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03.ラ

挿絵(By みてみん)

 京平のマンションに着く。鉄平のワンルームよりは広かったが、段ボールで埋め尽くされており生活できるスペースは鉄平の部屋とあまり変わらなかった。段ボールは重いものは低く、軽いものは高く積み立てられているしく、高さがバラバラだった。


「段ボール片せばいいんだろうけど、中身入ってて何がどこにあるか把握してるの俺だけだから触ってほしくないんだよねー……あはは」


「あははー……ですよねー」

 楓も力なく笑うしかなかった。


 二人の笑い声が消えきったところで、ミャオと鳴き声がした。


「……猫? 猫いるんですか?」

 楓はキョロキョロと鳴き声の主を探す。


 恭平が、『おはぎ』と呼ぶと一番高い段ボールの上に一匹の黒猫が姿を現した。低姿勢でこちらを警戒ししつつ観察している。


「……おはぎ? もしかして猫の名前?」


「そう。おはぎ。丸まるとおはぎみたいだから。ちなみにこし餡の方ね」


(京ちゃん、こし餡派か。って、猫関係ないじゃん)

 楓は小さく笑った。




 警戒心の強いおはぎと仲良くなることは叶わず、寝泊まり先も見出せないまま晩飯の食材調達のためスーパーに寄った。その帰り道、ゲリラ豪雨に遭った二人は近くの路地裏の軒先で雨宿りをすることに。

 楓のリュックからは、一本刀ならぬ一本の白ネギが飛び出ている。闇夜に紛れる忍者のようだ。


 京平が、そういえば、と切り出す。


「鉄平が蹴った腹、本当にだいじょうぶ?」


 京平の心配をよそに、雨空を見上げたまま答える。

「あぁ、腹筋あるから大丈夫っす」


 楓は夜の秋葉原が好きである。昼間の太陽の眩しさよりもサイバーネオン街特有のネオン看板の明るさの方が生きている感じがするからだ。姉とアンダーグラウンドな世界で生きることは苦ではない。

 楓は大粒の雨が舞い降りる夜の秋葉原を見上げて、姉のことを思った。


 京平は空を見上げる楓の視線の先を見た。普段、わざわざ見上げることのない一面に広がる秋葉原の明るい夜を久しぶりに見る。

 夜の雨は感傷的になりやすい。京平の脳裏に、もう会うことのない彼の面影が浮かんだ。目頭が熱くなり視界が滲む。


「……走って帰るか!」


「えっ!? ……ちょ、待って!」

 楓は、前触れもなく急に走り出した京平を追いかけた。




 京平と楓は全身ビショ濡れで鉄平の部屋に戻った。

 明らかに、ほんの少し片付いて身をおける範囲が広くなっている部屋のことを、数時間前に出会ったばかりの間柄だったが、楓なりに暗黙の了解で一言も触れずバスルームを借りた。


 濡れた上着を脱ぎ煙草を片手に休憩する京平の上半身は、筋トレとジョギングに励んでいる鉄平に触発された結果、それなりに引き締まっている。


 楓がシャワーを終わらせるのを待ちながら京平が鉄平に伝える。

「俺んち無理だったわー」


「……だろうな」


「鉄平、お前わかってたなら止めろよ!? 鬼だなー」


「シャワーと洗濯機貸してやってるんだから文句言うな」


 トイレに向かう鉄平は、全自動洗濯機から乾いた状態で籠に放り出された楓のボクサーパンツを目にし、げんなりして煙草を大きく吸った。


 楓は鉄平のストライクゾーンど真ん中で、一目惚れと断言できるくらいの衝撃を受けた相手だ。だが、性別が自分と同じ男ならば生理的に受け付けられない。こればかりはどうしようもない事実だ。越えられない壁があるのに楓のことがどうしても諦めきれない。手を出してはいけないパンドラの箱のようで、またそれが鉄平の心を刺激する。それならばいっそ、開けずとも傍に置いておけばいいと思い悩むのであった。


 ドライヤーの音が聞こえてきたため、乾いた楓の服を持って京平がバスルームに入っていった。

 数分後、ほわほわと湯気をこさえた楓が出てきた。


「くそ可愛いなお前。チンチンついてなかったらなー」


「マ・ジ・で、きもいからやめろ」

 鉄平に苦虫を噛み潰したような顔を向ける。


「で、お前のねーちゃん探す報酬として、何すんだっけ?」


「金出せねーから、ここで家事やる」


「洗濯機が乾燥までやるし、掃除するほど汚くねーし、飯ってお前の分が増えて赤字じゃねーか」


「うっ……」

 楓は言葉につまる。昼間のバスルームとトイレ掃除はカウントされていないようである。


「美人なねーちゃん紹介しろよ」

「ねーちゃんは煙草吸うやつが大嫌いだ」


 代替案を即答で否定された鉄平は、一気に吸い上げ楓に向かってわざと煙を吐き出すと、目の前の灰皿に短くなった煙草を捻り潰した。鉄平が灰皿から手を退いた瞬間、こめかみに血管を浮かせた楓が、吸殻が山盛りの灰皿を床にぶちまける。

 予想外の行動と、楓の逆鱗に触れたと察した鉄平は驚いて固まった。


「ほーら、汚ねーから掃除しないと」

 笑顔だが楓のこめかみの血管は浮いたままだ。


 鉄平は手の平に顔を(うず)めて、言葉にならない声を出した。




 顔を上げた時、視界を遮る髪を鬱陶しく思った。

 鉄平は自分で髪を切っている。美容室を含めて個人情報が登録されることに関して徹底している。登録しているのは国と自治体と電子決済くらいだ。余談だが、今の住居はいつでも捨てられる。

 それほどまでに、依存する状況を持たないように、特定の彼女を作ることも控えていたのに、楓の存在が今までのそれをひっくり返す。


 楓は静かになった鉄平に目もくれず、吸殻を拾い集めて床を綺麗にし、それから買ってきた食材で三品作った。春雨サラダと野菜炒め、卵の餡かけスープだ。炊飯器がないため白米はレトルトだが。


 一番喜んだのは京平である。


「楓くん凄いねー! あんな狭いキッチンでこんなご馳走作れるなんて」


 楓は褒められ、ほくほくした笑顔で嬉しさを惜しみなく放出する。

 鉄平はむすっとしたまま黙々と箸と顎を動かした。


 結局、その日は酒を飲んで酔っ払った鉄平が床に寝っ転がったまま寝落ちしたため、京平の許可のもと、楓はベッドで寝かせてもらう。京平は朝一で来るからと行って帰っていった。


 たった一人の家族が行方不明になり心配で不安で怖かった。このことを一人で抱え、怯え震えていた昨日と、共有し一緒に解決してくれる誰かが傍にいてくれる今日。心の在り様が百八十度違うことに驚きながらも、昨日から寝れていない楓は数回の瞬きの後、無意識に深い眠りについた。




 楓の寝息を聞いていた鉄平は、シャワーを浴びる際に外したキックボードの起動パスカードを拾い上げ、バーコードから楓、その繋がりから楓の姉のことを調べた。

 姉の名前は、(はやて)。ハッカーをやるくらいなのだから肝は座っているのだろうなと邪推する。こなしている仕事内容を展開していくと、取引先が危ない企業名ばかりだった。


「……ブラックハッカーかよ」


 姉のIDから最後にアクセスした先を調べると、起業したばかりの零細企業だった。企業の代表者の名前を見て鉄平は天井を仰ぎ見た。


「バカなやつ……コイツに手ぇ出すなんて」


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