。
それでも死という概念を凝縮させたようで、迂闊に近づけば死に誘われそうな引力があって、彼らは死が人の形をしているようだった。
そんな人群れを、突き出した尾根の岩から見下ろす者がいた。
少女である。
歳は十七歳、十八歳ほどか。端正な顔立ちで、蒼玉のような碧い瞳を持ち、檸檬色の髪を左右で二つに結っている。身体のラインを強調する膝上丈のワンピースをブレストプレートやガントレットが包み、オーバーニーの長靴下はグリーブに覆われていた。膝関節に届きそうな長さのマントは風に靡き、右手には両刃の剣が握られている。
その少女がふいに口を開いた。
「──霊放」
少女の全身から仄白い霊気が滲む。
「ᚠ、ᚺ、ᛒ、ᚱ、ᛟ──《一断一殺》ッ!」
霊気は揺らぎ、流れた。鎧のような形となり、少女の身を覆い包む。
瞬間、少女は跳躍した。そして空中から人群れに突っ込み、着地すると同時に剣を薙ぐ。
すると、赤い鮮血が散った。一人の首が刎ね飛んだのだ。
普通なら、仲間の死に対する動揺があるだろう。しかし、そのような素振りは一切見られなかった。彼らは歯を剥き出しにし、両腕を掻くように振りながら、少女に迫る。
少女は怯まず、剣を手前に戻した。
「帝国式閃剣術──」
その瞳を左右に動かす。
「第六閃──〈ポラリス〉ッ‼」
少女は前後左右へ、剣を乱回転させた。人群れの腕が、脚が、連続で斬られる。
四肢を切断された者は転倒するが、その様子はややおかしかった。駄々をこねる子どものように、残る手足で地面を叩いている。毒に冒されているかのようだ。すくなくとも、四肢を断たれた痛みに悶えているようには見えなかった。
地面を叩く手足の動きは次第に弱々しくなっていく。最後、四肢を斬られた者は糸が切れた人形のように動かなくなる。
少女は、人群れの残りに標的を変えた。
そして数十秒が経って、剣に付着した血を払う。
その少女の背後には、たくさんの死体が転がっていた。
しかし、どうやら殺し損ねた者がいたらしい。少女が落とした視線の先には、這いながらもまだ動いている男がいた。その男は傷を負った左脚を引きずるようにして、少女に近づいていく。
「──」
少女は歯を噛み、瞳を憎悪の色で彩る。そして右手に力を込め、その男の脳天に剣を勢いよく突き刺したのだった。