第36話 双生児
加総研に姿を見せたのは見慣れない制服を着た少年だった。
いきなりの弟の訪問に驚いたのもあるが、その仁美に似た美少年ぶりに一同目を丸くしていた。
「あの、お邪魔します」
控えめに入ってきた歩実に、まだ誰も何も言えなかった。
「あの、歩実も参加させてもらっていいですよね……」
仁美に言われて、三人はやっと落ち着きを取り戻した。
「ああ、勿論いいですよ。でも、他校の生徒が良く簡単にここまでこれたな……」
「それは姉さんがちょちょぃと……」
「歩実!」
ああ、そういうことね。
仁美は笑って胡麻化してはいたが、恐らく担任の斎藤にでも暗示を掛けてここまで連れて来させたのだろう。
簡単に自己紹介を済ませて、歩実の分のコーヒーを入れてやると、また話の続きが始まった。
「さっきの話の続きをする前に、弟の能力を説明しておきます」
「おいおい、姉さん、そんな簡単に明かさない方が良くない?」
「あんたは黙ってなさい」
ピシャリと言われて歩実は黙り込む。どうやら姉に頭が上がらない様だ。
「弟は声帯を加速させられるんです。彼は加速させた声を使って衝撃波を対象物に向けて発する事ができます」
晴香は興味津々で仁美の話を聞いている。
「衝撃波を受けた相手はどうなるんですか?」
「そうね、見てもらった方が早いかも知れないわね」
仁美が歩実に向き直って、やってみてと急かした。
「えー、ここでやるの?」
「さっさとやりなさい」
「分かりましたよ……」
歩実は周りを見回し適当な物を探したが見当たらず、鞄から飲みかけのペットボトルを出して机の上に置いた。
「皆さんはこちらへ。さあ、やってみなさい」
歩実の後ろにみんなを移動させて仁美は指示した。
三人とも何が起こるのかと固唾を飲んで見守っている。
そしてペットボトルに向かって、小さな高い声が歩実の口から飛び出した。
「ワッ!」
次の瞬間ペットボトルは壁まで飛んで行っていた。
「なに? なに、今の!」
晴香はびっくりしすぎて目を丸くしている。
「衝撃波で的を飛ばしただけだよ。本気を出したらあんなもんじゃないぜ」
ちょっと自慢げに言った歩実を仁美は冷たい目で見ている。
すぐにその視線に気付き、歩実は静かになった。
「弟はあの衝撃波を操って対象物を飛ばしたり、破壊したりできるんです。でも、あまり威力を上げ過ぎると加速していない体の部分が持たないんです」
説明を聞いて晴香は成る程と何度か頷いた。
「つまり、先輩の様に丸ごと加速できるのならば問題ないけど、一部しか加速できないと、自分も危ないって事ですよね」
「そのとおり。私も歩実も加減せずに加速させてしまうと自滅してしまう。歩実は一度危険な状態まで行ってしまった経験があるの」
「危険な状態って?」
「歩実は一度、興奮状態から声帯の加速を制御できなくなって、危うく自分の体を内側から破裂させてしまいかけた。私も実は一度、前の学校で暗示を制御できなくなってしまって、事件を起こしてしまったの」
「それって、女生徒が下着姿にされたやつ?」
晴香の言った事に仁美は驚いた顔をした。
「それも調べていたのね。そう、私、あの子たちの陰湿さに男の子たちを使って止めさせようとしたの。でも、感情をコントロールできていない状態で暗示を掛けた結果、彼らの歯止めが利かなくなってしまった」
「それで服をひん剥いて学校を追いかけ回した訳ね」
「ええ、その事で私は自分の能力をもっと知って、制御していかないとと思ったわ。それで、さっきの市川君の話に戻るんだけど」
大志は仁美が言いたい事をなんとなく理解してしまっていた。そして暴走してしまう可能性のある自分の加速能力に恐怖心を抱いていた。
「市川君は怒りを引き金にしていた。私が暗示を掛けたら恐らく彼は怒りの状態をずっと維持し続ける。怒りをコントロールできない彼は、恐らく暴走してしまうでしょう。そうなるともう彼を止めることは出来なくなる」
「想像しただけでも恐ろしいな」
大志は、もしそれが現実に起こったらと身震いした。
「それで、別の方法を探そうと影山の所に行ったんだね」
「丸井君の言うとおりよ。私は母を救うために助けを求めようと他の能力者の助力を求めた。そして影山君は思考を加速させられる能力者だった。彼からは、私達の能力についての事や、最後の能力者である丸井君の事を聞かされた」
「その時点で俺の事をあいつは調べていたって事か」
その言葉に仁美は軽く首を横に振った。
「影山君は丸井君の情報を殆ど持っていなかったわ。一番最後に能力を発現させた丸井君の情報を得るために、影山君は私にある提案をした」
「提案って?」
「丸井君の情報を探って自分に知らせる事を条件に、教団の事を解決する方法を教えてくれる手はずになっていた」
「じゃあ、君は俺の情報を影山に流してたって事か」
「ごめんなさい。私も丸井君の事を調べる必要があったから、その提案に乗ったの」
そこに晴香は皆が当然持つであろう疑問を挟んだ。
「でも、仁美先輩が暗示を掛けて、影山を利用しようとは思わなかったんですか」
「それも考えたけど。それについては先回りされてたの。彼には暗示が効かなかった」
「どうして?」
「彼は私と歩実の能力を調べ上げていた。私が彼に会ったとき、ノイズキャンセル機能のついたイヤホンをしていたわ。単純な仕掛けだけど、それで私の能力は封じられた」
聞いていた者たちはなるほどと納得した。
「協力し合えばお互いの利益になる。そう言って影山君は私が丸井君の情報を流している限り協力してくれたわ」
「今はどうなの?」
大志は仁美が、今影山とどういう関係になっているのか気になっていた。
「今は彼とは連絡を取ってないの。執拗に丸井君の引金を調べろと言われてて……」
「やっぱりそれか……」
仁美は一口カップに口を付けてから幸枝に目を向けた。
「ゆきちゃんが引金だなんて、言えないよ……」
「知ってたんだね。俺の引金を」
「それであいつの話の中に幸枝先輩の事が何も出てこなかったんだ」
影山の口から幸枝の名前すら出てこなかった理由が分かって、晴香はすっきりとしたようだ。
「影山君は私が情報を隠している事に気付いて、連絡をしてこなくなった。最後に、後悔するぞって言ってたから少し怖いんだけど」
少し不安気な仁美の口調に、大志は憤慨して立ち上がった。
そして晴香も同じく怒りに燃え上がる。
「女の子を脅すなんて最低な野郎だ」
「ホントよ。ねえ、先輩、あいつも市川みたいにやっちゃおうよ」
「いや、お前怖い奴だな。あれはあくまで正当防衛だから。加速能力を使って鉄拳制裁なんてしないよ」
「まあ、あいつの事はいいや。じゃあ、本格的に悪を懲らしめる計画を立てようじゃありませんか」
どう考えても高校生には手の余る問題に、晴香の反骨精神が目覚めたのだった。
メラメラと燃え上がるそのやる気に、不安を覚えたのはきっと大志だけではなかった。
 




