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02.光

挿絵(By みてみん)

 外に出ると、太陽の方がネオンより勝っていた。それでも、秋葉原を埋め尽くすカラフルなネオン管が異様な空間を創り上げている。サラリーマンのいない秋葉原の朝は人通りが少なかった。


 近くのコンビニまで買いに行くのだが、客である楓がついてきた。その後ろから鉄平までついてくる。京平はヘッドホンを着けようとしたが、二人が会話を始めたので手を止めた。


「あー可愛いとか、マジくそだわ」

「きもい」


「何でお前は男なんだよ」

「きもいからやめろ」


「俺、男でも好きになれちゃう奴だったのかー」

「うるせー、きもい」


「何で男にそんな可愛さ持たせたんだよ、神様は」

「知るか、きもい」


 眉をハの字にした京平が合いの手を入れる。

「君らは仲良しだね〜」


 交互に出てくる自分の足を見つめながら、楓がぽつりと言う。

「……部屋中荒らされてたから、あそこにいたら俺も狙われる」


 親指と人差し指を顎に当て、うんうんと京平が共感する。


 明後日の方向を見ながら、鉄平が気だるげに言い放つ。

「そのまま残ってれば、ねーちゃんと会えんじゃねーの?」


 京平は歩みを止め、嫌味を言う鉄平に睨み顔を向ける楓の頭をぽんぽんと撫でながら諌める。

「意地悪なこと言わないの。でも、鉄平んとこはワンルームだからもう一人寝れる場所なんてないし……」


 大人しく撫でられている楓は肩を落としてしょげる。


 コンビニに着き、楓がこれしか飲めないと言うお茶とお菓子を買い、マンションへ戻った。

 階段を登る手前で呼び止められる。


「コラ鉄平。家賃払いな」


 オールバックでこめかみを剃り上げた年配の女性が、腕を組み睨みをきかせ立っていた。ネオンカラーの数珠を幾重にも腕にはめている。それに反する黒いネイルカラーと黒い服が数珠の存在を一層際立たせている。


「げっ」

 鉄平は慄いて、一歩後ろに下がった。その後ろを歩いていた楓は身構えることもできず鉄平にぶつかる。


「欄子さん、こんにちはー」

 京平は笑顔で挨拶する。欄子も笑顔を返す。


 堂々と嫌な顔をする鉄平の頬を欄子が躊躇(ためら)いもなくつねっていると、鉄平の影で見えなかった楓の存在に気付く。楓は鼻を押さえている。


「あら可愛い子。アンタの彼女?」

 欄子はつねっていた指をぱっと放し、楓のことを上下に流すように見る。


「だったら最高なんだけどねー。こいつチンチンついてんだわ」

 鉄平は、赤くなった頬を擦りながら、惜しげもなく楓への好意を口にする。


 気まずさでいっぱいの楓が顔を引きつらせて常套句を披露する。

「マジできもい」


 欄子は、細めた目で鉄平を睨みながら催促を続けた。

「きもくて構わないから今月中に家賃払いな」


 欄子に尻を蹴られ、逃げるように階段を上る鉄平を京平と楓が追いかけた。


 部屋に戻り、時計を見た鉄平に本業の仕事を片付けるから静かにしとけと言われ、楓は買ってきたお茶を飲みながら大人しく部屋にあった冊子を読む。


 配送業と言うが、鉄平と京平はずっとパソコンの前にいる。


 配送作業はすべてドローンが行う。車両通行が許されるギリギリの場所に位置する倉庫まで運送されてきた荷物を発送先まで届けるのだが、サイバーネオン街特融の張り巡らされた電線に始まり、突起した看板など細部に至るまで記録された秋葉原3Dマップが組み込まれ、全てプログラミングされた自動配送なのである。電子決済すると荷物が受け取れる仕組みだ。

 ドローン配送のメリットは窓から受け渡しができる点だ。鉄平のドローンは京平のガジェットが組み込まれたハイスペックモデルなため、配送事故も無く、高い料金設定だが、ここでは電子機器が運ばれることが多いせいか人気がある。拡張すれば更に儲かるのだろうが、秋葉原圏内で黒字である。


 本を読むのに飽きた楓は、こそこそとバスルーム、トイレの掃除を始める。

 バスルームはあちこちカビが生えていたが、置いてある洗剤でできるところまで綺麗にした。トイレは全自動になっているため、軽く掃除する程度で終わった。


 時間を持て余した楓は、外に出て姉を探しに行こうと考えた。

 玄関の方へ向かっただけなのに、鉄平に呼び止められる。


「静かにしてろって言っただろ」


 今まで聞いた中で一番低い声だった。


 部屋に居ない方が静かだと思うのだが、反論せずに大人しく部屋に戻る。パソコンに向かって集中している鉄平は、ハッカーの仕事をしている時の姉のように怖かったのだ。

 楓は仕方なくベッドの上で筋トレを始める。


 二人は黙々と仕事をしていたが、夕方になり一息ついたと思われる鉄平が見向きもせず口を開く。


「仕方ねーから依頼は受けてやる。けど、うちには泊めらんねーからな」


 楓は心の中で、報酬の既成事実を作った成果だと先手必勝の自分を褒めた。


 小さくガッツポーズを決めている楓の方を向いて、京平が提案する。

「一旦うちくる?」


 楓は京平の救いの手に乗ることにした。

 実際問題、荷物が散乱しているこの部屋は狭すぎる。異論を唱える気は起きなかった。


「俺のことは京ちゃんって呼んでいいよ」




 京平の家に向かって歩く途中、楓は今までの経緯を話した。


 高校を卒業して二ヶ月後に片親だった母親が蒸発して、姉と二人で生活することになった。ハッカーとして荒稼ぎしている姉の代わりにバイトと家事をこなし、合間にハッキングの基礎を教えてもらっていた。

 数日前に、姉がいつもと違うことが起きたら『万華鏡』を尋ねろと言ってきた。その後、とくに変わらなかったが、昨日、買い出しから戻ると家の中が荒らされていて、朝になっても姉は帰ってこなかった。姉は所謂ブラックハッカーで、敵を作ってしまうのは覚悟の上だった。アンダーグラウンドで活動することを楓なりに理解していたつもりだった。


「けど、これはねーちゃんの言ってた“いつもと違うこと”だと分かって、言われた通り『万華鏡』を探して、探して、今ここにいる……」


「最低限の技術は教えてもらってたわけだ。ウェブからだと『万華鏡』にはそう簡単に辿り着けないからね」


 簡単に辿り着ける方法があったのかと聞くと、タウンページには普通に記載していると言われ、楓は脱力した。


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