第34話 仁美と加総研
大いに合宿を楽しんだゴールデンウィークが終わり、また学校が始まった。
大志は加速総合研究調査部、略して加総研の部室に仁美を誘って連れてきていた。
こうして仁美からこれまでの一連の事情を聴くべく、放課後の部室に大志、晴香、幸枝の三人は集まったのだった。
「ようこそ。加速総合研究調査部、略称、加総研へ」
「え? もう一回言ってもらっていい?」
晴香が意気揚々といい感じで紹介すると、耳を疑ったのか、仁美は即座に聞き返した。
「いや、だから……加総研ですって……」
なんだか前もこんな感じだったなと、耳まで赤くなっている晴香を見て大志は思った。
「ま、細かい事はさておき、コーヒーでも飲みながらぼちぼち行きましょう」
「かそうけんって……」
仁美はどうやら引っ掛かっているらしく、まだ首をひねっていた。
「まあ、あれだよ。あの夜にやってるやつに戸成は影響を受けててさ。俺たちは加総研って呼んでるけど、表向きは総合調査部って名前で申請してあるんだ」
「あ、そうなんだ。あのドラマ面白いよね」
晴香はそう言われて余計に赤くなった。
ちょっと可愛そうになったのか、幸枝がその話題を逸らせる。
「まあ、いいじゃない。それより本題に入りましょうよ」
「そうだね、じゃあ俺はコーヒー淹れるね」
「私はお菓子。ちょっと美味しいやつを、こないだの合宿の時に駅で買ったんだ」
「あ、私も買ってきた。被ってなきゃいいけど」
何となくワイワイと緊張感も何もない加総研の部室であった。
「じゃあ、そろそろ黒川さんの話を聞こうよ」
並べた机にお菓子を広げ、おしゃべりしているうちに、なんとなく合宿の話で盛り上がってしまった。このまま終わってしまいそうだったので大志が一旦話を切った。
「そうでしたね。では仁美先輩、事のあらましをここで話してください。それから私たちで協力できることを考えましょう」
三人の視線が仁美に集まる。
少し緊張気味に仁美は事情を説明し始めた。
「あの、その前にゆきちゃんと戸成さんに謝っておかないといけないことがあって……」
「私達に? どうゆうこと?」
「その……丸井君には伝えたんだけど、私も丸井君と同じように特別な能力をもっているの」
「やっぱり。で、それってどんな?」
晴香は興味津々だ。
「私ね、ある特定の条件の人に対して暗示を掛けられるの。暗示というかその人の意識を支配できるの」
「すごい能力ですね。使い方によっては無敵じゃないですか」
「んー、どうかな。丸井君の加速能力に比べたら大したことないよ」
仁美は謙遜しているというよりは、本当にそう感じているみたいだった。
「で、特定の条件の人にってどういうことなんですか?」
「うん、実は私も自分の能力を完全に把握しきれている訳ではないんだけど、戸成さんも会ったあの影山という人に色々自分の能力について教えてもらったんだ」
「ああ、あいつね。何でも知ってるみたいな口ぶりの嫌な奴ね」
「フフフ。まあ、当たってるかも。それでね、私は暗示を加速させられる能力者らしいの。つまり暗示をかけることのできる対象に対して瞬間的に何千何万もの暗示の奔流を流し込める」
「暗示を加速か……で、掛けられる人は限られているんですか?」
「うん。私の暗示を掛けられる対象は男性だけ。そして、私になんらかの魅力を感じた人に限られるみたいなの」
「大概の男どもは暗示にかかりそうね……」
幸枝は仁美の美貌を眺めながら納得した。
「大ちゃんもおかしくなってたよね」
「え、いや、まあ、うん……」
結果的に大志が仁美に好意を持っていたことを暴露された感じになっていた。
「丸井君は手強かったほう。なかなか私になびいてくれなかった。他の人たちはあっさりだったのに」
「え? 他の人たちって?」
大志以外に暗示を掛けていたことをほのめかした仁美に、また三人は注目した。
「まず担任の先生にかけたの」
「ああ、それで席順もあのオリエンテーリングのときもなんだかおかしかったんだな」
大志は笑い飛ばしたが幸枝と晴香は渋い顔をした。
「エロ教師じゃない。教え子に関心持つとかありえない」
「わー、聞きたくなかったな。これからそう言う目で見ちゃいそう」
それなりに潔癖症の二人は、別にセクハラしたわけでもないのに厳しかった。
「ごめんね。それから何とか丸井君と二人になろうと、班にいた男子二人にも離れてついてくるよう暗示を掛けた」
「あ、やっぱり。おかしいと思ったんだ」
「それからも色々画策した。少林寺拳法部と柔道部の顧問に柔道部の練習を邪魔させて、丸井君を誘う葛西君を引き離し、それから……」
そこで仁美は向かい合う幸枝と晴香に手を合わせた。
「ごめんなさい。私あの時二人を丸井君から引き離したくって、瀬尾君にゆきちゃんと先に帰るよう暗示を掛けました。それと、二年生で一番人気のある男子に暗示を掛けて戸成さんに告白させたの」
「え、それホント? 瀬尾君が暗示に?」
「え? じゃああれはマジで告白してきたんじゃないの?」
二人とも流石にびっくりしたみたいだった。
成る程そう言う訳だったのかと大志は納得していた。
「瀬尾君も仁美ちゃんに気があるってこと……」
「あのイケメン、私に気が無かったってこと……」
二人は各々ショックを受けている様だ。
「本当にごめんなさい。勿論もうしないし、とにかく反省しています」
「ま、まあ、それはいいわ。しかし瀬尾君、他の子に現を抜かすなんて……」
「いや、ゆきちゃん、男ってそんなもんだよ。誰だって気の迷いってもんがあるものなんだよ」
明らかに腹を立てている幸枝に、大志は二人の関係が壊れないようにと気遣った。
「分かったけど、当分口きいてやらないんだから」
「いや、それは可哀そうだよ。俺からも頼むよ、機嫌直してよ」
不機嫌な幸枝の苛立ちはそのまま大志に飛び火した。
「大ちゃんだってイチコロだったじゃない」
「そうヨ。先輩だってイチコロだったわ。幸枝先輩のパンツが無かったらどうなってたか」
晴香に恥ずかしい事を思い出さされて、大志と幸枝は下を向いて紅くなった。
「あの……パンツって?」
遠慮がちに仁美に尋ねられて、何も応えられない大志と幸枝だった。
「まあ、それはいいとして、仁美先輩はどうして先輩の加速能力を手に入れたかったんですか?」
「それは丸井君の能力で今私たちが置かれている状況を覆したかったから。あ、私たちって言うのはね……」
「双子の弟の事ですね」
「やっぱり知ってたのね。弟と私は今、かなり切羽詰まった情況の中にいるの」
「それはいったい?」
そして仁美は身の上に起こった事を三人に話し始めた。
それは大志たち三人が想像していたものよりも深刻な内容だった。
 




