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加速する世界ふたたび  作者: ひなたひより
43/58

第43話 一つの別れ

 大志たちが教団の施設に潜入し、さらに帳簿を手に入れた事で教団の実態は白日の下に晒された。

 マスコミに取り沙汰され教団は手続きを経て、解体される事になった。

 そして仁美の母が代表を務めていたボランティア組織も、悪いイメージを持たれてしまい、解散に追い込まれてしまった。

 連日のようにテレビで報道されていた事件も、また別の大きな事件で世間が騒ぎ出すと脚光を浴びなくなった。

 そのうちに、誰もそんな話題に触れなくなり、普通の日常が大志たちにも戻って来たのだった。



「せーんぱい」


 朝の通学路。トンと背中をたたいて、今日も晴香は大志と並んで歩く。

 初夏のこの時期、横に並ぶ晴香の白い夏服が眩しい。

 大志は少し目を細めて相変わらずの相棒に笑いかける。


「なんだか、あっという間に夏休みだな」

「その前に期末テストでしょ。あーあ、そろそろ勉強しないと。やになっちゃう」

「おまえはいいよ。俺なんか受験勉強とテスト勉強だよ。あ、そろそろ加総研、休むからな」

「えー、テストよりもそっちでしょ」

「何言ってんだ。そっちよりもテストに決まってるだろ。非常識なやつだ」


 とまあ、いつもの調子で盛り上がりつつ通学路を歩く。

 そして晴香の口から何気ない感じであの少女の話題が出て来た。


「仁美先輩、残念だったね」

「ああ、仕方ないさ……」


 あの一件の後、当然の事だが、マスコミに取り沙汰された教団の関係者の一人である黒川雅代は、世間からずい分叩かれる事となった。

 そしてその娘の仁美にも少なからず火の粉は降りかかったのだった。

 一学期末で彼女は学校を転校すると、先日担任の斎藤から知らされたのだった。

 あの教団の一件を解決した事で、あの少女に笑顔が戻るのだと信じていた大志にはやるせなさだけが残った。

 大勢の者が傷つき、その傷が癒える事の無いまま事件は忘れ去られようとしている。その現実が大志には痛かった。


「思い通りにはいかないもんだな」

「そうだね。それでもさ……」


 晴香は大志を見上げて明るい笑顔を見せた。


「やるべき事をやらない理由にはならないよね」


 大志は思わず苦笑した。


「いいこと言いすぎ。偉人の金言か?」

「なによ。私だってこのぐらい、どうって事ないんだから」


 少し曇りかけた大志の中の空にまた青空が広がった。

 晴香がそこにいる事に大志は心地良さを感じていた。



 きっと色々と忙しいのだろう。

 今日も大志の隣の席に仁美の姿はなかった。

 弟の歩実はゴム製の弾丸を受けて、あばら骨を骨折していたものの、その他は打ち身だけですぐに病院を退院した。

 先週学校に顔を出した仁美は、その事を大志に報告して明るい笑顔を見せてくれた。


 折角、仲良くなれたのに、転校するなんて……。


 それからテスト期間が始まって、登校を再開した仁美は五日間のテストを全て終わらせた。

 最終日の午後、仁美の送別会を兼ねて、たこ焼きパーティーを大志の家でする予定になっていた。

 以前、教団の事が上手く片付いたら、たこ焼きを焼いてやると晴香と約束していたのもあって、こうなったのだった。



 予定していた時刻。手狭な大志の家に女子三人が次々に現れた。


「みんな、ありがとう」


 仁美はぺこりと頭を下げて明るい笑顔を見せた。

 出会った頃の様な、無表情な硬さはもう無くなっていた。

 もしかすると、そう言った些細な変化を彼女にもたらした事が、あの教団での大きな事件よりも価値のある事だったのではなかろうか。

 遅れてやってきた歩実も合流し、総勢五人でのたこ焼きパーティーは手狭な大志の部屋でなく、一階のリビングで行われた。

 熱々のたこ焼きを皆で頬張って、ジュースを飲んでワイワイ騒いだ。

 こうしてまたみんなで集まれる事はあるのだろうか。大志は時折そんな事を思い浮かべながらたこ焼きを器用に焼いた。


「あー食ったー」


 食べ過ぎたみたいでお腹をポンポンと叩いて歩実は満足げだった。


「なあに? もっと行儀よくできないの」


 仁美に窘められてすぐに姿勢を正した姿を見て、晴香がニタニタする。


「ねえ、お姉さんに頭が上がらないみたいだけど、ひょっとしてシスコンじゃない?」

「え? 何言ってんだよ。そんな訳ないだろ」


 そう言いつつも紅くなっていた。


「は、はーん、図星だったみたいね。ちょっと前からそうじゃないかって私は勘付いてたんだから」

「ハハハ、戸成に目を付けられたら大変なんだ。気をつけた方がいい」

「なによ、私を悪者扱いして。先輩の恥ずかしい話をここでまた再燃させてもいいのかしら?」

「それはやめようよ……」


 大志はすぐに大人しくなった。

 どうもこの男子二人は女子三人の前では、からきしみたいだった。


「でも戸成さんてホントすごいね。あのトイレットペーパー作戦は最初どういう事って理解できなかったけど上手くいったし」


 仁美はあらためて晴香の天才的な行動力を褒め称えた。

 晴香は少し頬を紅く染めて謙遜しだした。


「まあ、皆さんの協力あってこそです。ああいうのは勢いとタイミングが大事なんですよ」

「そうね。なんかタイミングもバッチリ合ってた。晴香ちゃんの蹴りだって絶妙だったし」


 幸枝は言ってしまってから口を押さえた。

 それは内緒にしとこうと口裏を合わせておいた禁句だった。


「蹴りって? なんか蹴とばしたの?」

「えっと、そう。こう、トイレットぺーパーをスカーンとね。遠くまで蹴り飛ばしたってわけよ」


 大志は何か隠してるなと感じつつ、その事に触れてはいけないのだろうなと思い、それ以上深入りしなかった。

 しかしどうしてか、女子三人そろって安堵していた。



 その後大志の部屋に移動して、たくさん話して、たくさん笑った。

 いつの間にか日が傾いて夕日が大志の部屋に射しこんできていた。


「みんなに報告があるの」


 仁美は歩実と目を合わせた後、大切な話をし始めた。


「お母さんの事があって、今住んでいるところに居づらくなって引っ越しすることになったの」

「うん。先生から転校の事聞かされてたよ」

「学校を転校してしまうのはすごく残念なんだけど、実はね……落ち込んで辛そうなお母さんに、お父さんが言ってくれたんだ」


 仁美は少し目を細めて笑顔を見せた。


「また一緒に暮らさないかって」


 仁美の眼からポロリと涙がこぼれた。


「だから私、嬉しいの。みんなのおかげだよ」


 次の瞬間、幸枝と晴香は仁美をきつく抱きしめていた。


「良かったね。良かったね」

「やったね。本当に良かった」

「ありがとう。ゆきちゃん、戸成さん。そして丸井君」


 そして大志はやっと求めていた自分なりの答に辿り着くことができた。

 たくさんの辛い経験をした少女が今、新しい輝きを手にしようとしている。

 大志はこの時、知ったのだった。

 たとえ苦しみや痛みを伴うのだとしても、求めて抗った先にしか無いものがあるのだと。

 そしてそれこそが最も尊いものなのだという事を。


「みんな、本当にありがとう。みんなの事、私絶対に忘れないよ」


 殺風景な自分の部屋が特別な舞台になった。

 大志は眩しい夕日に照らし出された少女を、その目に焼き付けたのだった。



 翌日の朝。


「ねえ大ちゃん」


 いきなりまた部屋に幸枝が入ってきたので、大志は飛び上がった。


「ノックするって言ってたじゃないか」

「あ、ごめん。でも緊急の用なの」


 幸枝は大志に携帯の画面を見せる。


「仁美ちゃんから。今日の電車で発つんだって。気を遣わせたくなくて言えなかったって。みんなにごめんって言っておいてって書いてある」

「ゆきちゃん、俺なら間に合うかな?」

「待って、聞いてみるね」


 LINEを入れるとすぐに帰って来た。


「S駅から発つって。あと三十分だって」

「分かった。今着替える。ちょっと向こう向いててくれ」


 そして着替え終わった大志は幸枝に言った。


「ゆきちゃん、頼む」

「うん、くれぐれも宜しくね」

「ああ。分かってる」

「加速して!」


 そして大志は幸枝の前から姿を消した。



 駅のホームで備え付けの椅子に座る仁美は、それほど大きくないバッグを膝の上に置いて列車が来るのを待っていた。

 母は済ませておかなければいけない事をしてから、後で来る予定だ。

 特急に乗ってしまえば二時間もかからずに到着する。

 仁美はまた大志たちと昨日の様に会うこともできそうだと考えていた。

 思い返せば不思議な人たちだった。

 特別な能力を持った自分や弟などが、足元にもおよばない程、魅力的な人たちだった。

 私もみんなと肩を並べられるように頑張ろう。そう思った。

 そして気持ちを打ち明けれぬまま離れてしまう、あの人のことをどうしても考えてしまう。

 あんなに一生懸命に私も生きてみたい。

 何時しかそう憧れるようになった。


 その時、一陣の風が吹いた。


「丸井君」


 今まで何もなかった空間に、汗だくの少年が笑顔を浮かべて立っていた。


「やあ、おはよう」


 なんだか間の抜けた、学校でするみたいな挨拶に、仁美はクスクスと笑ってしまった。


 向かい合って照れ笑いを浮かべる大志に、仁美は微笑みかける。


「嬉しいけど大変だったでしょ?」

「ああ、自転車で来たんだ。大したことないよ」


 立ち上がると、仁美はハンカチを出して大志の額の汗を拭いてやった。


「あ、ありがとう」


 そう言えばあの合宿の時も、こうして大志の汗を拭いてやったのを思い出す。

 仁美は大志の汗を拭いてやりながら、込み上げてくるものを言葉にしてしまっていた。


「ねえ丸井君」

「うん」

「私があなたに近づこうとして、誘いをかけた時に言った言葉憶えてる?」

「うん。憶えてるよ。あんな事言われたの生まれて初めてだったから」


 大志は思い出したのか少し紅くなった。


「変な事聞いていい? もしあの時、私の告白を受け止めてくれて、返事するとしたらなんて言ってくれたの?」


 どうしても知りたかった事。仁美は胸を高鳴らせながら大志の言葉を待った。

 大志はかなり焦っている感じだった。


「そうだね……」


 大志は少し考えるように目を閉じた。


「君みたいな可愛い子にそんな風に言われたら、誰だって大喜びで受け止めると思う……でも、俺はそんなところも不器用なのかも」


 仁美はその後に続く言葉を知っていた。


「好きっていうか、どうしても気になっている人がいるんだ。決してどうにかなる事なんて無いんだけどね……」


 自信なさげな気弱な笑顔が仁美の胸をまた切なくする。

 仁美は何度か小さく頷いて笑顔を見せた。


「うん。私、丸井君の事応援してる。だって初めてできた大切な男の子の友達だもの……」


 そこで一瞬言葉が詰まった。

 仁美は胸に手を当てて小さく息を吐いた。


「上手くいったらいいね……」


 そのひと言は仁美にとって忘れられない痛みとなった。


「ありがとう。君も俺の大切な友達だよ。ずっと、ずっとこれからも」

「うん。ずっと、ずっとだよね」


 そして特急列車がホームに入って来た。

 扉が開いて仁美は列車に乗り込む。


「丸井君。今日は来てくれてありがとう」

「また会おうね。きっとだよ」

「うん。きっとまた」


 そして扉が閉まった。

 流れていく窓の外。

 手を振る大志の姿があっという間に遠くなる。

 仁美はきっと大志よりも長く手を振り続けた。

 さようならの代わりにまた会おうと言ってくれた暖かさが、今の仁美にはとても痛かった。


 仁美は車両の片隅で窓の方に顔を向ける。

 そして薄っすらとガラスに映る自分の顔を見つめる。


「もう嘘はつかないって約束したのに……」


 そんな一言が口をついて出た。


「ごめんね。丸井君……」


 仁美の頬を涙が伝う。

 車窓の景色が流れていく中、仁美はあのホームに現れた初恋に別れを告げたのだった。


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