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加速する世界ふたたび  作者: ひなたひより
46/58

第46話 二回目の誕生日

 ピンポーン


 来客を知らせる呼び鈴が鳴った。

 冷房の効いたリビングで、ダラダラとテレビを見ていた晴香に母が声を掛けた。


「ごめん、晴香、出てくれない? ちょっと手が離せないの」

「分かった」


 晴香のマンションは、一階のインターフォンを押せばリビングのモニターに繋がるようになっていた。

 またセールスかしらと、晴香はモニターに映る人影を確認する。


「えっ!」


 晴香は慌てて、通話ボタンを押した。


「どうして? 何で先輩がここに?」

「ああ、ちょっと用事があってさ。急に来てごめんな」

「いいよ。今開けるから上がってきて」


 ロビーの扉のロックを解除してから、晴香はすぐに部屋へ走った。

 机の上にある写真立てを隠すためだった。

 バタバタと慌ただしい娘に母が声を掛ける。


「あら、誰か来たの?」

「うん、先輩。なんか用事だって」


 晴香はバタバタと洗面所に駆け込んだ。

 朝からブラシすらかけていない髪を急いでとかす。

 さっき食べていたお菓子のカスが口の周りに付いている。

 水道の水でバシャバシャと顔を洗ってさっぱりすると、今着ている部屋着を脱いで、ちょっと可愛いやつに着替えた。


「女子には準備ってもんがあるんだから」


 不満そうに呟いた晴香だが、その口元には笑みが浮かんでいた。


「ピンポーン」

「はーい。ただいま」


 バタバタとドアを開けて出迎えると、額に汗を滲ませた大志が立っていた。


「やあ、戸成」

「やあじゃないわよ。来るんなら電話一本寄こしてから来てよね。留守だったらどうすんのよ」

「悪い悪い。これお土産。後で一緒に食おう」

「あ、甘いやつ? なんだろう」


 晴香は手渡された包みを振ってみる。


「あ、それ振ったらダメなやつなんだ。そおっとな」

「え? そうなの? 分かった。気をつけるね。取り敢えず、まあ上がってよ」


 お邪魔しますと上がり込んできた大志は、まあまあ大きな鞄を肩に掛けていた。


「あら丸井君、久しぶりねー」

「あ、ご無沙汰してます」

「じゃあごゆっくり」

「お邪魔します」


 なんだかあっさり応対した母に、晴香はちょっと不思議そうな顔をしつつも、大志を自分の部屋へと通した。

 母が用意してくれたコップの麦茶を大志はグッといった後、見晴らしの良い窓からの景色に目を向けた。


「おお、やっぱりいい景色だな」

「久しぶりだからそう思うんだよ」


 大志は外を眺めて、夏休みに入ってから行ってない学校を探した。


「学校はあそこだよ」

「あ、ほんとだ」


 夕方だが夏の太陽はまだ高く、白い校舎が綺麗に見えていた。


「ねえ、用事ってなんなの?」

「ああ、戸成に頼みたいことがあってさ」

「私に? 急な要件?」

「そう言う訳でもないんだけど、俺の大学の事で」


 大志は勿体を付けるような感じで切りだした。


「実は篠田教授のいる東北大学をちょっと考えてるんだ」

「え? 遠いよ」

「まあ遠いけど、ちょっと興味があってさ」

「それで?」

「戸成は教授と仲良しだろ」

「まあそうね。連れって程でもないけど、しょっちゅう話してるわ」

「そこで折り入って頼みたいんだ。学校の雰囲気とか、どんな事をやってるとか、まあ、何でもいいから色々知りたいんだ。実際にそこにいる人の意見って貴重だろ」


 そういう事かと晴香は納得したみたいだ。


「そう言われればそうね。じゃあ、今繋いでみる?」

「教授忙しくないかな?」

「大概暇みたい。まず電話して訊いてみるね」


 早速晴香は手慣れた感じで電話を掛けた。

 すぐに電話は繋がったみたいで短い会話の後、晴香は電話を切った。


「いいって。むしろ喜んでた」


 そして晴香はノートパソコンで教授にオンラインでつないだ。


「おお、戸成さんと丸井君じゃないか。連絡してくれて嬉しいよ」


 どうやら背景を見る限り、自分の部屋みたいだ。顔がいきなり赤いのを見る限り、この時間から飲んでいたみたいだ。


「すみません。お忙しいところ。今日も教授に色々頼りたくって連絡させてもらいました」


 晴香は教授を手玉にとる天才だ。恐らく普段誰からも頼られていない教授は頼られることに飢えている。晴香の嗅覚はその辺りを嗅ぎ分けていたのだった。


「もう何でも頼っちゃってくれていいんだよ。さあドンと来たまえ」


 調子よく胸をドンと叩いて教授はスタンバイした。


「今日は私じゃなくって丸井先輩から質問があるみたいなんです。先輩どうぞ」


 パソコンの前を譲ってもらって、大志は教授に用意していた質問を投げかけた。


「実は教授の大学を受験する学校の選択肢の中に入れておりまして、宜しければ現場で教鞭をとっておられる教授に、大学の雰囲気とかのお話を聞きたいのですが」

「君がうちの大学を? 私の講義に出るためにそこまで……」


 とうとう教授は泣き出した。

 誰も講義を受けたくてとか言ってないが、晴香だけでなく大志も教授を手玉に取ってしまった。


「君がこの大学を選んでくれて嬉しいよ。絶対に後悔させないからねっ」


 まだ決めたとも言ってないうちから、そんな話になっていた。


「いえ、志望校の一つとして……」

「そうかー。丸井君が私の生徒になるのか。あ、戸成さんも彼を追いかけて来年来たらいい。いやー、楽しくなりそうだなー」


 酒が入っているせいだろうか。まるで人の話を聞いていなかった。


「あの、それで学校の雰囲気って……」

「ああ、雰囲気はいいと思うよ。周りは緑豊かで環境もいい。私の受け持っている部活もみんな楽しそうにやってるよ」

「授業とか難しそうですよね」

「みんな最初はとっつきにくいもんさ。ああ、テストとかあるけど気にせんでいいからね。その辺はちょちょいーっと」


 なんだか今の口調は不正の匂いがした。


「まあ、どことも変わらん普通の大学だよ。要はここで丸井君が何を志して、何をするかという事さ。君がやりたい事を私は全力で応援させてもらうよ」


 お調子者の教授だったが、たまに心に響く名言を残してくる。

 大志はかなりその一言で教授に吸い寄せられたのだった。

 それから三十分ほど加速の話を織り交ぜながら教授と話した。

 最後にノートパソコンを閉じた晴香に大志は礼を言った。


「助かったよ。有意義な話を聞けた」

「良かったね。でも教授、もうその気になってたね」

「そうなんだ。でも、あの大学偏差値高いんだ。俺の成績で行けるかどうか」

「加速して勉強しなよ。あんまし言いたくないけど、影山みたいに天才っぽくなっちゃうかもよ」

「どうする? 俺があんな感じのヤな奴になったら」

「そうなったら平手打ちをお見舞いするわ。でも先輩はあんな感じにならないわ。あれはもともとの性格だよ」


 二人で他愛ない話をしているとノックの音がした。


「ねえ晴香。丸井君の持ってきてくれたお菓子リビングに用意したわよ」

「うん。分かった」


 晴香は美味しいものを食べれると、ちょっと嬉しそうだ。


「ママの分も買ってきてくれたの?」

「そうだよ。当たり前だろ」


 晴香がリビングの戸を開けると、予想していなかった感じになっていた。


「どうゆうこと……」


 晴香の誕生日だった昨日の夜。母親と二人で誕生日会をした。

 その時飾り付けていたものがそのまま再現されていて、テーブルに丸いケーキが置かれていた。


「丸井君がね。昨日の晴香の誕生日知らなかったからって。それで今日、もう一回やってくれって頼まれたの」

「昨日会ったのに何にも言わなかっただろ。本当に水臭い奴だな」

「先輩……」

「俺を呼ばないなんてひどい奴だな。もう一回やってもらうからな」

「うん……」


 少し何かをこらえるかのように晴香は席に座った。


「あんまり代わり映えしないけれど、ちょっと美味しいものも作ったの。ケーキを食べたら、丸井君と夕食を食べましょうね」

「うん。ママ、ありがとう」


 そして二回目の17歳の誕生日のお祝いを晴香はしてもらったのだった。


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