4 カイ様とお兄様って呼ぶね
本日、ちょっとかっこいい男子2人です。
「ぐぬぬ…うぅっ…はぁっ!!」
庭師に庭園の一角、というか殆ど放置されていた屋敷の裏山に続く林の中に作ってもらった、魔法練習用のスペースで、私は魔力の塊である魔力玉を手の中に作りそれを魔鉱石に込めるという魔石作りに挑戦していた。
最近では魔石から魔力を引き出し、微妙な温度ながら温冷に変換することはできるようになってきたけれど、魔鉱石に魔力を込めることはまだできない。
なのに魔力玉はそこそこの大きさのものを作れるようになったため不要な物質は十分生成されてたまるようで二日酔いが酷い。10歳児なのに。
「ぎ…ぎぼぢ悪い…」
転生チートでなんとかならないかと考え、前世でのヒーローアニメをイメージしながらやってみたりもしたがうまくいかない。ヒョーカや子どもたちが遊べるプレイパークなんかが軌道に乗って、領地が賑わっているので、魔法もなんとかなるだろうと甘く見ていたらこれだ。
「うう…ルナのところの魔鉱石をもう少し利益が出るようにしたいのに…」
番犬と言えるか微妙な、人懐っこい、まだ成犬になりきっていない飼い犬の丸助が玩具用に作った毛糸のボールや処分されそうだった靴で楽しそうに遊んでいる横で、私は膝をついてゼイゼイ言っていた。
手紙のやり取りではっきりしてきたが、このまま男爵とダニエルに経営を任せていたらタヴァナー領は没落の一途で、ゲームの通り、借金を返せるようにとルナは学園で結婚相手を見つけてくるよう厳命される。
そのせいで最初は周りから冷たい目で見られるのだ。他の子どもたちだって少なからずそういった思惑込みで入学してくるのに、ルナは実家が困窮していることやそれからくる持ち物のみすぼらしさ、爵位の低さ、可愛らしさなどから冷遇される。
そんなのルナのせいではないのに。そうなる前にきちんと領地経営を正常化しておかなくてはならない。私のところ、トウワ家の領地経営がうまくいって、もっと潤って、ルナのところから魔鉱石を適正な価格で購入できるようになれば、そして男爵とダニエルの浪費が収まれば、そんなに無理な話ではないはずだ。
なのに、男爵ときたら、やれ服だ調度品だ、社交だとお金を遣い、苦しさからせっかくの魔鉱石を神殿に安く買い叩かれている。
この魔鉱石を少しでも早く魔石にして売ることができれば…私ができなくても、ルナの魔力が学園入学前に開花すれば高価格で売れるのだが、ゲームでは入学して同級生たちに嫌がらせをされて身を守るために開花するので、まだまだ先なのだ。
それでもルナとつながっていれば守れることがあるだろう、事前に何かしら準備ができるのではないか、と考えての文通だった。
そこでは、思っていたよりもルナが手紙で自分の意見を伝えてくれるようになったし、最近では家でダニエルや父親に対して言い返すこともあるようだ。エラい、偉いよルナ!
こうして私の思惑通り10歳なのに頑張っているルナに直接会って今後の計画を練りたいと考えた私は、ルナたちに遊びに来てほしいと伝えて、首尾よく約束を取り付けた。
謎に男爵もダニエルも何ならカイも来るということになってしまったのだが、その訪問が来週にせまっている今、少しでも魔力操作をうまくなっておきたいと焦る気持ちが膨らむ。
ルナにいいところを見せて学園に一緒に行ってもいいと言ってもらえるくらいまで仲良くなっておきたい、だからここのところは毎日練習を頑張っているのだ。
「あきらめないぞ!ようし、もう一丁!はあぁ〜…」
手の平を合わせた隙間に魔力がたまって徐々に大きくなっていく。アレよアレ、前世で大人気だったマンガのなんとか玉みたいな感じで、もう少し、もう少し…よし、そろそろ魔鉱石に…と、その時だった。
「おいっ何をしているんだ!俺様が来てやったのに!」
「は〜…あぁっ?」
背後から急に声をかけられ、肩を掴まれて振り向かされた私は、その拍子に手の中で作っていた魔力玉を飛ばしてしまった。
「…っ危ないっ!!」
魔力玉の先にいたのはルナで、彼女は目を見開いて玉を見つめたが、ぶつかる寸前に両手を前に突き出した。すると魔力玉は跡形もなく消えたのだ。でもルナは後ろにひっくり返って尻もちをついてしまった。
「…っルナ!大丈夫?ご、ごめんなさい、私…」
私はルナに駆け寄った。そこまで大きな魔力玉ではなかったが、人に向けて飛ばしてしまったことに驚き、また恐怖した。当たらず消えたように見えたけれど、もし当たっていたら…
「はぁっ、び、びっくりした…あ、ベル!」
ルナを起こそうと近寄った私に気付いたルナは、パッと笑顔になって私を呼んだ。
「ルナっ、ルナっ、大丈夫?私、なんてことを…ごめんなさい、痛いところはない?」
心配で涙が出てきた。ルナの手を取り、腕や肩が動くか、痛がらないか、擦ってみる。
「やだ、ベルったら、泣いているの?私は大丈夫よ、泣かないで」
「でも、でもっ!」
「大丈夫なの、どこも痛くないわ…さっきの魔力玉は私にはぶつからなかったから。見て、ほら」
立ち上がったルナは服についた土を払い、手を握ったり開いたりして痛みや怪我がないことを私達に教えてくれた。
「ルナ…良かった…良くないけど…良かった…怪我がなくて…」
エグエグ泣いている私を、ルナはギュッと抱きしめて背中を撫でてくれた。
「本当に大丈夫だから、ベル、泣かないで、ね?」
うう、ルナが優しい。だからこそこの失敗が恐ろしく悲しく、涙が止まらなかった。
「ええいっ!なんだ、離せっ!」
と、後ろでがなり立てる声がしたので振り向くと、タヴァナーの子どもたちと一緒に私を探しに来ていたユーゴがダニエルの腕を掴み、捻り上げていた。
「人が魔法の練習をしている時に急に触るなんて…何を考えているんだ!」
「なっ、あんな子どもの魔法なんてっ、うあっ」
「子どもでも大人でも関係ないっ!もしルナが怪我をしたらっ、ベルが友達に怪我をさせていたらっ…!」
ユーゴは怒りに震えながら、なおもダニエルの腕を引き上げようとする。その時、
「申し訳ありませんっ!ユーゴ様っ!どうかお許しくださいっ!」
カイがユーゴに取り縋る。
「お父様から、正式に謝罪していただきますっ!ですから、どうかっ、どうかっ!」
「…っ!」
ユーゴはカイの必死な様子に、一瞬怯んだ。その隙をついて腕を振りほどいて逃れたダニエルが言い放つ。
「はっ!なんだ、大したものでもない魔法玉一つのことで大げさなっ。大体、ルナに当たったからと言って誰が困る。せいぜいあいつがちょっと怪我をするだけだろう。全く…」
その言葉に怒りを再燃させたユーゴが一歩踏み出した、その時
ドゴッ!
カイが走り寄り、ダニエルのお腹に一発パンチを入れた。ダニエルはウッと唸ってその場に崩れ落ちる。私とルナは抱き合ったままその光景を見ていた。
「え…?」
「お、お兄様…?」
カイはダニエルの襟首を掴むと無理やり立たせ、お腹にもう一発お見舞いした。先程よりも重たい音が響く。い、痛そう…
「ガっ、ガイぃ…おまえ…」
「うるさい、黙れ!もう十分だ。なんとか穏便に進めたかったが、これ以上はルナが危険だ。しかもベル嬢にまで…」
そう言うとカイはダニエルを地面に放り出し、下腹部を思い切り踏みつけた。ギャッという悲鳴を上げたダニエルは、痛みのせいかそのまま動かなくなった…き、気絶?
カイはもう一度ユーゴに向き直り、深々とお辞儀をすると謝罪の言葉を述べた。そしてタヴァナー家からは必ず謝罪させること、二度とダニエルをトウワ領へ立ち入らせないようにするため最大限の努力することを誓った。
成人のダニエルよりもずっとずっと大人で常識のあるその態度に私は心のなかで拍手を送った。今度から心の中でもカイ様って呼ぶよ!ついでに私のために怒ってくれたユーゴもユーゴお兄様って呼ぶことにするね。
ユーゴお兄様もカイ様のその姿に気圧されたと同時に、信用できると思ったのだろう、素直に応じた。カイ様はホッとした表情を見せ、すぐに抱き合って呆然としている私達のところへ走ってきた。
「ベル嬢、大丈夫ですか?兄が申し訳ないことをしました。心からお詫びいたします…」
私がコクコクと頷くと、今度は
「ルナ、大丈夫か?怪我はないか?怖かっただろう、すまない、こんなになるまでダニエルを好き勝手させてしまって…私の落ち度だ…」
とルナに謝った。
「カイお兄様…」
ルナは私から腕を外すと、カイ様に向き合ってにっこり微笑んだ。
「ありがとう、大丈夫よ。いつもかばってくれて、本当に感謝しているわ。それにしても…ダニエルお兄様をこんなにしてしまって…大丈夫かしら?」
私達はみんなで気絶しているダニエルを見下ろした。
「…まあ、大丈夫だろう。…大丈夫じゃなくても…大丈夫だ」
微妙な感じだったが、そこは他の家のことなので心配しても仕方がない。私達はダニエルを収容してもらうために家に戻ることにした。そこへ丸助がワンワン言いながら走ってきた。
「丸助、びっくりしたよね?ごめんね、私だってよく考えたらお前が近くにいるのに魔法の練習なんて、危なかったよね」
丸助は何も考えていないみたいで、私に飛びつき、顔をペロペロ舐めた。ルナとカイ様は私の貴族らしからぬ様子に驚いたようだったが、
「これが例のマルゥスケなのですね、ふふ、可愛い」
手紙で教えていたのでルナはこの子が丸助だとすぐにわかったようだ。うまく発音できていないけど。笑顔で丸助のおでこを撫でてくれたのが嬉しい。
「ルナも抱っこしてみる?」
ユーゴお兄様が慌てて止めた。
「ベル、マルゥスケはやたらと顔を舐めるから駄目だ。第一、ルナ嬢の服が汚れてしまうだろう、ほら、マルゥスケの足は土だらけだ。お前の服もほら、土が」
「あ、本当だ」
「…では、私が抱こう。こちらへ」
近づいてきたカイ様に抱っこされると思ったのか、尻尾が千切れそうなほど振る丸助を見てつい、
「あら〜丸助〜、どうする〜カイ様に抱っこされますか〜?」
口調が前世の60歳になってしまった。が、ふと丸助の土だらけの足を見て、あっと思いカイ様を見上げる。彼は私の気持ちに気付いたのか、
「大丈夫だ…おいで、ええと、マル…スケ?」
「はい、おでこが丸いから、丸助です」
大丈夫だと言われて、思わずニコッと笑顔全開でカイ様の目の前に丸助をプラーンと掲げる。カイ様は驚いたように私と丸助を見たが、すぐにフッと笑顔を浮かべ、ヒョイと手を伸ばして丸助を抱っこしてくれた。
丸助は嬉しそうにカイ様の顔を舐める。私は自分のことは棚に上げて『カイ様は貴族なのに犬に舐められるの平気なんだ。やっぱり感じがいい人だな。さっきのパンチといい意外とワイルドだし、人は見かけによらないわね〜』なんて思いながら、私達は4人で屋敷へ向かった。
お読みいただき、どうもありがとうございました。
犬って本当に可愛いですよね〜。