第28話 信用してくれ
畑仕事はきつかった。
大志と瀬尾の男二人は畑一面のアスパラガスの収穫をさせられた。
女子三人はというと。
「先輩見てよ。私が獲ったこのパンパンに張ったエンドウ豆」
「私は玉ねぎ。どう? 立派でしょ」
「私はハウスで栽培してた夏野菜。トマトも胡瓜も、茄子だってあるんだよ」
三人とも楽しそうに籠に載せた野菜を見せてくれた。
「俺たちとはだいぶ違うな」
「ああ、みたいだな」
ひたすら習字の筆みたいなアスパラガスを収穫していた男二人は、腰に手を当てて辛そうだった。
華やいだ笑顔を見せる女子三人とは、かなりその内容が違っていたみたいだった。
「でもまあ、良かったよ」
収穫した夏野菜を嬉しそうに眺める仁美を見て、大志も嬉しかったのだった。
叔父の後に続いて、まださらに細い舗装された山道を10分程進んだ緑深い森の奥のその先に、大志の祖母の家はひっそりと建っていた。
さっき見た叔父の家よりもまだ相当年季の入っていそうな茅葺屋根の佇まいは、古民家というよりも昔話に出てくる家みたいだった。
「しばらく手を入れてないと、雑草がすぐに伸びてきよるでな。一応大志が来る前に刈っといたんだ」
成る程、恐らく草刈り機で刈られたであろう家の前の雑草は、短い背丈に揃えられていた。
「叔父さん、何から何まですまないね」
「ええんだよ。姉さんから頼むって言われたのも有るけんど、そろそろ手え入れんといかんと思ってたところだったからな」
叔父は玄関の引き戸の鍵を開けて、やや建付けの悪そうな戸を引いた。
「中は一応片付いとるよ。布団も人数分用意しといたで、適当に敷いて寝たらええ」
「ありがとう。問題は夕飯とお風呂だね」
「そんだ。薪は裏に有るから、適当に使ったらええけんど火加減は結構難しいぞ。大丈夫か?」
「ああ、そうだね。まあやってみるよ」
大志はおじさんから鍵を受け取ると、帰ろうとする背中に声を掛けた。
「この先にまだ家があったね」
大志はまだ奥に続いている一本道の方を指さした。
「ああ、何軒かあるけんど、今住んでるのは一軒だけだ。婆さんの墓が有るからって坂本の爺さん、まだあんな不便なとこに住んどるんだ。息子夫婦が一緒に暮らそうって前から言ってくれてるのに、本当頑固者だよ」
「たしかばあちゃんの同級生だったね」
「いんや、二つ上だ。半年前に一度倒れてな。時々俺も顔を見に行くんだけんども心配だよ。早く息子夫婦のとこに世話になりゃいいのに……それとこの間の風で枯れてた木が倒れて道がこの先通れなくてな。人は通れるけんど車が入れんのだわ。週末に撤去して通れるようになるらしいからまた一度顔を見にいこうと思ってるんだ」
「そうなの。ちょっと心配だね」
大志はもう一度まだ奥に続く深い森の道に目をやった後、叔父にお礼を言っておいた。
そして高校生五人にお礼を言われて見送られながら、叔父は穏やかな午後の日差しの中を帰っていった。
叔父が帰った後、まだ中に入る前に晴香は早速気になっていた事を訊いた。
「先輩、さっき叔父さんさ、なんか夕飯とお風呂が問題とか言ってなかった?」
大志は晴香の問いに、ああそれね、と振り返った。
「ちょっとみんな聞いて欲しいんだけど」
皆大志が何を言い出すのか興味津々で耳を傾ける。
大志はちょっとじらすようにしてから口を開いた。
「実はこの家、ガスと電気が来てないんだ」
「えーーー!」
思った通りの反応に大志は満足げだ。
「半年前、ばあちゃんがホームに入ってから電気とガスを止めてあるんだ。中に入ったら分かると思うんだけど、ここはとにかく古い家で、基本的に電気とガスが無くても薪で火を起こせば生活できるようになってる」
「そう言う事か」
一同は成る程と納得した。
「凄い。ほんとに自分たちでご飯を作るんだね」
晴香は大志の話を聞いて余計に燃えて来たみたいだ。
「戸成はきっと喜ぶだろうと思ってたよ。まあまあ大変かもしれないけどこれぐらいやった方が面白いかなって思ってさ」
「大ちゃんも意地が悪いわね。私達を色々驚かそうって計画してたみたいね」
幸枝は大志の脇腹を小突いて文句を言ったが、晴香と同じくこれからの期待たっぷりという顔をしていた。
「黒川さんはびっくりした?」
大志はおとなしく話を聞いていた仁美に感想を聞いてみた。
「うん。とっても。でも楽しそう」
仁美も不便さを歓迎してくれている様だった。
「なあ丸井、夕飯の事は分かったけど、さっきあの叔父さんがお風呂もどうとか言ってなかったか?」
瀬尾にそう訊かれて、大志はさっきよりも含みのあるニヤつき方をした。
「その顔は、まだなにか隠してるって顔ね」
長い付き合いの幸枝はすぐに見抜いた。
「きっと驚くよ。みんなこっちに来て」
大志は期待感たっぷりの四人を引き連れて、はなれになっている風呂場に向かったのだった。
「すごい! こんなの初めて見た」
晴香はその一見すると風呂だとは思えない形状の物に瞬時に食いついた。
晴香に続いて全員が近づいて中を覗き込む。
「これってもしかして……」
仁美が小さな声で大志の顔を見て思い付いた事を口にした。
「五右衛門風呂?」
「当たり!」
簡素な洗い場の壁にくっつけるように鎮座していたのは、人が入れるくらいの大きな陶器の水がめだった。
けっこう使い込まれたような感じの焦げ茶色の水がめの下には、出入りがしやすいように木の台が置かれていた。
中を覗き込むと丸い木の板が置かれている。どうやらここに乗って湯船に浸かるらしい。
「凄いわね。まさかこんなお風呂だとは思わなかった」
幸枝はしげしげと、かめの周りを見回して首をひねる。
「どうやってお湯を沸かすのかな? そもそもどうやってこの中に水を張るんだろ」
「本当だ。さっぱり分からんな」
瀬尾もまるでピンと来ていなさそうだった。
「まあ、この辺の飲料水は山から各家に引いてあるんだ。ホースがこのはなれの裏に有って、そいつをここの穴から入れると勝手に水はいっぱいになるんだ。ちょっと待ってて、ホースを入れてくる」
そう言って大志は一度風呂場から外に出て行った。
「おーい」
外から大志の声がする。
「ホース入れるから受け取ってくれ」
丁度いいくらいの丸い穴からホースの先が覗いたので晴香が引っ張った。
「これをお風呂に突っ込んだらいい訳ね」
「そう言う事。セットしてくれたか?」
外から大志が尋ねる。
「いいわよ」
「じゃあ、水を流すな」
するとしばらくして水がホースの先端からそこそこの勢いで出だした。
「出た!」
晴香は珍しいものを見るかのように眺めて感動している。
そして大志はまた風呂場に戻って来た。
「叔父さんが中を綺麗にしてくれてたから、そのまま水を張っていいよ。後は沸かし方なんだけど……」
「何かテレビとかで見た事ある。外で薪をくべてお湯を沸かすあれでしょ」
晴香は一発で正解した。
「そう言う事だ。結構大変だから、それは俺と瀬尾でやるよ。女の子たちは心配しなくっていいからね」
「じゃあ私達がお風呂に入っている時にすぐそこにいる訳?」
「まあ、そう言う事」
説明の後、幸枝と晴香は疑いのまなざしを大志に向けた。
「先輩……大丈夫かな……」
「どうかな、でもお風呂には入りたいし……」
何だかひそひそ話を幸枝と晴香でし始めた。
「ちょっと待って。もしかしてそっちの方の心配してるわけ?」
幸枝と晴香の視線は猜疑心に満ち溢れていた。
「いやいや、それは無い。俺ほど健全な高校生はいないって。そんな風に見える?」
大志は仁美の手前、何の心配もないとアピールした。
「ちょっと見える……」
晴香は真意を覗き見るかのように大志の目をじっと見据えてそう言った。
「そんな、丸井君に限ってそんな事しないと思うよ」
仁美は気の毒に思ったのか、大志を擁護する言葉をかけた。
「仁美先輩、それは違うわよ。先輩に限って気をつけないと駄目なんだから」
「一応信じてるけど、もし覗いたら絶交だからね」
どうやら幸枝も信用してくれて無いらしい。
「丸井君。信じていいんだよね……」
仁美は幸枝と晴香の態度を見て不安になって来たみたいだ。
「黒川さんまで……」
大志は思った。かつての一瞬の気の迷いで未遂では有ったが失態を目撃されてしまったせいで、これから一生覗き魔と呼ばれる運命なのだと。
 




