第25話 GWの予定
晴香は部室に一人、椅子に座って目を閉じ考えをまとめていた。
いつもならとりあえず足を使って動き出す晴香にしては、珍しい光景だと言えた。
あの影山との会話はスマホで全て録音してあった。
声を聴くのも腹立たしかったが、ヒントが無いか何度か聞いているうちに気付いた事が有った。
影山の話の中には幸枝の名前は一切出てこなかった。
あれだけ自分の知識量を誇っていたにも関わらず、常に一緒にいる幸枝の話が出なかったのは以外だと言えた。
そして引き金の正体に影山は気付いていなかった。
晴香は単純にそう言った情報が欠落している原因を想像してみた。
「んーなんでだろ」
考えに耽っている所にドアが開く音がする。
「ごめん、遅くなった」
大志は鞄を置いて、早速インスタントコーヒーを入れようとカップを手に取った。
「先輩、私のも」
「え? ひょっとして俺に淹れさせようと待ってたわけ?」
「あー、一昨日は休み潰れちゃって大変だったなー」
何となく断れない雰囲気に大志は晴香の分も用意した。
「どうぞ」
「ありがと」
晴香は湯気の立つカップに口をつける。
「先輩、私の好みの濃さが良く分かってるのよね」
「しょっちゅう淹れさせられてるからな」
「で、お菓子は?」
「あるよ、ほら」
大志は鞄の中からチョコレート菓子を取り出した。
晴香の顔がにんまりとする。
「私の好きなやつだ」
「だろ。こないだのお礼だよ」
「いただきます」
晴香は幸せそうにお菓子を頬張る。
「うんまい」
「へへへ」
大志もつられて一つ口に入れた。
「一昨日は腹も立ったけど結構楽しかったね。ハイキングみたいだった」
「そうだな。実は俺も楽しかった。今度は弁当持ってかないと駄目だな」
晴香はお菓子を取り出そうとしていた手を止めた。
「え? 今度って?」
「たまにはあんな感じで出かけたら楽しいかなって。ほら、俺たち部活やってるわけだし、部活動の一環でレクリエーションも有りだと思ってさ」
「やった。いつ行く? 週末からゴールデンウィークだよね」
晴香は大志の誘いにウキウキしながら尋ねた。
「やっぱりそう来たか。別にいいけど、ゆきちゃんの予定も聞かないと」
「え?」
「いや、だからゆきちゃんの予定をさ……」
さっきまではしゃいでいた晴香の顔色が変わった。
なんだかムスッとした感じで口を尖らせる。
「幸枝先輩は彼氏と忙しいんでしょ」
「まあ、そうだけど誘っておかないとな。加総研の一員だし」
「そうだけど……幸枝先輩はやっぱり無理って言いそうだよ」
晴香は譲ろうとせず食い下がる。
「まあ、戸成の言うとおりかな……じゃあ一応ゆきちゃんに聞いて無理だったらその時は……」
「うんうん」
晴香は今度こそと目を輝かせる。
「瀬尾も一緒に誘ってみるか」
「そっちかい!」
思わず激しいツッコミを入れてしまった。
「我ながらいい案だろ」
大志がちょっと自慢げだったので晴香は呆れた。
「先輩はそれでいいの?」
「それでいいって?」
幸枝の事を考えて瀬尾を誘うと言い出したみたいだが、大志が辛い思いをするのは目に見えていた。
「二人で仲良くして放ったらかしにされちゃうよ」
大志はいつもの気弱な笑顔を浮かべた。
「それでいいんだ」
晴香はその何気ない一言の中に、大志の胸中を見てしまった気がした。
「それに戸成が俺の相手してくれるんだろ」
「さあどうかしら」
大志の中にあるであろう胸の痛みは、そのまま晴香の胸に鈍い痛みを感じさせた。
「じゃあゴールデンウィークの予定は一応空けといてくれよな。ゆきちゃんと瀬尾の予定を聞いて調整するから」
「先輩、折角だから泊りで行こうよ」
晴香の言った事に大志はすぐに訊き返した。
「え? 泊りってどゆこと?」
「合宿って事。キャンプしようよ。みんなで泊まってカレーでも作ろうよ」
「ああ、そう言う事か。いいねえ。楽しそうだ。けど戸成はそう簡単にはいかないだろ。お母さん心配するぞ」
「私は大丈夫だよ」
「もう、どう嘘をついてやろうか考えてるんだろ」
「へへへ」
何を考えているのかもう自然と分かる二人には、隠し事は出来ないみたいだった。
それから二人は影山の事について話し合った。
思考を加速できたとしても大志と晴香の情報を持っていた影山は何らかの方法で探りを入れていたに違いなかった。
あの影山が自分の脚で情報を集めていたとは考えにくい。
なら恐らく何者かが大志と晴香の行動を監視していたのが濃厚だった。
「黒川さんが情報を影山に流していた。影山と接触していたと言う事だからその辺りから私たちの情報が流れたと言う事かしら」
「でもあいつは市川の事も知っていた。黒川さんが転校してくる半年も前の事を影山は知っていた。どういう事なんだ」
「その辺りも分からないところなのよね。黒川さんだけでも分からない事がいっぱいなのに影山の事も出てきて余計に混迷してきたわ」
晴香は得体の知れない事が増えてしまった事について頭を抱えた。もともと行動力だけの人だ。複雑になってくるとどう行動していいのか分からず、方向性を決めて飛び出して行けないというジレンマが晴香を襲っている様だった。
「いっそ黒川さんも誘ってみるか」
そのひと言に晴香のこめかみがピクリと動いた。
「黒川さんを? もうそれって部活のレクリエーションじゃないよね」
「あ、そう言えばそうなるな……」
突然大志がそう言い出したのには理由があった。さらなる能力者の出現に翻弄されている今、心を開きかけている黒川仁美とこの際仲良くなっとけば、お互いに協力し合えるのではないかと考えたのだった。
「実はその黒川さんの事で悩んでてさ……」
晴香はもうそっぽを向いている。
「影山の所に現れていたとか能力の事だとか色々有るけど、きっと何か事情が有るんだと戸成も思うだろ」
「まあそれはそう思ってるけど」
晴香は大志の方を見ないで応えた。
「きっと何か悩みを抱えてると思うんだ。能力者だという目で彼女を見るんじゃなく、クラスメートとして彼女の力になりたいんだ」
「先輩はお人良し過ぎだよ。相手は双子だよ。もう一人の奴が危険かどうかも分からないじゃない」
「そうだけど、もし俺が困ってたら戸成は助けてくれるだろ。黒川さんもきっと困ってる。俺には戸成やゆきちゃんがいてくれるけど、彼女はそうじゃないんだと思う。俺たちが手助けしてあげればきっと彼女だって……」
大志は晴香の顔色を伺いながら、なんとか説得できないものかと奮闘する。
そして晴香はとうとうため息交じりに口を開いた。
「純粋にお互いのためだって行動できる?」
「そりゃもう」
ちょっとデレッとした。
「怪しいな……」
「信用しろよ。今回こそ戸成に俺が潔癖であることを証明するよ。そんで黒川さんが自分から事情を話してくれるように親睦を深める。お互いをもっと知って信頼してもらえたら、あの影山の事も教えてくれるかもしれない」
「先輩の作戦って相手が善人の設定なのよね。でもいいわ。今のままじゃ前に進めないから、これを突破口に出来るかやってみましょうよ」
大志はへへへと頭を掻いた。こうして二人はなんとか折り合いをつけて次の作戦を決めたのだった。




