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加速する世界ふたたび  作者: ひなたひより
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第51話 快適な露天風呂

 夕食後に二人で少し館内をぶらぶらした。

 一日に決まった人数しか宿泊しないこの落ち着いた旅館は、あまり他の宿泊客ともすれ違う事なく、気ままに散策できた。

 下駄を履いて宿自慢の庭園に出ると、暗くなった空に星が瞬いていた。

 空気が澄んでいるせいだろう、普段なら見えないであろう小さな星々までしっかり見る事ができた。

 虫の声に囲まれて、空を仰ぎ見た晴香の口から自然と言葉が出た。


「綺麗だね」

「ああ。また明日もいい天気だろうな」


 何気なくそう返した大志に晴香は視線を向ける。


「ねえ先輩」

「ん?」

「まだ一年も経ってないけど色々あったね」

「ああ。そうだな」


 こうして二人で夜空を見上げている事に小さなときめきを覚えながら、晴香は不思議な気持ちになっていた。

 そして、この一見頼りなくも頼り甲斐のある少年と、慌ただしく駆け抜けた時間を振り返った。


「先輩のあのホームランから始まったんだったね」

「ああ。それからあの酷いインタビューされたんだ」


 それは晴香にとってちょっと恥ずかしい汚点だった。


「なによ。先輩のコメントも酷かったじゃない」

「まあ、あれが有ったからこうしているんだよな」


 体ばかり大きい、なんだかパッとしない奴。

 晴香は最初大志に会った時、そう思っただけだった。

 それがいつの間にか、傍にいるだけでこんなに胸をどきどきさせている。いったい自分に何が起こったのだろう。そう思わずにはいられなかった。


「なんか、あっという間だった。屋上からあいつに突き落とされたのは最悪だったけど、あれから先輩と加速について調べ回って、色んな事があって楽しかった」

「俺もだよ。色々あったけど思い返したら結構楽しかった」

「人助けしたり、危険な奴と対決したり、この間も仁美先輩の一件ですごい経験したよね」


 大志は感慨深げに何度か頷いた。


「確かに。でもそのどれも戸成がいなかったら乗り切れなかった。お前のおかげだって、俺ははっきり言えるよ」


 あまり普段言われない褒め言葉に、晴香は頬を染めてしまう。


「そう言われたら、照れちゃうじゃない……」

「これからも頼むな。俺の相棒はお前しかいないよ」

「うん……」


 その返答に晴香の胸が痛んだ。

 夏休みが終わればもう大志の傍にはいられなくなる。

 今回の旅の間にその事を打ち明けようと思っていた。

 だがどうしてもまだ言い出す事が出来ずにいたのだった。


「さあ、そろそろ戻るか。それで明日の打ち合わせしとこう」

「うん」


 そして二人は星空の庭園をあとにしたのだった。



 部屋に戻った二人は座卓を挟んで明日の打ち合わせをしていた。

 大志は晴香が父親に会えるように計画を立てていた。

 連絡をしてから会いに行くのが確実だが、晴香にはそれは出来なかった。

 それで大志は取り敢えずは、父親に必ず会えるように段取りをして、そこで背中を押してやろうと考えたのだった。

 自宅の住所は分かっていたが、父親がそこにいる時に押しかけたら一緒に生活している家族と鉢合わせになって、ややこしくなるだろうと想像できた。

 そこで仕事先に出向けば良いと考えた。

 晴香の父親は大手食料品店の店長を任されていた。

 大志は晴香から聞いたその働いている店舗を調べて、二人がこちらに来たときに店にいるかどうかを確認しておいた。

 あとはドンとぶつかるだけだった。


「ねえ先輩。どうしてパパが店に明日いるって知ってるの」

「ああ、まあちょっと電話で調べたんだよ」


 実は大志はまるで晴香のするような方法で、なりふり構わず行動していた。

 この日なら絶対いるという確信が欲しくて大志はある行動に出た。

 大志は先週、晴香の父が務めている食料品店にある電話をしていた。

 それは恐らくああいう店に、時々あるであろうクレームの電話だった。

 大志は店で買った弁当を食べて腹を壊したと言い、店長を出せと質の悪いクレーマーを演じたのだった。

 そして、電話に対応した店員が店長を呼び出そうとした時に、また腹が痛くなってきたと嘘をつき……。


「今度の日曜日にまた掛ける。店長はその日いるんだろうな?」

「はい。その日は出勤しております。大変申し訳ございません」

「必ず掛けるから、必ず店長にいるよう言っとけ!」


 酷い事してると思いつつも、晴香のために仕方ないと割り切ったのだった。


「まあ、仕事先のスーパーにいるって分かってるから、心配ないよ。きっと話を出来るさ」

「うん、でも急に行ったら迷惑じゃないかな……」

「馬鹿。娘がはるばる訪ねてきて迷惑な事なんてあるか。大丈夫だって」

「うん……」


 父親の話になると弱気になる晴香を、大志は元気づけてやるのだった。


「あのさ、先輩」


 計画を話し終わった後、晴香がちょっと躊躇いながら口を開いた。


「ああ、どした?」

「うん、あのね、さっきうろうろして、またちょっと汗かいちゃって」

「あ、俺もだ。ちょっとベトベトしてるんだ」

「それで、そこのお風呂に入ってみようかと思ってるんだけど」

「ええっ!」


 思わず叫んだ大志を晴香が冷たい目で見る。


「一緒に入る訳じゃないんだから。その障子を閉めて待っててって言ってるの」

「ああ。勿論、大人しく待ってる。覗いたりなんかしない」

「当たり前よ。本当に覗かないでよ」

「信用しろよ。こう見えて俺は誰よりも健全な高校生なんだからな」

「前もそんなこと言ってやっちゃったんだよね」

「いや、まあ、それは途中までだよ……」


 自制心を試されるかのような状況で、大志は壁を向いて正座しつつ、晴香がお湯から上がるのを待ったのだった。


「お待たせー」

「おお、どうだった?」


 さっぱりした顔の晴香は素直に感想を言った。


「もう最高。先輩もどうぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えて行ってこようかな」

「行ってらっしゃい」

「覗くなよ」

「馬鹿」


 そして正座でしびれた脚を引きずりながら、大志は露天風呂へと向かった。

 晴香の言ったとおり、客室からすぐに入れる露天風呂は爽快だった。

 さっきまで晴香が入っていたという事実が、また大志の頭に余計な想像を浮かび上がらせる。

 バシャバシャと顔を洗ってみたが、一度浮かんだ想像はなかなか追い払えなかった。


「ふー、ただいまー」


 なんだかさっぱりした感じで大志は部屋に戻って来た。


「どうだった?」

「戸成の言ったとおりだった。癖になる気持ち良さだった」


 コップのお茶をグッといった大志は、ちらりと晴香の浴衣姿を見る。

 湯上りのその姿は、やっぱりちょっと可愛かった。


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