第42話 崩壊した予想図
銃を持っていた男たち全員を、地下にあった部屋に閉じ込めた後、大志たちは問題の帳簿を探したのだが結局見つからずじまいだった。
「クソ、やられたな」
「いいえ。まだよ」
晴香は目を爛々と輝かせながらスッパリ言い切った。
「捕まえた奴等は警察に任せて、私たちはあいつのとこに乗り込みましょう」
「あいつのって、影山の所にか?」
「ええ。あいつならきっと帳簿がどこにあるか知ってるわ。それに今回の借りも返しときたいし」
「おまえ、怖い奴だな。敵に回したくない奴の筆頭だよ」
「へへへ。そりゃどうも」
嫌味のつもりだったが、晴香はちょっと自慢げに照れ笑いを浮かべた。
「さー行くわよ。絶対踏み潰してやるんだから!」
怒らせたら怖い奴だって知っていたが、地獄の果てまで追いかけてきて、尻を蹴り上げられそうなその勢いに、大志は身震いしたのだった。
歩実を病院へと運んだあと、そのまま仁美の母のミニバンに乗せてもらい、影山の家へと向かった。
そして今回、影山を出し抜いた晴香の計画を大志は教えてもらっていた。
「しかし、よくあいつを出し抜けたもんだ」
「へへへ。まあね。ちょろいもんよ」
「で、どうやったんだ?」
そして晴香はぐるぐるトイレットペパー作戦から、結果的に大志が捕らわれていなかった部屋に行きつくまでの経緯を話し聴かせた。
「馬鹿馬鹿しい計画だな。しかし女子三人で男三人をやっつけたってすごいな」
大志は深く感心していた。実は急所を全員で何回も蹴り上げた事は伏せておいた。
幸枝と仁美もその辺りには触れたくないのか、一言も話さない。
「まあ、そこはいいじゃない。後はあの衝撃波と仁美先輩の暗示で乗り切った訳」
「成る程な。で、どうして俺の監禁されてた部屋に黒川さんのお母さんが現れた訳?」
大志が一番知りたかったのはそこだった。
「あれはね。施設に進入する前に仁美先輩がお母さんに電話を掛けたの。影山は私たちがどう行動するかを計算してたわけだから、私達以外の誰かが乱入したら計算が狂うんじゃないかって思ったんだ」
「成る程。そこはすごい発想だな」
「仁美先輩のお母さんの行動は側近の二人にずっと見張られていたんだけど、仁美先輩はお母さんに手出し出来ない様、ずっと前に二人に暗示を掛けていたの」
「そういう事か」
「でね、お母さんには連絡を取り合えるようにしておいてもらって、大人しく待機しといてもらってたの。私たちが失敗したら、油断した相手は先輩の居場所をポロリと言っちゃうかもって思ったの」
「それでホントにその通りになったんだな」
「そう言う事。それからは仁美先輩の携帯を通話にした状態にして、あいつらの話をお母さんに筒抜けにしといたって訳」
「そうしてゆきちゃんに俺の引き金を引いてもらったんだな」
「机の上の勉強しかしてない奴が、現場で修羅場をくぐってきた私に盾突こうなんて100年早いのよ。いい気味だわ」
相当すっきりとした顔の晴香だった。幸枝も仁美も同じくすっきりした感じだった。
そして幸枝が素朴な質問をした。
「ねえ、晴香ちゃん、これからあいつの所に行ってどうするの?」
「勿論、息の根を止めます」
「え? 殺しちゃうって事?」
助手席の仁美が振り返って恐々訊いた。
「まあ、流石にそれはしませんけどね」
何かまだ毒を隠し持っている。そんな口ぶりだった。
大志は何を考えているのか分からない晴香に、真面目な顔で尋ねた。
「おまえ、鉄拳制裁的なやつ考えてないか?」
「え? そんな事無いよ。そんな風に見える?」
「まあちょっとな」
「鉄拳制裁じゃあないけど、先輩の加速であいつを裸にひん剥いてから吊るし上げて、恥ずかしい動画を撮ってやるんだ。一生消えないトラウマを植え付けてやるんだから」
「酷い奴だな。その悪魔的な発想はどこから出てくるんだ」
仕返しをしてやりたい気持ちが分からないでも無いが、流石にえげつなくてぞっとした。
大志は少し口元に手を当てて何やら考え込んだ。
そして隣に座る幸枝の耳元で囁いた。
幸枝は頷いてまた大志に何か言った。
「なによ先輩、ひそひそ話なんてしないでよ」
「ああ、すまん。なあ、戸成、こういう案が浮かんだんだけど」
「え? 先輩が? 珍しいわね」
そして大志は晴香に耳打ちした。
「へー、先輩にしてはなかなかじゃない」
「だろ。戸成のやつ程えげつなく無いだろ」
「じゃあ、私のやつと先輩のやつのいいとこ取りって事で」
そして晴香は不敵な笑いを浮かべて、大志の思い付いたプランと組み合わせたものを説明しだした。
「じゃあ、計画をお伝えします。名付けて、私に盾突こうなんざ100年早いわ作戦」
「さっき言ってた台詞そのまんまだな」
「そう。悪い?」
こうして、またまたふざけた名前の作戦が始まったのだった。
影山冬真は計画の失敗に気付いていた。
連絡が無いということはしてやられたか。
一部の隙も無いと考えていた計画だった。
丸井大志の加速能力を奪ってしまえば当面の脅威は無くなり、自分の思うままに行動できる。そう考えて練った計画で、今頃は祝杯をあげている筈だった。
恐らくあいつが邪魔したんだな。
以前、大志と共にやってきた、あの勝気な感じの女の子。
とてつもない行動力で相棒の能力を引き出していた。
厄介な相手だとは思っていたが、まさかここまでとは。
クソ。あいつが俺のものになっていれば、こうならなかったのに。
生意気な印象の晴香の顔を思い浮かべる。
でも、ちょっと可愛かったかも……。
影山も男の子だった。
よし、また計画を練り直そう。
気を取り直したその瞬間だった。
「あれ?」
影山の目の前の景色は一瞬で自分の部屋から、前に大志たちと話をした河原へと移っていた。
影山はすぐに加速した大志の仕業だと気付いた。
「丸井、貴様……」
後ろ手に両手を縛られて、枝に体を結ばれて吊り下げられていた。
おまけに両足も丁寧に括られている。まさに手も足も出ない状態にされていた。
「やあ、影山。残念だったな」
「丸井。おまえただで済むと思うなよ」
影山は大志を睨みながら呪いの言葉を吐いた。
「私達もいるよ」
影山が首を向けて振り返ると、女子三人も腕を組んで睨んでいた。
「や、やあ君達」
突き刺すような視線にひるんだ影山は、普段はしないような愛想笑いを浮かべた。
「久しぶりね、影山君。借りを返しに来たわよ」
弟に怪我を負わされた仁美は、普段は見せないような冷徹さを影山に見せた。
「あんたの事、もう少しましな奴だって思ってたけど訂正するわ。この下衆野郎!」
あのおしとやかな仁美から晴香のような毒が出て来たので、影山だけでなく大志も驚嘆した。
口を開けたまま閉じられない大志を見て、仁美は口を押さえた。
「いや、謝るよ。ちょっとしたゲームだったんだよ。そのゲームに君たちは勝った。それでいいじゃないか」
「弟は今病院よ。あんたのせいでね」
仁美はこぶしを握り締める。
「あんたには償いをしてもらう。まずは帳簿のありかを教えてもらうわ」
「帳簿かい、それなら教団の代表、岸本の家の金庫だよ」
「あー、それって出まかせよね」
幸枝が仁美の横に並んではっきりと言いきった。
「適当に言った感じがありあり出てるわ。ねえ、大ちゃん」
「ああ。こいつの言う事は信用できない。という訳で悪いんだけど」
大志は影山の耳に嵌っていた小型の耳栓を外した。
「これを着けてるってことはつまり、裏を返せば黒川さんの暗示には抗えないって事だよな」
「よせ。俺に暗示を掛けるな」
「おまえがうろたえているのは帳簿の事じゃないだろ。お前が脅威を感じていたのは弟の歩実君よりも黒川さんの方だった。そうなんだろ」
大志はもう気付いていた。影山は以前この場所で姉よりも弟の方が厄介だと話していた。裏を返せば仁美の方に脅威を感じていたからこそ、そう言ったのだろう。
そして大志は先ほど、車での移動中に影山と同じ事を試したのだった。
幸枝に引き金を引いてもらい、大志は加速世界の中で仁美の能力について深く考えた。
そしてある仮説を立てたのだった。
仁美の暗示は能力者を利用できると言っていた。
仁美は暴走を畏れてそうしなかったが、市川の引金もその気になれば引けたのだ。
能力者の能力を自在に引き出せるのだとしたら、能力を使えなくもできるのではないかと考えたのだった。
暗示で引き金になるものを封じ込めてしまえば、恐らく能力は発動しなくなる。大志は加速世界の中でそう結論づけたのだった。
「おまえはこの能力を持っているべきじゃない。俺から見ればお前は市川と同じように狂気に取り付かれてる」
神の如く加速世界に君臨しようとしていた市川を、大志は空しい気持ちで思い出していた。
「さあ、私たちを甘く見た事を後悔する時間が来たわよ」
晴香は死刑宣告を言い渡すみたいに不気味に言った。
影山の顔色が真っ青になった。
「丸井、いや、丸井君、それだけはやめてくれないか。もう君たちにちょっかいは出さない。約束するよ」
「もうちょっと早く気付くべきだったわね」
仁美はスッと歩み出ると影山の頬に手を当てた。
「きっとあなたもこうした方が、これから幸せに生きていけるわ」
「やめろ。やめてくれ……」
影山の言葉は突然途切れた。
そして幸枝の声で大志は再び加速し、影山は気が付くと自分の部屋にいたのだった。
引き金になっていたあの時の記憶。
何処へもいける学校など無いと担任教師に言われ、静かに泣いていた母の記憶はどこかへ消え去ってしまったのだった。
暗示を掛けられた影山は簡単に帳簿のありかを吐いた。
岸本のノートパソコンにデータがあり、パスワードまで影山は知っていた。
晴香の案で配達を装い、鍵を開けさせたあと、大志は加速して簡単に岸本の自宅に進入し、ノートパソコンごと持ち出して帳簿をコピーしたのだった。
そして、もう一つ。大志たち能力者が何故このような能力を獲得したのかという疑問。
影山は知っていそうな感じでほのめかしていたが、実際はそのことを調査している段階だった。
同時期に生まれ、同じ新生児室にいた5人の赤子が、タイプは違えど、何故加速能力を身に着けたのかは謎のままとなった。
こうして慌ただしかった一日は終わった。
「これで良かったのかな」
帰りの車、幸枝と晴香が寝息を立てて眠る中、大志がぽつりと呟いた。
きっと独り言だったのだろうが、助手席の仁美は振り返ってこたえた。
「私にも分からない。でもこうすべきだったのだと思いたい」
そして仁美は大志に柔らかな笑顔を見せた。
「ありがとう。丸井君」
仁美の笑顔とそのお礼のひと言に、大志の沈んだ気持ちはスッと軽くなったのだった。




