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加速する世界ふたたび  作者: ひなたひより
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第23話 手掛かりを求めて

 大志の母から聞いた情報は、三人のこれからの行動の方向性を決定するほどの内容だった。

 晴香は持ち前の行動力を発揮し、影山久代からの古い年賀状から引っ越し先の住所を特定した後、早速現状がどうなっているのか確認に行くと言い始めた。


「今からか? 他県だぞ」

「先輩が行かなくても私一人でも行きます」

「いや、そりゃ行くけどさ……」

「よし決まりね」


 晴香は広げていた資料を片付け始めた。


「あの……」


 幸枝が手を挙げた。


「ちょっと昼から用事が……」


 申し訳なさそうにしている幸枝に、大志はすぐに瀬尾と会う予定を入れているんだなと察した。


「いいんだよ。二人いれば十分だから。ゆきちゃんは自分の予定を優先しないと駄目だよ」

「ごめんね。最近ちょっとこっちを優先しすぎて断りにくくて」

「何言ってるんだよ。断る事なんかないよ。もしゆきちゃんが必要になったら電話するよ。だから気にしないで行っておいでよ」


 晴香はそんな大志の事をため息混じりに見ている。

 きっと大志の胸が痛んでいる様に晴香の胸も痛んでいるのだろう。


「戸成、じゃあ行くか」

「行きましょう。善は急げよ!」


 急遽他県まで手掛かりを求めて出かける事になった大志と晴香は、元気よくスタートを切ったのだった。



 一時間半をかけて、大志と晴香は市街地から遠く離れた片田舎のバス停に降り立った。


「うまく乗り継いできた割には時間がかかったな」

「ほんと。でもすごい山の中。帰りのバスの時間ちゃんと見てないと危ないな」


 そしてローカル線の時刻表を晴香は確認する。


「ちょっと急ぎましょう。ここから少し歩かないと……」

「そうみたいだな」


 晴香は携帯の地図アプリで確認しながら大志と並んで進んでいく。

 20分程歩いていくと、緩やかだった田舎道の勾配がだんだんきつくなってきた。


「ちょっと登りだな」

「何だか先輩とハイキングに来たみたい」


 そう言われれば丁度正午過ぎぐらいの眩しい春の日差しに、山の新緑が美しかった。


「ホントだ。そう考えたら、ちょっと楽しくなってきた」

「私も」


 へへへと笑いながら足を進めていく。

 大志は隣を歩く晴香の元気さに、今から得体の知れない相手に会いに行くのだという事をしばし忘れた。


「昨日の夜もずっと行動を共にしてたし、なんだかずっと一緒にいる感じだな」

「相棒なんだから当然でしょ」

「確かに戸成の言うとり、まさに相棒って感じだな。刑事ドラマで馴染みのやつだ」

「そうよ。そんで私たちがそのドラマの主人公って訳よ。ね、先輩、ワクワクするね」


 大志を見上げて目を輝かせる晴香には、緊張感など微塵も感じられない。

 むしろ、本当に二人でハイキングに来たのかなと錯覚しそうだった。

 きつい坂道を二人はフウフウ言いながら、明るい声を新緑の山道に響かせたのだった。



 影山久代の住所は大志が思っていたよりも道は険しく、車が無いと生活するのに相当不便な所だった。


「こんなところまで来て空振りだったら悲惨だな」

「それってただのハイキングだね」


 五月並みの陽気に二人は僅かに額に汗を浮かべ、ようやく目的の家まで辿り着いた。

 住宅地というのではなく、別荘地という雰囲気の地域の一角に、その白い家は佇むように建っていた。


「一応家はあるな」

「表札も出てますよ。影山って書いてある」


 住所が変わっていたら無駄足になっていた所だったが、今のところは計画どおりいっていた。


「ここからだな」


 大志は晴香の顔を見て頷く。


「そうですね。いたらいいけど」


 躊躇うことも無く、晴香は早速インターフォンを押した。

 暫くすると返事が有り、小柄な女の人が出て来た。


「はい。あら、どなたかしら」


 ドアを開けてすぐの見慣れぬ高校生らしき男女に、母親の顔にやや戸惑いが伺えた。

 二人は一礼した後、大志の母から預かった年賀状を出して見せた。


「影山久代さんですね。初めまして、僕、丸井大志と言います」


 年賀状の宛名と大志の自己紹介を聞いて、小柄な女性は思いがけない訪問に目を丸くした。


「丸井さんの息子さんなの? こんなに大きくなって……でもどうしてわざわざここに?」

「実は今僕が通っている高校に偶然、黒川仁美さんと市川君が通っていまして、母に話したところ影山さんの話題になったんです」

「黒川さんと、市川さん……確かマタニティクラスで一緒だった……」

「母は影山さんの事をよく覚えてて、同じ病院で同時期に出産した仲良しの影山さんが、今どうしているのかなって話してたんです」


 久代は大志の話を懐かしそうに聴いている。


「母には内緒でこっそり来ました。帰ってここで影山さんと会ったって驚かせてやろうって思ってます」

「まあ、そうだったの。丸井大志君だったわね。よく来てくれたわ」


 久代は嬉しそうに目を細めて大志にそう言った後、晴香に目を移して笑みを浮かべた。


「赤ちゃんだった大志君が彼女を連れてくるなんて……時間が経つのはあっという間ね」


 大志は勘違いしている久代に取り敢えずは訂正する事無く、ハハハと笑顔を見せただけにしておいた。

 晴香は大志の傍でやや恥ずかしそうに頬を染めている。


「こんなところではなんだから、取り敢えず上がって。ずい分歩いたんでしょう?」

「そうですね。結構バス停から歩きました。まあ楽しかったですけど」

「お昼ご飯はもう食べた?」


 その時だった。


 ぐううー。


 晴香のお腹が盛大に鳴った。


「あっ!」


 晴香は赤面しながらお腹を押さえた。


「何か用意するわね。さあ上がって」

「すみません……」


 絶妙なタイミングによっぽど恥ずかしかったのか、晴香は下を向いたままだった。



「ご馳走様でした」


 作ってもらった蕎麦をたいらげ、お腹が落ち着いたところで大志は遠慮がちに切りだした。


「僕と同じ日に生まれた影山さんのお子さんはどうされていますか?」


 大志は母親から影山さんの子には脳に障害があると聞かされていたので、本当ならその話はすべきではないと分かっていた。

 だが能力者が次々と大志の前に現れた事を解明するためには避けて通れない道だった。


「あの子の事、気にかけてくれていたのね」


 久代は手元にある湯気の立つ茶碗に目を落とす。


「生まれてしばらくたってから脳に障害があると聞かされて、少しでも安らかな日々が送れるようにとこっちに越してきたわ。あの子は知能が普通の子たちよりもずっと劣っていてそれでも懸命に生きてきた」


 そして久代はとても明るい笑顔を二人に見せた。


「神様っているものなのね。一生懸命生きているあの子を見捨てたりしなかった」


 その言葉を聞いて大志はここで何かが起こった事を知った。


「元気にされているんですか?」

「ええ、とても。会っていってやって下さいあの子に。きっともうすぐ帰ってくるわ」


 そしてしばらくして玄関の扉を開ける音がした。


「ね。大体いつも同じ時刻に帰ってくるの」


 そして久代は帰ってきた息子に来客を伝えるために玄関へと向かった。


「おかえり、冬真とうま。素敵なお客様がおいでよ」

「みたいだね。ありがとう。母さん」


 そして大志はずっと昔に会った事の有る見知らぬ少年と対面したのだった。


 場所を移して話そうと連れてこられたのは、近くに流れている小さな川のほとりだった。

 澄み切った水が流れている。足元にあるゴロゴロとした石のせいでなかなか歩き辛い場所だった。

 影山冬真かげやまとうまは一見した印象はやや神経質そうな感じのやせ型の少年だった。

 さっきから眼鏡の奥の目が大志を観察するかのように向けられている。

 

「ここなら誰にも聞かれる心配はない」


 静かな口調には独特の冷たさがあった。

 影山は比較的大きな石の上に腰を下ろした。


「まあ、君たちも座りなよ」


 勧められるまま大志と晴香も適当な石の上に腰を下ろした。


「丸井大志、Y高三年生。加速能力者。最強の能力を持ちながらその能力を自分で発動できない欠陥品」


 影山は表情を変えずにそれだけを淡々と口にした。


「どうしてそれを……」


 大志はまるで面識のない影山の口から、自分の秘密が簡単に出て来た事に戸惑いを見せた。


「そこの女の子は戸成晴香、高校二年生、報道部所属で君の能力解明におけるパートナーだ」

「私の事まで……」


 言い当てられ晴香も驚きを隠せない。


「もうすぐここに来る頃だと思っていたよ。黒川仁美がここへ来たように」


 影山が言ったその一言で大志は仁美が陰で動いていた事実を知った。

 そして淡々としたままの目の前の少年に、言い表せぬ不気味さを感じた。


「君も能力者なのか」

「ああ、君とは違うタイプのね」


 影山は特に隠そうともしなかった。


「君の能力ってなんだ?」

「それを言って俺に何の得が有るんだ?」


 影山はやはり全く顔色を変えずに応えた。そして大志の隣に座る晴香に目を移す。


「まあいい。せっかく来てくれたことだし、それと二人には俺も少し興味があるんでね」


 影山はこの時初めて二人の前で僅かだが表情を変えた。

 それは内に秘めた好奇心という感情が浮かんだ瞬間だった。


「あいさつ代わりに俺の能力を教えておくよ」


 大志の目の前で少しだけ唇の端を吊り上げた少年は、いきなり核心について語った。


「俺は加速能力者だよ。君とは違うタイプのね」



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