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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

周囲を不幸にする呪いを受けて、悪魔と蔑まれた少女。あらゆる不幸を無限の再生力でゴリ押し突破する最高の相棒を見つけ、ようやく発揮した真の実力は最強でした。

作者: イルティ

 嫌になるほど聞いた言葉。

 ありとあらゆる罵詈雑言。

 

 ──私は、悪魔と蔑まれながら生きてきた。


「この悪魔め! なんだその力は! 二度と俺に近寄るんじゃねぇ!」


 あまりにも苛立たしげに、そんな言葉をぶちまける男。


 男は金髪で、それなりに整った顔をしている。

 私の所属するパーティーのリーダーでもある男だ。


「まあまあリーダー、落ち着いてください」


 緑髪の女性がリーダーを嗜めた。

 私が所属するパーティーの女僧侶である。


 僧侶が続ける。


「リンネちゃんも悪気があったわけじゃないんだし、そんなに怒らないでください」


 リンネ=カゲロウ──私の名前である。


 黒髪の長髪。

 ごく平凡な見た目の、普通の十三歳の少女だ。


 だが、私には生まれ持った特徴がある。

 それはどうしても消すことのできない、呪いのような力だった。


 リーダーが怒っているのも、その呪いが原因なのだ。


「うるっせんだよ!」


 リーダーが苛立ち、持っていたグラスの中身を僧侶の頭にぶちまけた。


 この男は、腹が立てば平気で他人を傷つける……。

 最低のゲス野郎なのだ。


 リーダーが続ける。


「こんなガキを庇いやがって……テメェらのパーティーのリーダーは誰だ? 俺だろうが! この中で俺が一番えらいんだよ! その俺を怒らせて、タダで済むと思うな!」


 リーダーが言って、酒瓶を振りかぶる。

 そのまま僧侶に向かって振り下ろした。


 危ない!


 私が思ったことを口に出す前に、


 バキッ!


 振り下ろされた酒瓶が、僧侶の頭に直撃する。

 頭から血を流して、地べたに横たわる僧侶。


 私が僧侶の元へ駆け寄って、言った。


「大丈夫! ねぇ、起きて……」


 僧侶の体を揺さぶる私。


 でも、僧侶は何も反応しない。

 ぐったりと倒れたままだ。


 気を失ってるの?

 ともかく、早く治療しないと……。


 慌てる私に、リーダーが怒鳴りつける。


「お前もそうだ! リンネ!」


 身を屈め、頭を手で覆う私。


 私も殴られる……。

 そう確信し私が恐怖する中、リーダーは続ける。


「珍しく人間で『魔術』を扱えるってんでよぉ〜、お前をパーティーに入れてやったんに……ロクに役にたたねぇどころか、妙な呪いばかり振りまきやがって! テメェが俺の近くにいるだけで、俺の幸運がマイナスになるんだよ! 不運なことばかり起きやがる!」


 言って、割れた酒瓶を振りかぶるリーダー。


 殺される。

 私はそう思ったが、何もすることができなかった。

 

 ただ身を屈めて震えているだけ。

 私はどうしてもこの男に勝てないと思い込んでいた。


 続けて言葉をぶちまけるリーダー。


「もううんざりだ! テメェの存在ごと、この呪いを消し去ってやるよ!」


 刹那、リーダーが腕を振り下ろす。


 もうおしまいだ……。

 死を覚悟し、私が目をつぶると、


 パシッ!


 誰かがリーダーの手を掴んで、止めた。

 焦るリーダー。


「な、なんだよテメェ!」

「女性に手をあげるとは、貴方……それでも男ですか?」


 女性の上品な声音。

 顔を上げ、女性の姿を確認する。


 質の良いドレスを着た、気品漂う綺麗な女の人。

 純金のブロンドで、サラサラのストレートヘアー。


 絵に描いたようなお嬢様が、そこにはいた。

 女性がリーダーに向かって続ける。


「少し、そこで反省していてください」


 女性が言うと、リーダーの体に光の縄が結ばれる。

 身動きの取れなくなったリーダーが、女性の顔を睨みながら言う。


「これは、魔術!? このアマ! テメェもそのガキと同じように、魔術が使える化け物かよ!」


 聞いて、女性が私に視線を向ける。

 そして女性がニッコリ笑顔で私に話しかけてきた。


「なるほど、貴方も魔術を……これはなんとも、都合が良い……」


 言って、女性が私の横に転がる僧侶の姿を確認する。

 すぐさま女性が僧侶に近づき、手をかざした。


 女性の手のひらから放たれる、淡い光……。

 その光に包まれた僧侶の体が、みるみるうちに回復していった。


「う……うぅん……」


 意識を取り戻す僧侶。

 それを確認して、女性が私に対し言う。


「私も貴方と同じ、人間で魔術を扱える異端の存在よ。私はこの力で、あらゆる傷を癒すことができる。だから怖がらないで。多分、貴方のことは私が誰よりも理解できるから」


 言って、女性が私の頭に手を置く。

 そしてもう一方の手でハンカチを持って、私の涙を拭った。


 女性が続ける。


「私はペトラ=オーガスト。決めた。今回の仕事、貴方を同行させることにするから。きっと、私と貴方が一緒なら全て上手くいく……」



 *



 ペトラに連れられ、ギルドを出発する私。

 その道中、馬車の中でペトラが事情を説明してくれた。


「貴方に依頼したいのは、私の護衛。これから、とっても危険なモンスターが出るダンジョンに行くから。そこで特定のモンスターを狩ることが、私からの依頼。そこで役に立つ護衛を見つけるために、あのギルドに足を運んだってわけ」


 聞いて、納得する私。


 ペトラはどう見ても、普通の人じゃない。

 変人とか奇人とかいう意味ではなく……。


 ただ単純に、住んでいる世界……階級が違う。


 聞くに、ペトラは上流階級のお嬢様らしい。

 私たちみたいなギルドの下働きとは、優雅さが違う。


 会話しているだけで見せつけられる、圧倒的な気品の差がそこにはあった。


 萎縮し、オドオドとする私。

 そんな私を見て、ペトラが優しく声をかけてくれる。


「ところで、貴方のお名前は? そういえば、まだ聞いてなかったよね」


 聞かれ、私がぎこちなく答える。


「私……私、は。リン、ネ……リンネ=カゲロウと言います、ペトラ……さん」

「ペトラでいいよ」


 ペトラが優しく訂正する。


「ペトラでいい。呼び捨てでいいから。聞いたけど、貴方は十三で私は十七。そこまで歳は離れていないでしょう? できれば、お友達みたいな感覚で付き合っていきたいな? だからおんなじ目線で話したいの。よろしくね、リンネ」


 聞いて、私は驚愕する。


 こんな育ちの良いお嬢様が……。

 私みたいな平民と仲良くなりたいと?


 そんなことがあって良いのだろうか……。


 そもそも、私には友達がいない。

 ギルドでも、出会ってきたのは私を利用しようとする汚い大人ばかり。


 それをペトラは……。

 初めて平等な関係、友達になりたいと言ってくれた。

 

 断る理由はない。

 私はすぐにOKと返事した。


「私も! ペトラと、その……友達になりたいな、なんて」

「こちらこそ。慎んでお受け致します」


 言って、微笑むペトラ。


 よかった……。

 私に初めての友達ができたんだ。


 まだ実感が薄いけど、それでも嬉しい。

 私が微笑むと、ペトラが何やら厳しい表情で続ける。


「……さて、いい加減説明してもらいましょうか?」


 目の前に座る女性に視線を向けるペトラ。


 女性は、何やら露出の多い格好をしている。

 黒髪ポニーテールの、やたら胸の大きな女性だった。


 ペトラが続ける。


「貴方は何者? 何故、私たちに同行を?」


 ペトラの問いに、女性がニヤッと笑いながら答える。


「アタシはギルドマスターから依頼を受け、貴方たちの護衛をするため仕事に同行することになった……『くノ一』のチヨメという者っス」


 聞いて、何か思い出した表情のペトラが続ける。


「……ここシャロア帝国の南にある小さな島国に、『シノビ』という戦闘民族がいると聞いたことがある。貴方はその女バージョンと言うことね?」

「まあ大体そのとおりっス」


 答えて、チヨメが私のことを見つめながら続ける。


「よろしくお願いしますね、リンネさん。アタシ、こう見えて魔術が使えるんですよ? なんでまあ、それなりに役に立つと思ってください」

「具体的には?」


 ペトラが厳しい顔で続ける。


「具体的には、どんな魔術が使えるの?」

「斥候っスね。偵察とか暗殺とか、そういう斥候向きの魔術が使えます。シノビって、元々そういうことが得意なんスよ」

「そう、使えそうな能力ね」


 言って、ペトラの顔の緊張が少し解ける。

 それを確認して、チヨメが続けた。


「で、アタシに依頼をくれたギルドマスターの言ってたことなんスけど……今回の仕事、かなりヤバい案件らしいっス。悪いことは言わないんで、黙ってアタシの同行を認めてください。報酬もマスターから貰ってるんで要りません。同行さえ認めてくれれば、どれだけこき使ってもらっても構いませんよ」

「そ。じゃ、私の命令には絶対服従ってわけね」


 言って、ペトラが私の肩を掴み自分の方へ近寄らせる。

 ペトラに密着しながら、私が言う。


「急に何を……」


 聞いて、ペトラがフッと笑いながら続ける。


「なら手始めに、リンネには近づかないでいただけるかしら? そんな下品な格好をしている痴女は、この子の教育上……目に良くないので」


 力強く宣言するペトラ。


 ペトラは私のことを守るために、こう言ってるんだ……。

 覚悟を決めたペトラの顔を見て、私はそう感じた。


 それに、なんだかいい匂いがする……。

 ペトラがつけている、上品な香水の匂い。


 私がうっとりしながらペトラにくっついていると、チヨメが反論する。


「嫌なこと言いますねー、痴女だなんて。これはシノビの正装ですよ? 機動力を重視したが故の、布面積の少なさなんス」


 そんなやり取りをしていると、馬車が目的のダンジョンについた。

 荷物を持って、馬車から降りる私たち。


 ダンジョンは、洞窟の中にある遺跡のような形をしていた。

 洞窟の入り口で、ペトラが今回の仕事内容を再確認する。


「私たちの目的は、このダンジョンの中に現れる新種のモンスターの討伐。目撃情報は少ないけど、相手が魔術を使うことだけは分かっている。だから魔術を使える人間じゃないと、対処は難しいでしょうね」


 聞いて、チヨメが言う。


「先頭はアタシに任せてください。魔術を使ってトラップとかモンスターとか索敵するんで、なるべく早く二人にも教えますよ」


 聞いて、ペトラが言い返す。


「教えるんじゃなくて、事前に対処してくださる?」

「これはなんとも、手厳しい雇い主っスね……」


 言って、チヨメが暗闇の中へ消えていく。

 私は気を引き締めながら、ペトラと共にチヨメの後を追った。


 洞窟の中は真っ暗で、明かりがなければ何も見えない。

 私とペトラは片手に松明を持って歩いた。


 こんな状況でモンスターに襲われれば、ひとたまりも無い。

 しモンスターは暗闇に慣れている。


 こちらが反応するよりも早く、モンスターは好きなタイミングで私たちを襲うことができるのだ。


 それに対応しようにも、私たちは片手が松明で塞がっている。 

 剣もマトモに握れない……。


 考えて、私は背中に背負う太刀に触れる。

 私にできるのは、この剣で敵を切ることだけだ。


 チヨメのような索敵も、ペトラのように回復もできない。

 戦うことだけが私の役割なのだ。


 だが、こんな状況で私は本当に戦えるのだろうか?

 ただでさえ狭い洞窟で、長物は不利……。


 私が不安に思っていると、ペトラが私の手を握ってくれる。


「大丈夫。きっと上手くいくから。私を信じて安心して、ね?」


 そして優しく微笑みながら、励ましの言葉をかけてくれる。


「……ありがとう」


 思わずそんな言葉が私の口から溢れる。


 ペトラは私のことを思いやってくれた。

 そして、私が今一番して欲しかったことをしてくれる。


 寂しさに震える私の手を、ペトラはそっと握ってくれた。

 なんて素敵な人なのだろう……。

 

 そう思っていると、ペトラが言う。


「さて、あの痴女に遅れを取るわけにはいかないし……さっさと彼女の後を追いましょ?」


 ペトラは随分と張り切っている様子だ。

 それを見て、私も勇気が湧いてくる。


「うん。頑張ろう、ペトラ」


 私が言うと、満面の笑みでペトラが歩き出した。


「よぅし! ペトラちゃん頑張っちゃうぞ! リンネに応援されてんだから、きっちり活躍しなくちゃ……」


 と、ペトラが言いかけた瞬間。


 ドゴッ。


 ペトラの頭に巨大な瓦礫が直撃する。

 どうやら、洞窟の天井が一部崩れ落ちてきたらしい。


「大、丈夫……ペトラ」


 私が問いかけると、


「大丈夫、大丈夫……」


 頭から血を垂れ流しながら、笑顔でペトラが答えた。


 これって、もしかして……。

 私が原因を思い浮かべた瞬間、更なる不幸がペトラを襲う。


「ギャッ!?」


 ペトラが短い叫び声をあげる。


 見ると、崩れた天井の穴から大量のヘビや虫やらが落ちてきていた。

 それらが全てペトラの頭に降り積もっていく。


 絶望で目のハイライトが消えるペトラ。

 けれどペトラはめげることなく、素手で害虫を全て投げ捨てた。


 地面に落ちた害虫を全て踏み潰してから、ペトラは引き笑いで続ける。


「こんなの……なんてこと、ないから……」


 ゼェゼェと息を切らしながら、それでも笑顔を崩さずにペトラは言う。

 きっと、ペトラは私に気を使ってくれているのだ。

 

 こんなにペトラに不幸が降りかかるのは、私の呪いのせい。

 けれど、ペトラは私に責任を感じさせないために平静を装っている。


 ペトラが私の方に手を置いて、言った。


「私! この程度、平気だから! 気にしなくて良いから!」

「でも……」

「だって、聞いてたから! 最初に会った時、あのクソ男に言われて……リンネが悲しんでたから! 私は、リンネを悲しませたくない……」


 涙を流して、必死の形相で訴えるペトラ。


「ありがとう……」


 私も涙を流しながら答えた。

 だって、それしか言葉が思い浮かばないから……。

 

 ペトラはこんなに私のことを思ってくれている。

 今日、初めて会ったばかりのこの私を……。


 なんでこんなに良くしてくれるかは分からない。

 でも、それが私にはとても嬉しかった。


 人に優しくされたのは、これが初めてだから……。


 そのまま、しみじみと二人で抱き合おうとした瞬間、


 パカッ。


 ペトラの立っていた足元の地面が真っ二つに開いた。

 そこは、先の見えない真っ暗な落とし穴に繋がっている。


「へ?」


 呆気に取られた表情のペトラ。

 そのままペトラが穴の中へ落下していく。


「なによこれェェェ!!!」


 叫ぶペトラ。

 声が洞窟中に反響する。


 私が急いで穴の中に手を伸ばすが、時すでに遅し。


 ドスン!


 ペトラが穴の最奥まで落下した。


「ペトラ!」


 私が彼女の名前を呼ぶが、返事が帰ってくる気配がない。

 すると前方からチヨメが戻ってきて、言う。


「ありゃ? こりゃちょいと、面倒なことになったっぽいですね」

「チヨメ! ペトラが!」

「落ち着いてください。縄があるんで、これで引き上げましょう」


 言って、チヨメが服の中から縄を取り出す。


 あの丈の短い服のどこに縄なんて隠していたのだろう?

 私が疑問に思うよりも早く、チヨメが縄を穴に垂らした。


 チヨメが続ける。


「どうやらこのダンジョン、人が通った後に罠が反応するみたいです。入る時は安心させといて、帰り道で苦戦するタイプですね。今回は私が先行してたから、後から来たペトラさんが被害にあったってとこっス」


 そんなことあり得るのか?

 

 いや、あり得るのだ。

 私の呪いの影響である。


 私の呪いは、私以外の仲間一人をものすごく不運にするのだ。

 特定の一人がモンスターに狙われたり、罠にかかりまくったりする。


 だから、さっきからペトラは連続で罠にかかった……。

 私が不安に思っていたことが、現実に起きてしまう。


 すると、穴の底からペトラの声が聞こえた。


「ちょっと、チヨメアンタ! ちゃんと罠とか解除したんでしょうね!」

「ごめんなさい。さっき言った通り、ここのトラップ特殊なんで無理っス」


 チヨメが謝って、縄を引き上げ始める。

 私も一緒に縄を握った。


 一刻も早くペトラを助けなければ……。

 すると、いきなり縄がグンと重くなった。


 下で何か起こったの?


「ちょ、何よコイツら!」


 焦るペトラに、チヨメが尋ねる。

 

「ペトラさーん、なんかあったんスか?」

「モンスター! しかもアンデット! ゾンビ連中が縄に捕まって、上に行こうとしてるの!」


 聞いて、チヨメが縄を手放す。


「何してるの!」


 私が言うと、あっけらかんとした態度でチヨメが答える。


「いや、あのゾンビ軽く見ただけで百匹以上はいます。ペトラさんを助けられても、私たちじゃあの数には勝てません。全滅するよりは、一人を犠牲にする方が賢い生き方なんスよ。リンネさんも、長生きしたかったら覚えといてください」


 ペトラを犠牲にして私たちだけ生き残るなんて……。

 そんなこと、認められるわけがない。


 けど、チヨメを否定してそれで私に何ができる?

 結局、私には何もできない……。


 私には、ペトラを犠牲にする以外の選択肢はないのだ。

 元はと言えば、私の呪いが原因でペトラが穴に落ちたのに……。


 私は、呪いを恐れているんじゃない。

 私の呪いで誰かが命を落とすのを恐れていたんだ……。

 

 それが今、ついに起こってしまった。

 しかも、私にできた初めての友達なのに……。


「ごめん、ペトラ……」


 涙を流しながら謝る私。


 けれどその言葉は届かない。

 彼女は、遥か穴の底から二度と上がってはこないのだから……。


「いいえ。謝る必要はないのよ、リンネ」


 声が聞こえる……。

 ペトラの、出会った時と変わらない優しい声音が。


 すぐさま私が声の方へ振り向く。


「ペト……」

「はいストップ」


 すると、チヨメが私の両目を手で塞ぐ。

 急いで私がチヨメの手を振り解きながら、言う。


「ちょ、いきなり何するの!」

「見ちゃダメっスよ……グロ注意、ってやつです」


 ペトラに対し、チヨメが続ける。


「よく生きて登って来れましたね」

「まぁね。私、こう見えても強いから。ちゃんと全員倒してきた」

「でも無傷では済まなかった、と。顔、半分食べられちゃったんスか?」


 チヨメが言って、驚く私。


 顔を半分食べられた?

 どう考えても大怪我だ。


 今、こうして平然と話せるのがおかしいくらいに……。

 私が両眼を塞がれたまま、ペトラに声をかける。


「大……丈夫、なの?」

「心配しないで。でも目は開けないで。私、今酷い顔してるから」


 聞いて、少し安堵する私。

 ペトラが続ける。


「具体的に言うと、顔全体にモザイクがかかってる状態……でも、すぐに直せるから」


 言って、数秒後。

 チヨメの手が私の顔から手を退ける。


 すぐさま私がペトラに駆け寄る。


「ペトラ!」

「うふふ、心配してくれてありがと。リンネ」


 笑顔で迎えてくれるペトラ。

 抱き合う私たち。


 パッと見、どこにも傷は見えない。

 

 よかった……。

 ペトラは死んでない。

 

 私の友達は、確かに生きてそこにいた。

 ペトラが続ける。


「私の能力はね、治療に全振りしているの。だから、この程度の傷なんてことないから……心配しないで。貴方の呪いは、全部私が背負ってあげる。だからもう、リンネの呪いで誰も苦しみはしないから……」


 聞いて、私はペトラに感謝する。


「ありがとう……」


 私はペトラの言葉と行動から勇気をもらった。


 呪いがあっても私は私なんだ……。

 ペトラなら、私の全てを受け入れてくれる。


 今まで、うっすらとそんな気がしていたけど……。

 それが今、確信に変わった。


 チヨメが口を挟む。


「さて、熱いハグもいいっスけど……まだ入り口なんで、さっさと先に行きましょ」


 促され、チヨメの後をついて行く私とペトラ。

 道中、ペトラが言う。


「安心して、リンネ。罠やモンスターは、全部私が引き受けるから。どんなに私が傷ついても、自分で自分を直せるから」


 とても頼りになる声だ。


「カッコいい……」


 私が思わず言葉を漏らすと、


「いや、それはないっス」

 

 チヨメが否定する。

 それにペトラが突っかかると、


「あのねぇ」

 

 ドンッ!!


 入り口の方から大きな爆発音が聞こえた。


 崩れる天井。

 塞がる出入り口。


 倒壊した瓦礫によって……。

 私とペトラ、先行したチヨメとが完全に分断された。



 *



 リンネたちが洞窟に入ってすぐの出来事である。

 リンネが所属していたパーティーのメンバーたちが、洞窟の入り口に集まっていた。

 

「いったか、リンネたち……」


 洞窟の中をチラ見するリーダー。

 僧侶が言う。


「まったく、リーダーったら。あんなこと言っときながら、心配でついて来ちゃうんですから」

「ふっ……」


 キザに笑うリーダー。

 僧侶が続ける。


「そういうところがあるから。私、リーダーについて来たんですよ?」

「そうか。それなら、だ」


 言って、リーダーが僧侶の首を締め上げる。

 苦悶の表情で口を開く僧侶。


「なん、で……」

「なんで? まだ分からないのか、この低脳が! 俺に全て尽くすと言うなら、何故俺の勘に触ることばかりする? 何故あんなガキを庇う!」


 言って、リーダーが僧侶を投げ捨てる。


 地面と激突し、吐血する僧侶。

 それを見てリーダーが続ける。


「効くだろう? 俺の強化された腕力。進化した俺の力は、決してあのガキには劣らねぇ」


 その身をもって力を体験した僧侶が、あることに気づく。


「……まさか、それは魔術の力」

「正解だ! 俺は魔族と契約して、この力を手に入れた!」


 言うと、リーダーの姿が徐々に変化していく。

 そして醜く変形し、原型も無くなった顔でリーダーが言う。


「あのガキはよぉ! 魔術が使えるってだけで、俺より強かった! ギルドの他の連中も、あのガキのお陰で俺が手柄を上げていると勘違いしてやがる! それが最ッ高にイラつくんだよ!」


 そんな言葉をぶちまけながら、僧侶の腹を蹴り上げるリーダー。

 傷つき、呼吸もままならない僧侶の頭を踏みつけながらリーダーが続ける。


「だから俺があのガキを殺す! 殺して、俺があのガキより強いと証明してやる!」


 言って、リーダーが洞窟の入り口に手を向ける。

 次の瞬間、


 バンッ!


 リーダーの手から放たれた魔力弾が、洞窟の入り口に直撃する。

 崩れ、瓦礫が洞窟の入り口を塞いだ。


 リーダーが続ける。


「今ので死んでくれるなよ、リンネ」


 洞窟に向かって歩き出すリーダー。

 そして最後に、僧侶へ向かって言い放った。


「そこで待っていろ! お前の目の前であのガキの四肢を捥ぎ、ぶっ殺してやる! お前を殺すのはその後だ! 最後の最後は、歪み切った絶望の顔でくたばりやがれーェ!」


 

 *



 瓦礫の間に閉じ込められた、私とペトラ。


 私たちは無傷だが、チヨメは無事なのだろうか?

 瓦礫の下敷きになどなっていないだろうか?


 声を張り上げても、返答はない。

 

 ああ、まただ……。

 私は悔しさに顔を歪めながら、呟く。


「また……私の呪いで、人を……傷つけた」


 この状況も私の呪いによるものだ。

 私が……この仕事についてきたから。


 ペトラが言う。


「そんなことない! きっと、チヨメは生きてるから! 大丈夫だから! そんなに思い込まないで、リンネ……」


 相変わらず、ペトラは優しい言葉をかけてくれる。


 それでも、私の呪いが誰かに迷惑をかけることは変わらない。

 結局のところ、こんな言葉に何の意味もないのだ。


 この呪いを解くためには……。

 私はリーダーに言われた言葉を思い返す。

 

『テメェの存在ごと、この呪いを消し去ってやるよ!』


 私の呪いを消す方法、それは……。


「私がいなくなればいいんだ……」


 私が呟くと、ペトラが必死の形相で否定する。


「そんなこと考えないで! 自分を否定するのが一番ダメ! 生きてれば、きっと良いことがあるから……」


 それを見て、私も思いとどまる。

 

 少し、軽はずみな言葉だったかな……。

 何があっても、自分から死のうと思ってはいけない。


 だって私は生きなきゃいけないから……。

 私が涙を拭うと、ペトラが続ける。


「そう、良いことはある。でも、リンネが死んだらできないよね……だから」


 すると突然、ペトラが私の両腕を抑え込む。


 ……!?

 急になんで?


 そのままペトラが私の顔にドアップで近づけながら、続ける。


「最初。一目見た時から、こうしたかったんだ。でも、チヨメがついてきて……二人きりにはなれなかったけど、こうして今」


 私の顔へ執拗にタッチするペトラ。


 なんで急にこんなことを?

 しかもこんな状況で……。


 私がペトラを押しのけながら、言う。


「辞めてよ! こんな状況で何をやってるの!」

「ああ、リンネ。嫌がらないで? 私、貴方に酷いことをするつもりはないの。きっと、リンネも気にいるから。黙って、私を受け入れて?」


 言って、私の口にペトラが近づける。


 なんで……。

 こんなことになったの?


 今のペトラはおかしいよ!

 まるでさっきまでとは別人……。


 豹変したように、ペトラが私のことを襲う。


 なんで、なんで、なんで、なんで!


 ペトラは優しかったのに!

 あれは全部嘘だったの?

 

 ずっと私を騙してたの?

 その思いを、私がペトラに向かってぶちまける。


「私たちは、友達じゃないの? だからこんなひどいことをするの?」

「ええ、ええ! そうよ! 私たちはこれから、友達以上の関係になるの!」


 言って、ペトラがさらに強く私の体を押さえ込む。

 そして改めて私に顔を近づけながら、ペトラが言う。


「それはきっと素晴らしいことなの。だから、私を受け入れて? 私と貴方なら、きっと全てうまくいくから……」


 全てを諦めた私。

 黙って、今のペトラを受け入れようと思った。


 最低だ……。

 私はこんなことで心が折れてしまう。


 ペトラは初めてできた友達なのに……。

 それを、こんな最低な形で失ってしまうなんて……。


 何もかも諦めて、目を閉じる。

 すると急に体が軽くなって、聞いたことのある声が聞こえる。


「ついに本性を表したっスね、ペトラ=オーガスト」


 チヨメの声だ。

 目を開けると、そこにはチヨメが立っていた。


 チヨメがペトラの上に跨り、全身を押さえ込んでいる。

 私の泣き顔を見てチヨメが続けた。


「もう大丈夫っスよ。実は、アタシはこの女からリンネさんを守るために同行したんス。ギルドマスターの命令で」

「離しなさい! チヨメ! 私はあともう少しで!」


 暴れて、チヨメの拘束から逃れようとするペトラ。

 それを抑え込みながら、チヨメがペトラに質問を投げかける。


「なんでこんなことをしたんスか? 貴方のようなお嬢様が、うちみたいな小さいギルドに仕事を依頼するだけでも異常なのに……貴方がリンネさんを見つめる目は、何か企んでる人間の目でしたよ? 魔術を使える人間は珍しいですからね。貴方がリンネさんを相手に、どんな悪意を持って接していたのか……」


 より一層強くペトラを締め付け、チヨメが続ける。


「さあ! 答えてください! 貴方がリンネさんを狙ったのは何故か!」

「私は! 悪意なんて持っていない! リンネに悪いことをしようなんて、これっぽっちも思っちゃいない!」


 必死に訴えるペトラ。


 私はその言葉が嘘のようには感じなかった。

 だからこそ、ペトラが何故こんな凶行に及んだのか……。


 私にはその真意が知りたかった。

 そして、ついにその真意がペトラの言葉としてぶちまけられた。


「私は! リンネをペロペロ舐め舐めしたかったの!」


 ……。

 …………?


 ………………ん?

 つまりそれって、どういうこと?


 理解が追いつかず、キョトンとする私。

 そして、チヨメがゴミを見るような目をしながらペトラの拘束を解いた。

 

 自由の身になったペトラが、地面を殴りながら続ける。


「私はリンネみたいな女の子が大好きなの! 私だけのモノにしたくなっちゃうの! しかも、リンネはそんな私の好みド直球の美少女で……出会った瞬間から、運命感じちゃってたの!」


 そんなペトラの独白に、呆れた感じのチヨメが口を挟む。


「貴方、その変態さでアタシのこと痴女とか言ってたんスか? 頭イカれてんすか?」

「だって……貴方、絶対に私の邪魔するんだもん。私とリンネだけの空間に入り込む害虫なんだもん。そんなの、排除するしかないでしょ?」


 涙目で訴えるペトラ。

 そこに私が尋ねてみる。


「でも、ペトラは……私に、酷いことをしようとしたんじゃないんだよね?」


 聞いて、ペトラが私の元へ突っ込んでくる。

 チヨメに止められ、私に両手を伸ばしながらペトラが言う。


「そうなの! 私はリンネを愛してるの! だから、私はリンネのためになることしかしない!」

「なら、私はいいよ……」


 言って、ペトラのことを受け入れる私。

 

 ペトラはずっと、嘘は言ってないように感じた。

 だから私と友達になる約束をしてくれたのは、本心からなのだろう。

 

 私は友達を信じたい。

 だから私は、今のペトラも受け入れる。


 私が手を伸ばすと、ペトラが私の手を掴んで言った。


「ありがとう、リンネ……」

「こっちこそ、疑ってごめんね……」


 私が言うと、チヨメがペトラを開放する。


 すかさず、私とペトラは抱き合って泣いた。

 本心からの涙だ。


 それを見てチヨメが言う。


「まあ、本人たちがそれで良いなら……良いんじゃないっスか? まあ……ある意味、腹の底から割りあって話したわけですし。下手な友人関係よりも、絆が深まってるんじゃないですか?」


 聞いて、ペトラがそれを否定する。


「絆? そんな生っちょろい言葉じゃ、私とリンネの関係は言い表せないでしょう。私はリンネを受け入れて、リンネは私を受け入れた。これはまさしく、そう……『愛』以外の何者でもないでしょう」


 言い切るペトラ。

 唾を吐くチヨメ。


 私は、その言葉がとても嬉しかった。

 

 愛がどうとかは、よく分からないけれど……。

 それは要するに、友達としてより強い関係になるということなのだろう。


 なら最初から否定する必要がないじゃないか。

 ちょっと過激なスキンシップはアレだけど……。


 それでも、私のこれからの人生は……。

 ペトラさえいれば、きっと楽しくなるのだろう。


 前のパーティーにいた時とは違う。

 ペトラはあのリーダーとは違うのだ。


「なんだ、随分と楽しそうじゃねぇの」


 なんてことを考えていたら、声が聞こえる。


 リーダーの声だ。

 なんでこんな場所にリーダーが?


 そんな私の疑問を嘲笑うように、


 ザッ!


 目の前でペトラの右腕が弾け飛んだ。

 すぐに私が声を上げる。


「ペトラ!」

「リンネ、伏せて!」


 言って、私を守るように上におい被さるペトラ。

 そのペトラの体を、


 ザザザザッ!


 鞭のような何かが削る。

 ソレはどこから?


 見て、理解した……。

 リーダーの腕が触手のように変形し、私たちへ襲いかかってきていたのだ。


「辞めて!」


 声を荒げて、リーダーを静止する私。

 するとリーダーが手を止め、言った。


「なら、テメェが死ぬんだなリンネ!」


 なんで?

 リーダーの目的は私なの?


 リーダーが続ける。


「俺の目的は、テメェをぶっ殺すことだ! テメェさえ殺せれば、他の連中には手を出さないと約束しよう!」

「耳を貸しちゃダメっスよ!」


 言って、チヨメがリーダーにクナイを投げつける。

 それを全てはたき落とすリーダー。


 チヨメが続ける。


「ペトラさん、これって……」

「ええ。アイツが今回の標的、新種のモンスター!」


 ペトラが自分の傷を回復させながら言う。

 全快したペトラは、チヨメと並んでリーダーと相対す。


 リーダーが続けた。


「仕方ねぇな……そんなに死にたいなら、まずテメェらからぶっ殺してやるよ!」


 言って、触手を振り回すリーダー。


 ソレはとてつもないスピードで、二人に襲いかかる。

 対処できず、次々とダメージを負っていく二人。


 私は、ただ黙ってソレを見ることしたできなかった。

 ペトラが何かに気づく。


「貴方、まさかあの時の……人間がモンスターになったというの?」

「その通りだ! 俺は魔族として、その眷属になった! だから俺のスーパーなパワーはよーォ!」


 言って、リーダーの攻撃が更に加速する。


「全てを凌駕するんだぜッ!」


 ドガッ!


 天井を叩き割るリーダー。

 いや、あんなのはもうリーダーじゃない……。


 ただの化け物だ!

 崩れた天井が二人に向かって襲いかかる。


 するとチヨメがペトラを蹴飛ばし庇って、瓦礫の下敷きになった。


「ペトラさん! 後は頼みました!」

「ええ、任せて!」


 言って、化け物と距離を詰めるペトラ。

 

 触手の攻撃が直撃しながら、瞬時に回復していく。

 そのまま化け物の首元に手を伸ばした。


「獲った!」


 ペトラの勝利宣言。

 しかし、化け物は無情にも宣告する。


「魔術は使えてもよぉ。人間と魔族じゃ、うんざりするほどの差があるらしいな」


 言って、化け物の触手がペトラの胴体を貫通する。

 吐血し、気を失うペトラ。


「ペトラ! チヨメ!」


 私が二人に声をかける。

 けれど、二人とも反応は帰ってこない。


 化け物が続ける。


「さーて、邪魔者は消した! 後はテメェだけだぜ、リンネ!」


 言って、私に向かって触手を放つ化け物。


 許せない……。

 私の心には、そのことだけがあった。


 バシィ!


 触手が私に命中する。 

 いや、正確にはその直前で止まった。


 私の本体には直撃していない。


「な、馬鹿な!?」


 驚く化け物。

 私も内心焦っていた。


 何故攻撃が当たらないのか? 

 その答えは、私の中にあると感じる。

 

 魔術は心を映し出す鏡……。


 どこかでそんな言葉を聞いたのを思い出す。

 だから私の魔術が、私の願いに反応して私を守った……。


 化け物が続ける。


「攻撃が当たらない? そんなことがあってたまるか!」


 連続で攻撃を繰り出す化け物。


 だがその全てが私に命中しない。

 直前で止まってしまう。


 それを利用して、私はゆっくり化け物に近づいていった。

 化け物が声を荒げる。


「近づくんじゃねぇ!」


 より一層激化する攻撃。

 それでも私は傷つかない。

 

 これが私の魔術の能力……。

 私の能力は一族が継ぐもの。


 その一部しか私には発現しなかったと思ってた。

 けど、これは私のとはまた別の……。


 化け物の目の前に近づく。

 そして背中の太刀を引き抜き、振りかぶった。


 慌てて化け物が続ける。


「無理だ! お前の攻撃は俺には届かない! 魔族になったからわかる! お前の魔力量は、俺の十分の一にも満たない! そんな魔力で攻撃されたところで、俺の防御は崩せないはずなんだ!」


 だが、化け物には迷いがあった。

 そこから生じた隙に、ただ一本の斬撃を繰り出す。


 ザンッ!


 私の斬撃は、化け物を縦に切り裂いた。


「なん……で」


 現実を受け入れられない様子の化け物。

 そこに私が言った。


「私の魔術は、空間を操る。空間を歪め、攻撃を弾いた。空間を裂き、お前の体を両断した。悔いて死ね。私の友達を、傷つけたことを……」


 聞いて、化け物の体が崩れ落ちる。

 完全に消滅した。


 人間の死に方じゃない……。

 アレは人間じゃなくなったのだから、そうなのだろう。


 消滅を確認して、私はすぐに二人の元へ近づいた。

 チヨメを瓦礫から救出し、ペトラを床に寝かせる。


 ふと、ここで緊張の糸が切れる。

 化け物を殺すまで、張り詰めていた緊張の糸だ。


 ポロポロと涙が落ちるのを感じる。 

 

 ずっと怖かった、一人で寂しかった……。

 どうすればいいかなんて分からなかったけど、私はやったのだ。


 二人を助けられた。

 今はそのことが嬉しい。


 嬉しくて、つい涙が出てしまう。

 

 その涙がペトラの頬に落ちた時、ペトラが……、


「泣かないで、リンネ」


 ゆっくりと目を開けた。

 すぐさま私が彼女の名前を叫ぶ。


「ペトラ!」

「ごめんね。私、役に立たなくって……」

「そんなこと、ないよ」


 こんなに泣いたのは生まれて初めてだ。


 泣かないで、って言われてるのにごめんね。 

 それでも私は涙を止められない。


 ペトラが続ける。


「私が回復したら、すぐにチヨメも回復するから。みんな助かるから。待ってて、ね」

「うん! 待ってる、から……ずっと、ここで!」

「……それよか、できたら救援を呼んできて欲しいっス」


 チヨメも目を覚ます。


 二人とも無事だ……。

 よかった、本当に……。


 私には、ただただその場で泣き崩れることしかできなかった。

 チヨメが続ける。


「リンネさん……まあ、いいか」


 そしてそのまま、ペトラが全員の治療を終えるまで……。

 後、出口付近で見つけた僧侶の治療を終えてギルドに帰るまで……。


 私はずっと、みんなの側で泣いていた。



 *



 あの事件から数日後。

 私はある決断をした。


 もう何年も働いたこのギルドを、飛び出していく決断を。

 そして新しく私の側に居てくれる人が、優しく言う。


「本当によかったの、リンネ?」


 私がここにいることが、その答えだと思っている。

 私は友達と一緒に歩んで行く道を選んだ。


「当然だよ、ペトラ」


 私が言うと、ペトラが微笑みながら答える。


「そう……それじゃ、行きましょうか」


 ペトラの旅について行く。


 どんな旅になるか分からないけど……。

 きっと楽しい旅になるだろう。


 ペトラが続ける。


「それで、なんでまた貴方がいるの?」

「なんでって、友達と一緒にいることのどこが可笑しいんスか? ねぇ、リンネさん」


 どうやら、チヨメも私たちについて来てくれるそうだ。

 

 正直言って、かなり嬉しい。

 二人とも、私にとって大切な友達なのだから。


 チヨメが続ける。


「それに……二人きりにすると、ペトラさんが何するか分かったもんじゃないですからね?」

「……安心してリンネ、ひどいことはしないから」


 ペトラが私に向かって言う。


「ヤバいことはするけど」

「おいコラ」


 言って、喧嘩を始めるペトラとチヨメ。


 それでも、私は二人の仲が悪いようには見えない。

 喧嘩するほど仲がいい、って言うしね。


 なんだかんだ二人は笑顔に戻って、私と一緒に歩いていった。


 どんな旅になるのか、まるで想像もつきはしない。

 けれど私たちは、きっと楽しく生きていけるだろう。


 そんな確信が、私の中にはあった。

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