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童話類

トイレの名前が変わります

掲載日:2025/02/14




 みんなのトイレの名前が変わる。

 これに先立ち会議が開かれることになった。

(ブレストは好き。自由に意見が言えるから)

 私はるんるん気分で会議室に足を踏み入れる。

「あ来られた。今日は書記係をお願いします」

 ちょっとショック。

(プレゼンはめんどくさいのよね)

 すでに与えられた情報をわかりやすくまとめる。

(論理的にまとめるのって疲れちゃうからなあ)

 私は大きく息を吐く。

 そしてこれも仕事と割り切る。

「わかりました。お受けします」

 私がそう言うと人が集まりだした。


「現在現場ではラベルを貼って対応しています」

 会議が厳かに始まる。

「このラベルをはがそうとする人がいました」

 進行役が淡々と説明していく。

「再発防止や顧客満足度向上を考えるのが狙いです」

 私は説明をパソコンにまとめホワイトボードに映す。

 

「名前の部分をスライド式に変えるのはどうだろうか」

 誰かが発言する。

「いいですねそれ」

 どこかから賛同の声が上がった。

「このトイレの名称変更は度々行われてますから」

「直接書くとつど帰るのはコストがかかりますし」

「利用者からの声もありますしこれが最善ですね」

 ピンときた。

(答えありきで誘導しようとしてる……?)


 スライド式に変更の口調は強く会議室は鎮まる。

「ほかに意見はありますか?」

 嘆きにも似た進行役の声が会議室に響く。

「自由な発言。それがブレストですよ」

 進行役の声に会議室は静寂を返す。

 

「ひとつの意見で決めるのはいささか早急かと思う」

 年配の役員が口を開く。

「部署を超えた意見交流の場と考えてほしい」

 なおも会議室は沈黙を続ける。

(派閥の板挟みかな、これは)

 書記役の私はぼんやりと状況を眺めていた。

 

「スドウさんなにかありますかね?」

 名字を呼ばれてびっくりする。

 なにか言ってくれと進行役の目が語っていた。


「そうですね……」

 当てられたので少しだけ口を挟むことにする。

「みんなのトイレの名称変更って多いんですか?」

 会議室の静寂がほぐれた気がした。

 

「施設課のオノです。回答していいですか?」

 手を挙げた男性が進行役に許可を求めた。

 

「みんなのトイレの前は多目的トイレの名称でした」

 進行役が認めるとオノさんは答え始める。

「ちなみにその前は――」

「おっとストップ」

 誰かが重ねようとした説明をオノさんは止める。

「多目的の前の名称は必要ですか?」

 自分たちの代でとどめておこう。

 そんな思いがオノさんの声からくみ取れた。


(気になるなあ)

 そんな思いを仕事と割り切って話を続ける。

 

「ところでどうして名称変更なのでしょうか?」

「そりゃ国がそういったからだろ?」

 イライラした声で最初の発言者が言う。

「そうですね。スライド式にするのは概ね同意です」

 営業の意見を受け入れて私は答えた。

「ならなにが問題なのかね?」

「その前に利用者の声のデータって今あります?」

 私は質問を質問で返す。

(相手を認めて自分の考えを認めてもらう)

 そのために同じものを共有することが大切と思う。

 

 営業の人からデータが手渡される。

 それをもとに私は円グラフを作成していく。


「我々に対する名称変更を求める声のグラフです」

 グラフのおかげか皆の理解が進んだ気がした。

「次にキッズルームがある場所に限定してみます」

 私は条件を絞り込んでもうひとつグラフを作る。

「結構多いですね」

「だからなんだというのだね?結論を言いたまえ!」

(あれ?子どもがいるならわかるはずなのに)

 結論を急ぐ営業の声に私は落ち着いて考えていく。

(ひょっとして独身なのかな――っと)

 私は考えを止める。

(結婚指輪や家族写真を見せるだけでパワハラ、か)

「乳幼児用の補助便座があると便利な気がします」

「補助便座?」

「トイレトレーニング中の子もいると思いますから」

 現状のみんなのトイレの画像をボードに映す。

 続けて乳児用補助便座の写真を表示する。


「今あるのはオムツ交換台とシャワーヘッドだけか」

 画像のトイレには手洗いがふたつあった。

 そのうちひとつはシャワータイプ式で伸縮できる。

(これだけでもおむつ後にお尻を洗うのに便利よね)

 と思っていると誰かの雑談が聞こえてきた。


「オストメイト用のトイレがあるし立派だろ?」

「オストメイトってなんだっけ?」

「人工肛門や人工膀胱(ぼうこう)の方々だよ」

「ああストーマの方々か」

(え?そうだったの?)

 初めて知り恥ずかしくて顔を伏せる。

 

「補助便座の設置は盗難防止を考えることになるな」

「紐かなにかでつないでおきます?」

 営業の声に誰かが答えた。

「首に絡むか自死の場所に選ばれるだろうが!」

(そこまで考えるの?)

 いろんな状況考えてるなと心の中で思う。


 ☆  ☆  ☆ 


「ブレストは意見を出し合う場だ」

 年配の役員が言葉短く口をはさむ。

「そうですね。議論は次の時間にお願いします」

 進行役が続き私は再度意見を出す。

 

「トイレットペーパーが右側だけなのも気になります」

「右側だけだとなにか問題があるのですか?」

 施設のオノさんが私に聞いてきた。

「右手にマヒがある人が困るかなって」

 思ったことを素直に口にする。

「俺なら左手にぐるぐる巻くな」

 誰かが私の意見に賛同した。

「それやられるとトイレが詰まる!」

「水量や水圧でなんとかならんかね」

「水道代も考えてください」

 誰かの助け舟に経理の人が答えた。


「左側にも置くとトイレ用の手すりをどうするかだな」

「スペースがなあ……この際新しく作るか?」

「トイレの数も水圧も建築基準法で決められてます」

 初めて知ることをオノさんが話す。 

「そうなのか?」

「はい。ウオシュレットの水もそうです」

 営業の質問に施設のオノさんは答える。

「以前はトイレの水を直接使ってました」

 マジか。

「トイレの水も水道法に基づいて検査してます」

 私が驚いている中オノさんは話を続けていく。

「法改正により手洗いの水を使うことになりました」

 少しほっとした。

「断水のお知らせとか配ってたのはそのためか」

「あの節はお世話になりました」

 オノさんが営業の人に頭を下げる。


「洗面場下に止水栓があればそのまま使えたんです」

(ひょっとして手洗いの水を伸ばしたの?)

 配管どうやって引いたんだろう。

 会議終わったら聞いてみたくなった。

 

「同じ注意をさせるのは社会人としてどうだろうな」

 年配の役員が口を開く。

 ざわついていた会議室がしいんと静まり返った。

 

「意見はまだありますか?」

 進行役が私に聞いてくる。

「大丈夫です」

 意見を入力する手を休め私は答えた。

「ならブレストは以上で終わりにします」

 いいですよね、と進行役は役員の顔色をうかがう。

「いったん休憩に入ります」


 首肯(うなず)くのを見てから進行役は会議を進める。

「休憩時間は少し多めで頼む」

 年配の役員が割って入った。

 

「施設課のオノ君」

「はい」

「トイレの個数や水圧、水道法についての資料を」

「かしこまりました」

「施設課の手に余るなら見積もりも頼む」

「承知しました」

 営業とオノさんの声が重なる。

 

「休憩後は問題点を洗いざらい見つけ出す」

(ブラッシュアップをわかりやすく言い換えてる)

「そもそも」

 年配の役員の言葉に全員が耳を傾ける。


「この会議の目的には顧客満足度の向上にある」

 そして年配の役員はこう締めくくった。

「全員熟考して会議を進めてくれるよう願う」


 ☆ ☆ ☆

 

(早く休憩に入りたい)


 私は会議の議事録に四苦八苦している。

「すまんな。我々の会社はブレストを始めて日が浅い」

 顔を上げると年配の役員が私に話しかけられた。

「だから強弁詭弁や根回しを行うものが未だにいる」

  最初の人たちの発言を思い出す。


「議事録は重要なところを書くのがコツだ」

 私は気の抜けた返事をする。

「なんの目的で議事録を書いている?」

「会議内容をまとめるためにです」

「誰のために?」

「参加した人の復習用にです」

「それだけかね?」

 思考が浅いといわれている気がした。


「あとは……そうですね……うーん……」

 回答につまり答えを探す。

「全体を見たまえ。議事録は誰が見る?」

「だから参加した人――」 

 同じ回答をしようとしてると私は気づく。

(見落としているものがある?)

 先ほど熟考するよう言われていた。

 同じ失敗をするのは社会人としてどうかとも。

 

「社員全員ですか?」

 思考を深めて私は答えた。

「もう少しだな」

 その言葉に私はさらに思考を深めていく。

 

「降参です」

 私は白旗をあげた。


 ☆ ☆ ☆


「そうか。議事録は一種の記録なのはわかるね?」

「はい」

「ならばいつどこでだれが見ると思う?」

 年配の役員の言葉に私は三度考える。

(だれがは社員全員よね)

 どこでどいえば保管室。

 なら、いつが問題なのだろう。

 

 いつに絞ってみるとある回答が閃く。

「ひょっとして未来の社員ですか?」

「そう」

 年配の役員が満足そうに言う。

(そういえば施設のオノさんが言ってたな)


『みんなのトイレの前は多目的トイレの名称でした』

『多目的の前の名称は必要ですか?』

 

「書くことを絞るということですか?」

 出てきた答えを年配の役員に伺い、確認をとる。

 年配の役員がほほ笑む。

「なら私は重要そうなとこを書けばいいんですね?」

「そう。だからスドウ君を書記役に選んだ」

「私を指名?」

「ここだけの話にしほしいて聞いてほしい」

 年配の役員の言葉に興味を覚える。

「細かい所に気づくスドウ君だからこそ指名した」

 そういわれて少しやる気が出た。

「わかりました。期待に応えます」

「ああ。よろしく頼むよ」

 そういうと年配の役員は私に背を向ける。

「あの、どちらへ?」

「トイレだよ。この歳になるとトイレが近くてね」

 年配の役員のおっしゃる言葉の裏が読めた。

 

「そうですね私も行ってきます」

「休憩時間だから混んでるかもな」

「その時は()()()()()()を使いますよ」

 私は入力を止めて立ち上がる。 

「ご指導ありがとうございます」

「後半はしっかりな」

 年配の役員の言葉を背に私は走り出す。

(みんなのトイレの使用感を確かめてこよう)


 次の世代や将来の人たちのためになにができるだろう。

 そのためには何をどうしたらいいんだろう。

 私は歩きながらそんなことを考えていた。


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― 新着の感想 ―
時代の流れで物の呼び方が変わる事は、往々にしてある事ですね。 確かに「多目的トイレ」の前に使われていた呼称は、「〇〇〇〇〇〇(カタカナ6文字)トイレ」の方ならまだしも「〇〇〇〇(漢字4文字)トイレ」の…
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