06.イ
「俺は……女だ」
楓の告白に、鉄平の理性がぶち切れる音がした。
同性という鉄平を繋ぎとめていた鎖が砕け散る。今まで抑制されていた分、鉄平の感情は爆発し制御不能となる。
煙草をテーブルに殴り捨て、楓に覆いかぶさり勢いよくベッドに押し倒すと、首筋にかぶりつく。左手は楓の手首を抑え、右手はすでに背中に回っている。
「!? ちょっ……っ」
楓は瞬きすら追いつかない一瞬の出来事に戸惑う。
鉄平は楓に顔を埋めたまま唸った。
「京平、はよ帰れ」
「あ、やっぱり? ごゆっくり〜」
存在感を消していた京平はヘッドホンを耳にあて、立ち上がる。
「京ちゃんっ、置いてくな!」
赤面した楓がうっすら涙を浮かべて京平に逃げ道を求める。
「鉄平、ベタ惚れだからさ……お幸せに」
へへっ、と薄ら笑いを浮かべて背を向ける。
「きょ、京ちゃん……っ!」
楓の声はかすかに震えていて、耳まで赤く染め上がっている。
「お前は黙って俺の女になればいーんだよ」
深い息をするかのように愛の言葉を囁いた鉄平は楓をぐいっと抱きしめた。
ドアがパタンと閉まると同時に鉄平が楓の首筋に吸い付く。舌で撫でられ、楓の体に痺れが走る。
「ちょ、ちょっとたんま!」
楓が言葉で抵抗する。
「黙れ」
鉄平の右手は容赦なくブラジャーのホックを外す。
楓の体に力が入る。
「……初めてだからっ!!」
お互いの動きが止まる。
「マジかよ」
鉄平の大きい両手が、ゆっくりと楓の頬を優しく覆う。
「初めてだけど、イヤじゃないって言ってるんだよな?」
楓の返事を待ちながら親指で楓の唇を撫でる。紅潮させ、潤んだ目で真っ直ぐ見つめてくる楓を前に、鉄平は止め処なく湧き上がる情欲を抑え込もうと必死だ。
全身全霊でぶつかってくる鉄平の愛情に返事をするかのように瞬きをした楓の目から涙がこぼれ、鉄平の指に伝わる。
長い瞬きをする楓の口に鉄平はキスをした。楓が一瞬硬直する。硬かった唇から徐々に緊張がほどけていく。一度離してから、楓の柔らかさを楽しむように角度を変えて何度も重ねる。
楓の唇を味わっている途中、楓を見ると目を瞑っているが、本能か情動か、鉄平を求めているのがわかった。鉄平を待つ楓の口を塞ぐように鉄平の愛情と欲望が覆いかぶさり、合間から楓の熱い息が漏れる。
行き場に迷った楓の手が鉄平の服を力無く掴む。
鉄平に飲み込まれていく楓は、どんどん堕ちていった。
どのくらい繋がり合っていたかわからないが、解放されると楓は大きく息を吸った。目尻を赤く染めて鉄平から目を逸らす。
鉄平は、このまま楓を食べたい衝動に大きく揺さぶられるが、大事にしたい気持ちが欲望を落ち着かせる。布団を楓の真上から被せ、鉄平はトイレに入った。
鉄平がトイレから出ると、楓は帰り支度を終え立ち上がろうとしていた。
恥ずかしさで早口になる。
「家に帰んなきゃ」
「は? ふざけんな」
楓は鉄平の独占欲にも火を付けたようである。
「にーちゃんもう寝てんだろ。お前はここで寝てけ」
泊まらせることはできないと言っていた鉄平はもう遠い遠い過去の人である。
「それに朝飯つくんだろーが。食材無駄にすんな」
(……そういえば)
楓は京平から頼まれていたことを思い出す。
(って、このまま二人で過ごす!? いやいや無理……っ!!)
「ちょ……っと、このままは」
(私のメンタルが崩壊する)
もじもじしている楓の手に影が落ちる。見上げると鉄平が立ちはだかっていた。次に発する言葉を探す間もなく、口を塞がれる。楓の思考が飛ぶ。
「……んっ」
心のネオンサインが熱を帯びる。
兄は説得できても鉄平を説得することは出来ず、何度も鳴り続けるスマホは鉄平の手によってサイレントにされた。楓はベッドの壁側に追いやられ後ろから鉄平が抱きつき逃げ出すことは不可能となる。
横になってからも、鉄平が何度も首筋にキスをするため、楓はなかなか寝付けなかった。
ぐっすり眠れるはずもなく先に目が覚めたが、鉄平が抱きついたままで、何もかもが初めての楓はどうしていいかわからず、起きる上がることも出来ずにいた。
昨夜の情事を思い出し、一気に熱くなる。
動けないが目が覚めてしまった楓は、自分の心と向き合う羽目になる。
身を守るため性別を偽っていたにもかかわらず、真っ向から好意を表し続ける鉄平に、気づかないうちに絆されていたのだと気づく。そして、見えないところで人に優しく、自分のために悪役を買って出てくれた。更に、尊敬の念を抱くハッカーの王座に君臨しているという後出しにトドメを刺され、鉄平に散々きもいと言っていたくせに好きになってしまうという矛盾した自分に直面し、羞恥心に打ちのめされる。
楓は、可動ギリギリの範囲内で手足をばたつかせ、羞恥心をどうにか発散する。
もがく楓を抱きしめる鉄平の体制が全く変わらないことにある意味関心しつつも、そろそろ体制を変えたくなる。鉄平の腕を退けようと手をかけると腕に力がこもり余計に締まる。楓は途方に暮れた。
チャイムも鳴らさずドアが開く。空気を読む気のない京平が入ってくる。
「おはよー。ラブラブしてる〜?」
楓は背を向けたまま挨拶をする。
「京ちゃん……お、おはよー」
「おっ、愛されてるね〜」
ちゃかす京平だったが、そのまま進んで鉄平に蹴りを入れた。
「オラ、いつまでも抱きついてんじゃねー。楓兄に怒られるぞ」
楓を離したくない鉄平は狸寝入りを決め込んだが、京平が何度も蹴りを入れてくるため音を上げる。諦めの悪い鉄平は楓のことを思いっきりぎゅーっと抱きしめる。楓の背中に力が入った。離れるそぶりを見せて、力が抜けた楓の胸を服の上から一回だけ揉んで離れた。楓は短い悲鳴をあげて小さく丸まる。
(んー、ギリギリBか?)
一人でニヤける。
京平は、起き上がってベッドの端に腰を下ろした鉄平の膝をぐりぐりと足で押し付けながら注意する。
「楓ちゃん家に帰さないとだめでしょ〜〜〜が」
起きて早々、煙草の箱に手をとり舌打ちする。
「楓はうちの家事やるって言っただろ。家に帰ってどーすんだよ」
「それは依頼に対する報酬でしょ。兄が生還したんだから帰すの」
二人のやりとりを邪魔しないように、そろりとベッドから立ち上がる楓を鉄平は見逃さない。しかし、今回は京平の方が一枚上手だった。楓の腕を引っ張り、戻そうとする鉄平の股間に京平が足を突っ込んだ。
京平は、小さく唸って悶える鉄平を蹴ってベッドに転がし、楓に支度をするよう笑顔を向ける。楓は口を噤んで頷き、京平に従った。