2 ちょっとだけチートっぽい?
ベル、本来は脇役らしくささやか〜な現代知識の利用です。
ルナはゲームでは15歳になると王都の魔法学園に入学する。
それは父親のジョセフに『早く良い相手を見つけて家のためになれ、早く家を出ろ』と言われたためだ。母親のソフィーも金髪と緑目の両親や兄達とは違った銀髪紫目のルナが生まれたせいであらぬ疑いをかけられて辟易していたため、ルナの放逐に同調していた。
長兄のダニエルがまた嫌なやつで、学園にも入らず、成人してからも結局家で努力もせずブラブラし、ルナにやれ勉強しろとか魔法の量や精度を上げろとかうるさく言っていた。
モラトリアムは大人への猶予で自立を前提、君のは単なるパラサイトでは?と心の中で半目になるレベル。次兄のカイは聡明で努力家なのだが、次男には発言力も影響力もなく、イザベルの兄のユーゴに時々相談して助けを求めるくらいしかできなかった。
それでもカイとイザベルがルナを気にかけてユーゴ、ここでの私の兄、に相談していたことからユーゴも攻略対象の一人となっていたのだ。地味すぎて全然人気のないルートだったけど。
もうね、私達って栗色の髪と青い瞳の中肉中背の兄妹っていう今ドキのゲームでは特徴に欠ける容貌。でも『優しげでニコニコして感じがいいってことは人生では大切』、と長生きしてきた私は思うから満足している。その印象が変わらないよう、努力も必要だし、頑張ろう。
さて、私は正直ユーゴとルナの関係については二人の問題なので、どうなっても二人にお任せするつもりだが、もしルナが辛い目に遭っているならば…と2つの目標を立てた。
一つはルナへの虐待をやめさせ、幼少期に楽しく過ごせるようにすること。もう一つはルナの決断力を育てることだ。
『ジュエルナ』は攻略は割と簡単で、とにかく多くの攻略対象者に何度もチャレンジできるところが人気だった。声優陣もベテランから若手まで参加していて、私だって17人までは攻略したのだ!
ちなみに私の最推しは黒髪やや茶色目の知性派文官ランドルフ様だった。あまりキラキラしい王子様よりもその辺にいても多少目立つくらいの普通感漂う容貌と、何よりメガネに弱い私だったので、ランドルフの細い銀のフレームが高ポイントだった。夫に似ている…というのもあった…いや、それが一番だったけれど。
娘のマリエにはばれていたというか、おそらく私のために作ってくれていたな、アレ、と思う。地方に出かけては領地の経営の監査をして、帰りにお土産を持って来てくれるという設定まで一緒だったし。お土産がペナントだったのはちょっと…だったけど。お父さんが昔ひっそり買ってきていて、しまってあったの知ってて設定してたよね、マリエちゃんってば…。ああ、何もかも、みな懐かしい…。
まあ、そんなお気軽・お手軽アプリだったけれど、時にはバッドエンドもあった。
それはルナが対象者を絞りきれずにフラフラしていることで起きた。この世界でバッドエンドがおきたらおそらく取り返しがつかない。だから、私はルナと友達になり、ダニエルのイジメを極力減らし、ルナ自身に対抗する力と決断する力をつけてもらおうと思ったのだ。
それさえできれば、王都の学園に入学後のルナの幸せは決まっている。王子様から大魔術師から近衛騎士までよりどりみどりだ。でも後々幸せになったとしても、今現在、かわいそうな子どもがいたとしたら我慢がならない。ならぬことはならぬものなのですよ。
私はルナの友達枠で、ここで平和に育つだろうことが予想されるので、子爵令嬢としてすべきことをしながら楽しく過ごすのが目標だ。私は一人ベッドで『がんばるぞ、オー!』と気合を入れた。
ベッドから出ることができるようになってからは、ユーゴの後をついて回った。
4歳年上のユーゴお兄様は私がまだ小さいことと前回の私の怪我のこともあって嫌がっていたが、兄としてユーゴが拒否できないように可愛らしく行動するのはそう難しいものではない。
危ないことはしない、わがままは言わない、ユーゴが何かできた時には「すごーい!さすがお兄様!」と感心する、失敗したら素直に謝り次は頑張りながらも『テヘペロ』で甘える、を続けているうちに、兄は1週間くらいで私が一緒にすごすことを認めてくれるようになった。これでユーゴが父親と視察に行くときに連れて行ってもらえるはずだ。
待望の視察旅行の機会が訪れたのは転生から1ヶ月が経った頃で、季節は夏になろうとしていた。
トウワの領地は農業と酪農が盛んで、暖かくなるこの時期からが最も活気にあふれるということだ。前世の北海道的な?北海道はでっかいどう…もとい、領地内でも牛が多い地域を皮切りにぐるりと領地を巡ることになっているので楽しみ。
クロエお母様は屋敷に残ったが、私とユーゴ、ヒューゴお父様は一緒に馬車で移動した。子爵領なのでそう広くもないが、質のいい牛乳とそれでできた乳製品は王都でも人気だ。大きな缶で地域ごとに拠点に集めて煮沸殺菌と瓶詰めをしている。
一日目はロックシーという土地で、訪問した拠点には集められた缶がキレイに並べられている。
「わ〜すごーい。これから瓶に詰めるのですね?」
「そうです、お嬢様、牛乳はお好きですか?」
工場長にきかれてもちろんと頷く。
「チーズやアイスクリームはないの?」
前世での北海道家族旅行を思い出して尋ねると、
「チーズはありますが、アイスクリームとは?」
ときかれた。魔法があるのだから氷もできるだろうと思い、
「氷で牛乳を冷やして、お砂糖を入れてかき混ぜるの」
と説明すると、
「甘くて美味しいだろうけど、牛乳に氷を入れたら薄くなってしまうよ」
と笑われた。なので、牛乳を金属の容器に入れて外側を冷やすのだと教えると、半信半疑のお父様が魔法で施設に隣接する教会に置いてあった魔石から魔力を引き出し、水から氷を作ってくれた。お父様、何気にすごい。
こうして魔石に込められた魔力を引き出すのも魔力がなくてはできない。そして、魔力そのものを魔鉱石に込めて魔石を作るのは引き出す以上に難しい。私はお父様も魔法が使えるのだと驚いたが、貴族であれば少なからず魔力があり魔法が使えることを思い出した。
『その割に家では魔石を使った道具があったかな…?』と思ったのは、転生してから家で家族が魔法を使うところを見たことがなかったからだ。
魔石で動くオルゴールのような魔道具は少しはあるけれど…。そんなに簡単に魔法が使えたらルナの力のありがたみが減ってしまうのでいいのだが、それにしても使われる頻度が少ない気がするので、理由は今度聞いてみよう。
まあ、そうやって作ってもらった氷を使ってできたアイスクリームはサラッとしていて、アイスクリームというよりはジェラートといった感じだ。
お父様と工場長は
「おお、これは、王都で人気があるという果汁を混ぜながら凍らせたソルベというものに似ているな!」
「こうやって作るのですね〜。どうしてこんなことを知っているのか、お嬢様はすごいですねぇ。牛乳で意外と簡単にできるなんて、いいですね」
と嬉しそうだ。
私は『これが所謂転生チートか!』と感動する。まあ王都ではすでにあるもののようだけれど、この田舎ではまだメジャーではないようだからそこそこ人気が出そうな気がする。
「この前、お屋敷に来ていた誰かが話していたのを聞いたような気がするのよ…それより、ここにきたら出来立てが食べられるし、うちの領地でとれた果物を入れればいろんな味が楽しめる、となれば、それを目当てに人が遊びに来てくれるのではないかしら?名前もソルベじゃなく…何かいい感じのものを…」
『アイスじゃ氷そのものか…ソフトクリームじゃあチート過ぎてなんだか申し訳ないわねぇ。ソルベはあるみたいだからジェラートもありそうだし…』「…氷菓、じゃお硬い感じ?」
いつの間にか口に出ていたようで、ユーゴお兄様が
「ヒョーカか、覚えやすい響きでそれはいい!なあ、子どもも来てくれたら、この広い牧場で遊んでもらうこともできるんじゃないか?」
となんだかとても嬉しそうにアイディアを出してくれた。
お父様も工場長は『ふむ、おもしろいかもしれないな。まあ、夜に食事でもしながら相談しようか』と言った。でもその言い方が、それって本当に話し合ってくれるのかな?と感じたので、ええい、ここはもう一押しだ!
「お父様、でしたらぜひその場で焼いてトロッとしたチーズと熱々のベーコンやソーセージを挟んだパンも食べられるようにしてほしいです!搾りたての美味しいミルクも飲みたいです。そして、大人はきっとお酒を飲みたくなります!」
観光地を思い出してそう力説すると、お兄様も
「それは美味しそうだ!チーズは他のものにかけてもいいな。そして食べ終わったら、あの丘で走り回りたいぞ!」
そう言って素敵な傾斜のある丘を指し示した。お兄様、ナイス!なので
「素敵!草の上を滑って遊べる小さな板があったら楽しいわ!大人はお酒と美味しい食べ物、子どもはヒョーカと芝すべり。見守る大人がいれば子どもを預けても安心ね!その間は大人は飲み放題食べ放題!」
とお父様と工場長に上目遣いでお願いしてみた。
二人は聞いているうちにその情景と味を想像したのかすっかりその気になって、
「うん、夜なんて言わず、今から相談だ!ユーゴとベルは今話していたものを実際に作ってもらってごらん。工場長、頼めるかい?」
「もちろんです。おおーい、ジェイミー、坊っちゃんとお嬢さんからお聞きするんだ!」
と事務をしていたジェイミーさんに声をかけてくれた。やったね!
私はできるだけ詳しく伝えて、最後にはキッチンへ行き、美味しいベーコンサンドやホットサンドまで作ってもらった。草の上で乗るソリも危険がないような形で出来そうだ。
ユーゴはとりあえず作ってもらった木の板で芝すべりを楽しんで大興奮だった。ふふ、子どもはこうでなくちゃね、可愛い。そんなこんなで、貴族でもその場でかぶりつきたくなる、そんな地元グルメと体験型テーマパークの誕生が楽しみになってきた。
行く先々でそうやって地元グルメや体験、そして前世で大好きだった特産品が買える道の駅的なアイディアを出した私とユーゴお兄様だが、お父様が
「アイディアを実際に商品とするのは難しいが、きっと学校に行っているマリーがうまく考えてくれるだろう」
と言った。
マリーは王都とまではいかないが近隣の全寮制の学校に通っている長女で目端が利き、将来は絶対に自分の商会を設立すると断言している大物感漂う人物だ。
実際のゲームでは最終的には登場しなくなったキャラクターだったが、実装されていれば商家に嫁いでバリバリ稼ぐ設定だった。マリエがモデルだったので、この後どこかで会えると思うと胸がドキドキする。実年齢での転生だったら動悸と血圧上昇で大変だったと思うので、子どもで良かった。
それにしてもいくら優秀だからといっても16歳の長女を頼るなんて、父、ちょっと頼りない?と思ったけれど、私達子どもの年齢からいくとこの人多分30代半ばなのよね。主任から係長くらいか…と思えば仕方ないか、と心の中で応援した。
最後の街、テイヨーンでの視察を終えた私たちは、隣の領地に挨拶をしてから帰ることにした。
隣の領地とは、すなわちルナがいる場所である。ここは山がちな地形で、酪農には向かないが、トウワ領側の低い山肌にはお茶と柑橘類が植え付けられており、それなりの収穫があるのだ。北海道で柑橘とお茶かと思ったが植物相が違うのでそういう設定ということで。
もちろんお茶は今ある紅茶だけではなく、緑茶のことを伝えてきたし、柑橘類については皮を使ったマーマレードやチョコがけのお菓子のアイディアを出してきた。
ベルの中身は60歳なので心の中の呟きはテレビネタが多い。しかも古い。