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大きなシャンデリアが広い会場の真ん中に吊るされ、会場は黄金色に輝いている。床には見事な模様が描かれておりその上で名だたる貴族家のご令嬢やご令息が談笑していた。
まぁそんなのどうでもいい、食い物つまもっと。
丸いアンティーク調のテーブルにかけられた白いテーブルクロスの上には美味しそうな料理がズラっと並んでいる。
「まぁ、ご覧になって」
「あら美しいわァ、ナーセン公爵令嬢とレンガデ男爵令嬢よ、お似合いねぇ。」
「身分差がある恋、ロマンチックだわァ~」
姉さん達は注目の的だ、見目麗しい二人組、そして身分差があるにもかかわらずヘイズ姉さんを一途に愛するリザリー姉さん、ロマンチックだと色んな生徒が夢中なのだ。
「やだ、出来損ないまで着いてきているわ」
「何様なのかしら、全く気分が悪いわね。」
あぁこれは俺の事だ。まぁ慣れてる。でもいい気分では無い。姉さん達はいつも噂する方を向いて冷ややかな視線を送って牽制してくれるので、恥ずかしい気持ち半分、頼もしい気持ち半分って感じだ。
でもやっぱり恥ずかしい、姉に守られる弟ってなんか情けないだろ?
「卒業生の皆様この度は御卒業誠におめでとうございます。」
おっ、生徒会のスピーチが始まった、その間に俺はあっちにあるケーキでも頂こうかなぁ~。
「お飲み物はいかがですか?」
ケーキのある方へ向かおうとすると背が俺の半分程しかない仮面を被った女の子?男の子?が飲み物を提供してくれた。
「…あっじゃあいただきます。」
不思議な女の子だ、とても小さな背丈だったから、てっきり子どもかと思ったけど、貴族御用達の学園に雇われる子供なんているはずがない、顔が黒猫のマスカレードマスクで隠れていてよく見えなかった、何だか妙に気になるけれど、人混みに消えてしまったし、探すのも何か違う様な気がする。
デレクは辺りを見渡し華々しく笑い合う生徒達を静かに羨んだ、彼ら彼女らはこうして思いあった相手や気の合うパートナーとダンスを踊れるなんて、なんて幸せなんだろうと。自分には現れることは無いのだろうと。
彼自身そういった事を何となく諦めている節がある。周りからΩだと罵られる事が多いからだろう。
手に持ったグラスの中身をクイッと飲み干すと噎せてしまった。注がれたピンクゴールドの炭酸飲料はロゼシャンパンだった、この世界に来てからは酒を飲んだことがなかったのでデレクは吃驚したのだ。
「卒業生用のシャンパンを学生服の生徒に渡すなんて何事だよ…ヒクッ。」
前世でもあまり酒は得意じゃなかったけど今は一段と酔いが回るの早いな。度数いくつだよ。
視界が朦朧として酔いが回ったのか次第に訳も分からず涙が溢れていた。デレクは視線を姉達の方へ向けるが楽しそうに笑い合い踊る二人に水を差すのは些か気が引けると自分を諌め、火照り始めた体を覚ますために外に出た。
会場を離れ暫く進み庭にあるベンチで歩を止めて体を横にした。そして空に目をやると月が霞むほど美しく輝く星が視界に広がった。
「ふぅ…」
星凄いな。超綺麗じゃん。パーティーなんかよりもこうして星を眺めてるだけの方が余っ程いいな。あんなチンケな人間達に見下されるより、綺麗な星を見上げる方が気持ちがいいってもんだ。
デレクは自分の訳も分からない涙の正体に気が付きつつあった。お酒の力と言うのは凄いもので抱えた不満が溢れ出して自分が認識していなかった事柄まで気づいてしまう。
姉さんたちが卒業したら、俺は本当に1人になるのか。わかってたけどやっぱり心許ない。俺が入学する前はヘイズ姉さんは週末になると必ず家に帰ってきてくれたんだ。でも卒業したら学園に入る機会なんて早々無い。誰も助けてくれないんだ。
情けないのなんて百も承知なんだよ、けどさ姉さん達が居なくなって、原作通りに進むと俺は…今でも十分嫌われてるのに更に嫌われて虐められるんだよ、そんでさ、そんな中で誰に対しても変わらない態度を取るアルに惚れて殺されるんだよ。殺されるんだよ。殺されるんだよ………。
死にたくねぇよぉおおおお~!!!
姉達が居なくなる不安がどっと押し寄せ、デレクを襲った。大粒の涙をボトボトと流し、自分の現状に回復の兆しが伺えるよう星に願い、天を仰いだ。
「う゛ぅ、ゥ~……」
嗚咽が漏れ出るようなデレクの泣き声を誰かが聞き付け、草むらを鳴らした。
「どうしたんだ。」
星に照らされた呂色の髪が燦々と輝き、美しい暁の空を溜め込んだ瞳の男はベンチに寝そべるデレクを上から覗くように現れた。
男は無表情ではあるが眉を気持ち少し垂らし、心配そうな表情をしていた。まるで乙女ゲームのヒロイン視点で見るような彼の姿にデレクは目を丸くした。
「ヒロイン全肯定溺愛botアルノール・ヴェーデルラ…。」
はっ!?…何言ってんだよ俺!!、不愉快だって殺されるか?、それとも国外追放か?頼む国外追放で済ませてくれっ!!
「……???」
何を言ってるんだコイツ、そんな感じの表情だな。セーフか?セーフなのか?
てか、睫毛長っ!!背高っ!!なんちゅーイケメンだよ!!
俺にだってその容姿を少しでいいから分けてくれ。
頭がパンクしてしまったのか、デレクはアホなことを頭の中で延々と考えた。百面相を繰り広げるデレクをアルはじっと見つめていた。
「なぜ…なぜ泣いているんだ。」
「えっ?…あーいや、それはですね…。」
姉が卒業した後あんたに殺されない様に一人で頑張らなきゃいけなくて不安でしくしく泣いてますなんて言えるわけないだろ。
てかなんでこいつここに居るんだよ!!卒業生に大人気だったろうがよ!!会場に引っこめこのイケメンめがっ!!
デレクが言葉を言い渋っていると、アルはデレクの頬へと手を伸ばしぼろぼろと滴るそれを拭き取った。
「どうにかしてやるから泣くな。」
「えっ…なんでっ、ングッ」
どうして自分に優しい言葉を掛けるのかと尋ねようとするも、アルの大きな身体に抱きしめられ、身体全体にアルの温もりと馨しい香りがデレクのΩとしての本能を刺激した。
「やっ…離してくださっ」
「デレク、ずっとこうして触れたかった。」
欲しい…此奴が欲しい。愛されたい満たして欲しい。全て捧げたい。
「アル…慰めて俺の事。」
「お前が許してくれるならば。」
そうして何かに取り憑かれたように俺はアルを求めた。ダメだとわかっていても厄介なΩの本能は俺の努力を一瞬にして崩壊させる。
Ωと言う事を、この日俺は人生で一番後悔した。
あぁ、そうだよ俺は…酒を飲んだら飲まれました。