墓まで持っていくつもりだった秘密
私たち双子を育ててくれた祖母は、穏やかで、少し変わった人だった。
忙しい両親の代わりに、毎朝同じ時間に朝食を用意し、帰りが遅くなれば玄関で待っていてくれた。夜になると、紅茶を淹れながら、知らない国の話や、聞いたこともない学校の話を語ってくれた。
その物語が、すべて祖母の仕事だったとは──当時の私は、夢にも思っていなかった。
祖母の仕事部屋は、いつも鍵がかかっていた。
「入っちゃだめよ」
それだけは、やけに真剣な声で言われていた。
だから、あの日、扉が開いていたのは本当に偶然だった。
好奇心だった。
それ以上でも以下でもない。
中は、静かな部屋だった。紙の匂いとインクの匂い。壁一面の本棚と、大きな作業机。
机の上に広げられていたのは、手描きのネームだった。
海外の寄宿学校。
石造りの校舎。
整えられた制服に身を包んだ少年たち。
「……あれ?」
胸が、ざわついた。
描かれている少年の一人が、あまりにも見覚えのある顔をしていたからだ。
癖のある前髪。少し困ったように笑う目元。
──弟だ。
ページをめくる。
別のコマには、もう一人。
「……私?」
否定できなかった。
顔立ちも、仕草も、驚くほど似ていた。
物語は進んでいく。
舞台は男子校。
友情が芽生え、感情が揺れ、やがて恋になる。
少年同士の恋愛──いわゆるBLだった。
理解した瞬間、頭が真っ白になった。
祖母は、商業BLの漫画を描いていたのだ。
しかも、そのモデルは、私たち双子。
喉が、ひくりと鳴る。
さらに読み進めて、私は息を止めた。
弟をモデルにした少年は、誰かを深く愛し、深く傷つき、最後には──壊れていった。
救いのない結末だった。
ネームを閉じた手が、震えていた。
私は何も言わなかった。
祖母にも、弟にも。
見たことは、墓まで持っていくつもりだった。
──本当に、そうするはずだったのに。
事故は、あまりにも突然だった。
信号を無視した車。
反射的に、弟を突き飛ばしていた。
強い衝撃。
宙に浮く感覚。
薄れていく意識の中で、思ったのは──
(よかった。弟が、無事なら)
それが、私の最後の記憶だった。
次に目を覚ましたとき、視界に広がっていたのは白い天蓋だった。
「……え?」
柔らかいシーツ。
高い天井。
聞いたことのない鳥の声。
体を起こし、窓の外を見る。
そこにあったのは、見覚えのありすぎる景色だった。
石造りの校舎。
広い中庭。
──海外の寄宿学校。
嫌な予感が、確信に変わる。
机の上に置かれていた一冊の本。
表紙に描かれたタイトルを見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。
祖母が描いていた、あの漫画。
「……嘘」
鏡に映る自分は、若い。
間違いなく、生前の私だった。
ここは、物語の世界。
弟は、また“あの運命”を辿る。
そんなの、絶対に認めない。
私は拳を握りしめる。
「──弟を守る」
物語が決めたBLの運命から。
悲恋から。
破滅から。
たとえ、そのために。
私が、男として生きることになっても。
たとえ、この世界の筋書きをすべて壊すことになっても。
私は、弟を守る。
それが、私の選んだ物語だ。




