僕をイジメていたクズと二人で異世界転移~僕だけ魔法が使えたので、今までの復讐をしようとしたら実はイイ奴かもしれない~
「チッ、ここはどこなんだよッ!」
「……砂漠みたい、だね」
さっきから、僕の目の前にいる通称“クズ”こと久遠良和の苛立ちが止まらない。
辺りを何度も見回しながら、舌打ちや貧乏揺すりを続けている。
しかし、それも仕方がないのかもしれない。
僕ら二人は現在、不可思議な現象に見舞われている。
つい五分ぐらい前まで、僕は学校の校舎の裏で、クズを含むクラスの不良グループにいつものようにイジメを受けていた。
教師にバレない様にと、制服で隠れる腹や肩の部分を重点的に、殴る蹴るといった暴行を。
それなのに、気が付くといつの間にか僕ら二人だけが、この砂漠のような場所に立っていたのだ。
(本当にここはどこなんだ……?)
僕はクズと違い、至って冷静に辺りの状況を確認する。
見えるのは四方八方を埋め尽くす砂の山のみ。
場所によって砂の積もり方が違っていて、凹凸になっている。
もし、ここから移動するとなると、上り下りを繰り返して大変だろう。
もちろん、周りには人が近くにいる気配もなく、動物や植物さえも見当たらない。
(これは現実か? まるで、最近流行りの異世界転生でもしたみたいだ。いや、生まれ変わってはないから転移になるのか)
いろいろと考えを巡らせていると、「クソ暑いな」とクズは言った。
僕は「そうだね」と適当に返す。
確かに、この暑さは異常だった。
今までに体験したことのない、まさに砂漠のイメージにぴったりな気温。
僕らは制服を脱いで、シャツの袖をまくった。
「おい、ゴミ。お前が何かしたんじゃねえだろうな?」
「僕だって訳がわからないんだ。勘弁してよ」
(八つ当たりすんなよ、ボケ。熱中症で死ねな)
ゴミというのはクラスで不良たちに呼ばれているあだ名。
僕の後藤なるみという名前から、頭と尻の字を取って通称“ゴミ”。
ちなみに、久遠良和のクズというのもここからきている。
まあ、コイツをそう呼んでいるのは僕だけで、それも心の中だけだが。
結局、ここであれこれ考えていても、この暑さでやられるだけだろう。
当てがなくても、どこか日陰でも探して移動しないとこのままでは危険だ。
さて、クズはどうしようか。
コイツと一緒に行動して、なにかいいことがあるのか……?
(いや、こんなゲロカスといたってメリットなんてない。一人で行動しよう)
「あ、あのさ、僕あっちの方、人を探して――」
「おい、アレ見ろ!」
クズが遠方を指差して叫んだ。
何事かと、その方向を確かめる。
すると、遥か遠くに人らしきモノが見えた。
遠くではっきりとは見えないけれど、二つの動く“なにか”がこちらに向かって来ている。
「人かもしれない、行くぞ」
(あん?なに、上から命令してんだ。死ね。なんやかんやあって死ね)
アレが人間かもしれない以上、この状況を把握するためにも僕も向かわざるを得ない。
僕らは炎天下の砂漠をひたすらに歩いた。
歩き始めて十分は経った頃。
ようやく、こちらに向かってくるモノの正体を確認できる距離になった。
僕たちは立ち止まって、目を細めその正体を確かめる。
「――何だよアレ!」
先に声を出したのは隣にいるクズ。
うわずった声を上げ、少し興奮している。
まるで、幽霊でも見たかのような驚き方だ。
しかし、目の前にいるのはそれではない。
まだ幽霊であれば、「本当にいたんだな」なんて納得できたかもしれない。
だから、その存在に納得できない僕はただただ呟くことしかできなかった。
「ゴブリン……?」
こちらに向かって来ていた二体のソレは、前に長く出っ張った鼻と緑色の肌が特徴的な小人だった。
そんな小人を僕はよく知っている。
漫画やゲームに出てくる、いわゆる雑魚敵として有名な“ゴブリン”そのもの。
認めたくはないけれど、ソレはどこをどう見ても着ぐるみといった偽物ではなく、確かに生きて存在している。
さらに、二体のゴブリンの手元をよく見ると、それぞれ武器を持っていることがわかる。
一体は荒々しく削られたナイフ、もう片方は木製の弓を持っていた。
(話が通じるとは思えないな。そもそも、見つかった途端襲ってきそうだ)
同じことをクズも思ったらしい。
僕に小声で囁いてきた。
「ゴミ、逃げるぞ」
(おい、だから命令するな。死ね。ゴブリンに生きながらくちゃくちゃ食われろ)
ゴブリンはあまり目が利かないのか、幸いにも僕たちの存在に気付いている様子はない。
このまま静かに移動して、身を潜めていればバレないだろう。
クズの言葉に首を縦に振り、僕らは進路を右方向へと変えた。
なるべく背を低くして、クズの後ろを一歩一歩ゆっくり進む。
(万が一、ゴブリンたちに気付かれた場合はクズを囮にして逃げよう)
僕に力がなくても、不意を突けばクズを転ばせることぐらいはできるはずだ。
そして、クズはゴブリンにぐちゃぐちゃに殺され、僕はなんやかんや助かってハッピーエンド。
もし、自分がなろう作家だったら、こんな筋書きにす――
(あれ……?)
突然、前に進めなくなった。
左足が全く動かない。
足元を見てみると、左の足が深く砂に取られていた。
「お前、なにしてんだ」
クズが僕の様子に気付き、小声で尋ねてくる。
「左足が抜けなくなっちゃって」
恐らく、クズは僕を見捨ててそのまま逃げるだろう。
普段から暴力を振るい、カツアゲだって平気な顔でする不良だ。
きっと、そうに違いない。
僕は観念して、一人でここからどう抜け出そうかと考えようとした。
その時――
「チッ、早くしろ。見つかるだろ」
驚くことに、クズは僕へと右手を伸ばしてきた。
この意味を普通に考えるなら、『この手に掴まって抜け出せ』ということなのだろう。
しかし、僕の知るクズという男は、他人に対してこんな優しい人間じゃない。
自分に対して暴行、恐喝といったイジメを、1年間以上にわたって繰り返してきた、人間最底辺のクズ野郎だ。
(コイツは劇場版のジャ〇アンか? 一体なにがしたいんだ。人命の危機には、良心が目覚めて人助けするよう設定されているのか?)
伸ばされた右手の真意を考えるが、特に当てはまりそうな答えは出てこない。
「何してんだ、クソッ」
手になかなか掴まろうとしない僕に痺れを切らしたのか、クズの方から腕を掴んで引っ張りあげる。
他所からの力によって、簡単に左足は砂の中から抜け出せた。
クズは「早く行くぞ」とだけ言うと、背中を向けてまた砂漠を歩き進んでいく。
「あ、ありがとう……」
(どうして、僕がこのアホゴミに感謝の言葉を述べなければいけない?)
こんな屈辱を味わうくらいなら、ゴブリンにぶち殺される方がまだマシだ。
たった一度助けた程度で、今までの悪行を許したりはしない。
そんな、恨み辛みを乗せた視線をクズの背中にぶつけつつ、僕も歩き出そうとして――
「ギィィィィッ! ガァ、ガァ、ガァァァッ!」
いつの間にか近くまで迫っていたゴブリンたちは、こちらの方を指差して騒ぎ出した。
獲物を見つけ興奮し始めたモンスターは、それぞれ手に持っている武器を構えて、僕たちの方に近づいてくる。
「お、おい。走るぞッ!」
言われなくたってそうする。
ただ真っ直ぐ、ゴブリンたちから逃れるべく全力で駆けた。
しかし、歩くだけでも大変だった砂の上は、走れば途端に足がもつれ体のバランスを崩す。
「ぐっ――」
僕は砂の上に倒れこんだ。
どうやら、気付かないうちにこの暑さに体力を奪われていたらしい。
起き上がろうにも力が入らない。
(どうして、僕が……)
視界の端にゴブリンたちが近づいてくるのが見える。
口の端からはヨダレが垂れ、鼻息を荒げて迫ってくる。
「――――――ッ!」
やっと、クズは僕がついてきていないことに気付いたようだ。
振り返って、僕に向かってなにかを叫んでいる。
しかし、暑さで頭が朦朧としてきて内容が上手く聞き取れない。
「――――――ッ!」
(……どうせ、不良のクズのことだ。『ざまあみろ』とか『囮よろしく』とか、そんなことを言っているんだろう)
段々と呼吸もしづらくなってきた。
このまま、意識を失えば苦しまず死ねるだろうか?
(あぁ、悔しいなぁ。あの忌々しい顔に一発ぶん殴ってやりたかったなぁ。復讐したかったなぁ)
二体のゴブリンが、すぐ傍までやってきた。
僕は目を閉じて、身を任せる。
「ガァァァ! ガァァァ! ギィ?グワァァァ――ッ!」
ゴブリンたちの鳴き声が一瞬途切れ、大きな打撃音が響き渡った。
しかし、僕の体はまだなにもされていない。
(なにが起こったんだ?)
俯せのまま、首だけを動かして様子を見る。
すると、そこには――
「今のうちに早く起き上がれ。ゴミ!」
ナイフを持ったゴブリンに、クズが殴りかかっていた。
(まさか、走って助けに来たのか!? 囮にして逃げることだってできたのに……?)
ゴブリンは140cm程の身長しかないが、意外にも力は強いようだ。
クズとの取っ組み合いは力が拮抗しているように見える。
そして、その二人の後ろには、弓を構えたゴブリンが立っていた。
クズに狙いを合わせるように、ジリジリと弦を引き絞っている。
このままでは、クズは射抜かれるだろう。
(いや、最後にコイツの死ぬところが見られるなんてラッキーじゃないか。一発ぶん殴ることは叶わなかったけれど、このまま死んでくれれば僕の気も少しは晴れる……)
「んなわけねぇぇぇぇええええだろぉぉぉぉおおおお!?」
僕は倒れたまま、二体のゴブリンに向かって右手を突き出す。
少ない体力を振り絞って、腕をピンと伸ばす。
(この世界がゴブリンとかいう化け物がいる世界なら、魔法が存在したっておかしくないはずだ!)
「出ろよ魔法ォ!炎、氷、雷でもなんでもいい!なんか出ろよォォォッ!」
僕は右手に力を籠める。
幼い頃に練習した、かめ〇め波を思い出した。
(このクズは僕が殺すんだヨォ。邪魔するナァァア――ッ!)
手の平から“なにか”が放出された。
黒く濁った煙のような、なにか。
それは空中で二つに分かれると、クズの体を避けて、ゴブリンたちの体にぶつかる。
「ギィ、アアア!?」
ぶつかった瞬間、『ボンッ』と音を立てて小さく爆発を起こし、ゴブリンたちの体を吹き飛ばす。
倒れた二体はそのままピクリとも動かない。
「……ハァ、ハァ。なんとかなった」
「おい、大丈夫か」
クズは僕に駆け寄って、腕を引っ張り体を起き上がらせる。
「お前、今なにしたんだ?」
「わからないけど、手に力を籠めたらできたんだ」
クズは僕の手の平を見つめた。
しかし、今までとなにも変わらないボロボロの手だった。
コイツらクズ共に傷付けられた手。
「……助かった。お前のおかげで」
(――ッ!?)
クズの口から発せられた言葉が、一瞬理解できなかった。
コイツが僕に感謝した、だと。
ありえない。ありえない。ありえない。
「ぼ、僕の方こそ。久遠くんがいなかったら。さっき、僕死んでたよ」
ありえない。ありえない。ありえない。
どうして、僕を見るクズの目がこんなに普通なんだ?
人を見下した目はどこにいった。
ありえない、ありえない、ありえ――
「悪かった。これまで、お前のこと……。こんなことしたって、許してもらえないと思うが」
ゆっくり数えて三秒ほど、僕の意識は完全に停止していた。
クズは、熱せられた砂漠の大地に額をつけ、土下座している。
幻覚を見ているのだと思い、今更になって自分のほっぺたをつねった。
痛かった。
(夢じゃない、クズが僕に土下座してる……。は、はは。すげえや)
懐かしい。
僕も前に何度か、クズたち不良に向かって土下座させられた。
(そうだ! 今、僕はあのよくわからない魔法が使える。 コイツなんかよりもずっと強い!)
力関係が逆転した。
土下座しているクズに向かって、さっきゴブリンたちにしたように右手をかざす。
(復讐だ。復讐できる。ただ殺すだけじゃ足らない。ああ、まずは一発ぶん殴りたい。それから……)
無限のように復讐のアイデアが浮かび続ける。
あれもこれも全部試したい。
殴って、蹴って、絞めて。
ゴブリンたちのナイフを奪って、切りつけて、刺して。
(ああ、どれから試そう? 他の魔法が使えるなら、炎で燃やして氷漬けにして……。もし、生き返らせる魔法があれば、無限にコイツを殺せるかもしれな――)
不意に、背中に強烈な痛みが走る。
「――」
途端に、息が詰まって意識が朦朧としだして、僕は膝から崩れ落ちる。
背後を見ると、さっき殺したはずのゴブリンが弓を構えて立っていた。
(……まだ、生きてたのか)
クズは倒れた僕に気付いて、またなにかを叫んでいる。
意識は麻酔でも打たれたかのように、重く重く落ちていく。
最後に見た光景は、クズが生き残りのゴブリンに向かって殴りかかる場面だった。