第4話 加総研発足
晴香に押し切られるように、取り敢えず一学期で引退するという条件付きで新入部員名簿に名前を書くと、翌日には加総研は立ち上がっていた。
どうやら既に万全の根回しをしていた様だった。
加速総合研究調査部はいかにも怪しいので、表向きは総合調査部という部活名で申請書を出したのだった。
そして例の分室は正式な部室となり、三人はまたインスタントコーヒーを飲みながら寛いでいた。
「ね。上手くいったでしょ」
晴香はちょっと褒めて下さい感を漂わせて胸を張った。
「ホントお前には驚かされっぱなしだよ」
この部屋を使えるのは有り難いが、後ろめたさはついて回りそうだった。
「顧問の先生よく見つけて来たね」
幸枝は生徒会をしていたので、顧問をお願いする難しさを知っていた。
既に教師の殆どは部活の顧問を請け負っているので、そんな簡単には新設した部の顧問など引き受けてはくれない筈だった。
「ああ、玉出先生ね。来年定年だって言ってたし暇そうだから前から目を付けてたんだ。部に顔を出さなくってもいいし、何にもしなくっていいからって説得したら了承してくれた」
「幽霊部員と幽霊顧問のいる部活か……先が思いやられるな……」
「細かい事はいいの。あ、それともし入部希望者が来ても完全無視して追い払ってください」
「どんな部活だよ……」
入部希望者お断り、そんなの聞いた事もない。
「さー始めますよ。加総研の初仕事!」
大志の前には数学の問題集が一冊置かれていた。
大学受験数学スーパー必須問題集とタイトルにある。
「これをやるのか?」
「そう。これを一冊やってもらいます」
「結構大変そうね……」
幸枝はまあまあな厚みの問題集を手に取ってみた。それはまあまあ重かった。
「加速したらこれ位一瞬でしょ」
「簡単に言うなよ。お前には一瞬でも俺が頭を絞って考えないといけないのは一緒なんだよ」
「じゃあ半分」
「ちょっと待って」
幸枝がページをめくって問題の内容にざっと目をとおす。
「このテキスト相当難しいやつね。半分やろうと思えば私なら二日は欲しいかな」
「ほら見ろ。成績上位のゆきちゃんが言ってんだ。軽く言ってたけどちゃんと選んでくれよ」
「何よ、私2年になったばっかりだし、問題集の難易度なんてわかんないんだからしょうがないじゃない」
相変わらずだが行動力以外はスカスカだった。
結局幸枝が図書館で問題集を選んできてくれた。
「で、これを5ページ解くわけね」
大志はページをめくりながらこれでもしんどいなと思っていた。
「そう。それで1ページ毎に解き終わったタイミングでこれを読んで欲しいの」
晴香はリュックからドサドサと漫画を机の上に撒いた。
「報道部の先輩が机の中にしまってた奴を拝借してきました」
「ほう、それでこれはなんの検証な訳?」
良く分かっていない大志と幸枝に晴香は説明をし始めた。
「今回は先輩の加速が終わってしまうタイミングの謎に挑みます。引き金で加速した先輩が加速を終える条件を洗い出し、今後安定した加速が出来るように検証します」
大志と幸枝は思わず手を叩いた。
「なるほど。大事な事だな」
二人にもてはやされ晴香はさらに得意げに話を続けた。
「でしょ。そんで今回はここまでと決めた事を最後までやり切れるかを検証したいんです。漫画を読んで集中力がそがれた時にどうなるのかを見ましょう」
「なかなかいい計画ね。なんだか楽しみ」
幸枝もノッてきた様だ。
「じゃあ、幸枝先輩、お願いします」
「分かったわ。じゃあ行くわよ」
幸枝は大志に向き直って引き金を引いた。
「加速して!」
頭の中でゴトリと音がした。
キーンという鋭く細い音が大志の頭の中に響く。
大志は静止した音のない世界に再び入っていた。
幸枝と晴香はマネキンの様に動かない。
さて……。
椅子に腰かけて問題集をめくる。
しかし地味だなあ……。
大志は問題集を解き始めた。
1ページ目を解き終わった時点で大志は大きく伸びをして漫画に手を伸ばした。
おお、これって結構面白いやつだ。
大志は読み始めてクスクス笑いながら知らない間に1巻を最後まで読んでしまっていた。
あれ? こんなに余計なことしてたのに加速が解けてないや。
そしてまた問題集に取り掛かる。
次の1ページを解き終え、面白い漫画の第2巻に手を伸ばす。
ちょっと続きが気になっていたのだった。
どれどれ……。
ページを開いた瞬間に熱い鼻息が溢れ出た。
表紙は面白い漫画の2巻目だったが、中身はちょっとエッチなやつだった。
キーンという音が止んだ。
加速が解けた!
そしてちょっとエッチな漫画を手にしていた大志は、突き刺さるような視線を感じつつゆっくりと顔を上げた。
そこには汚らわしいものを見るような眼をした幸枝と晴香が大志を見下ろしていたのだった。
「思ったとおりだった!」
「いやらしい!」
幸枝と晴香に糾弾されて大志は小さくなった。
「仕込んでいたんだな……」
騙されて腹が立ったものの、恥ずかしい所を見られてしまって何も言えなかった。
「この検証は先輩の加速の持続力と同時に先輩の人としての自制心を試したものだったの。これほど鮮やかに引っ掛かるとは情けない」
晴香はやや怒ってはいたが半分呆れ顔で、うつむいた大志の頭をちょっとエッチな本でポンポンとはたいた。
「今回の検証では1ページ目で漫画を一冊読み終えた時は加速は持続し、2ページ目でエッチなやつを開いてすぐ加速が解けた訳です。つまり興奮状態とか集中する対象が完全に移った時とかが加速を阻害する原因だと考えられますね」
恥ずかしい分析をされて大志は真っ赤になった。
新学期早々こんなスタートを切るとはと、大志は真面目に加総研の退部を考えたのだった。




