第22話 母の記憶
翌日の土曜日、小鳥のさえずるまだ朝早い時間帯。
昨日遅くまで奮闘していたにもかかわらず、大志と晴香、そして幸枝の三人は大志の部屋に集合して早速会議を始めていた。
「凄いわ……ほんとに忍び込んできたのね」
幸枝は貫徹した二人に感心していたが、一方で大志は晴香に感心していた。
昨日大志が書き写した黒川仁美の詳細を、パソコンで綺麗に打ち直して見易く仕上げてきていたからだった。
「凄いな、何時やったんだこれ」
「昨日寝る前に。作成しながらちょっと色々考えてたんだ」
晴香はちょっと眠たそうだったが相変わらず勢いがあった。
大志と幸枝は綺麗にまとめ直された用紙に目を通す。
「黒川さんはお母さんと二人暮らし。現住所はそこに描いてある通りよ」
「ここには当然だけど双子の弟の事はそこまで記載されてなかったな」
「ええ、それはまた調べていきます」
晴香はそこに記載されている事を読み上げて、気になったところを二人に聞かせた。
「普通に学校生活を送っているように見えるけど、今回の転校に関しては以前住んでいた住所から引っ越してきた訳では無いんです」
「つまり学校だけを変えた。そういうことなのね」
幸枝は少し険しい顔でそう言った。
「転居が理由ではないとすると、他にそうする理由が有ったからだと思います。そうしなければならないひっ迫した何かが」
晴香は以前、河合明日香から聞いていた女子生徒の事件が直接の転校の原因ではないと考えている口ぶりだった。
「通常転校は手続きを経てするものです。黒川さんの場合冬休みに入ってからすぐに準備に入っているみたいね。学校側に打診があった日付が記録に残っていました」
「この時期ってあの一件が落ち着いてしばらくしてからだよね」
幸枝が示唆したのは、大志があの市川と対決した時期の事だった。あの事件の後に間を置かず行動を起こしている、それが引っ掛かっていた。
「市川との事を知って接触を図った。そう言う事なのかな」
大志の胸中は複雑だったが、そう解釈するのが妥当だった。
「あくまでも推測でしかありませんけど、そう考えると新学期からこちらに来たのにも辻褄が合います」
そして資料を覗き込んでいる大志に、晴香はちょっとした謎かけをしてきた。
「それと昨日これをまとめていて気付いたことが有るんです。先輩は気付きませんか?」
そう訊かれても、大志には晴香が何を言いたいのか分からなかった。
「先輩だったら気付いてもおかしくない黒川さんとの共通点が有るんだけど……」
「共通点……」
大志はしばらく内容を目で追った後ようやく気付いた。
「誕生日か……」
「そう。丸井先輩と黒川さんの誕生日は一日しか違わない。当然双子の片割れも同じだと言う事です。そしてどういう訳かあの市川も黒川さんと同じ誕生日でした」
それを聞いて大志と幸枝は顔色を変えた。
「能力者の誕生日が揃って同じというのは、どう考えても偶然じゃないと思います。これは先輩の能力の根本的な謎につながる手がかりだと私は思うんです」
「それはすごい発見だけど、そこからどう調べて行くかだな。生まれた時に遡って調べないといけないんだよな」
「いるじゃないですか。詳しい事を知ってる人が、さっきここに来たとき私、ご挨拶しましたよ」
大志は言われて納得した。
「あ、そうか」
単純明快な解決法に三人の気持ちに余裕が出来たみたいだった。
洗濯機のスイッチを押したタイミングで母を掴まえた大志は、訝し気な顔をするのにも構わず部屋に連れて来た。
「どうしたの? みんなで集まって?」
母を座らせた後、幸枝はペットボトルのウーロン茶をグラスに注いで母に勧めた。
「なあに? 幸枝ちゃんも一緒になって」
「おばさんのお話聞きたくって。色々訊かせてもらっていいかしら」
当然ながら母はまるでついていけていない。
「大ちゃんの事なの。生まれた時ってどうだったか詳しく教えて欲しいの」
「大志の? 何でそんな事聞きたい訳?」
やはり母は怪訝な顔のままだ。
「まあ、いいけど……」
不思議そうなのはそのままだったが、グラスのウーロン茶を少し口にした後、母は話し始めた。
大志の母の記憶は意外と鮮明に残っており、当時の細かな部分まで聞きだすことが出来た。
大志の生まれた11月11日は少し肌寒い日だったそうだ。
予定日よりも半月程早く産気づいた大志の母は、掛かりつけの産婦人科に父の車で向かい無事に大志を出産した。
やや低体重児だった大志だったが、特に問題なく他の同時期に生まれた新生児たちと同じ部屋でしばらく過ごしたのだと母は言っていた。
そこで晴香は一番気になっていた質問を投げかけた。
「先輩が生まれた時に同時期に生まれた新生児って何人位いたか分かりませんか」
「そうねえ、新生児室にいたのはたしか大志を入れて五人だったと思う。マタニティクラスで一緒に出産準備の講習を何度か受けてるうちに仲良くなってたから覚えてるわ」
晴香はそれを聞いてさらに突っ込んだ質問をした。
「その中に市川さんと黒川さんっていませんでしたか?」
「黒川さんなら覚えてるわ。双子を出産したから大変だったって言ってた。市川さんは多分あの人だったと思うんだけど、はっきりとはちょっと出てこないな」
大志はこんな身近なところから凄い情報が降って湧いた様に出て来たことに驚嘆した。
晴香も幸枝も、それと分かるほどびっくりした顔をしている。
「どうしたの? みんな驚いた顔して」
「あ、ああ、えっと母さん、その黒川さんってどんな感じの人だった?」
「普通の人よ。そうね、でもちょっと普通でもなかったかな」
普通じゃないと言われ、三人とも身を乗り出してその先を聞こうとする。
「美人だったわ。目が大きくって、私とは大違い」
「そっちか」
大志は聞いて損したと愚痴ってしまった。
「いや、本当に綺麗な人だったんだから。髪がサラサラで顔立ちもすっきりしてて女優さんみたいで……」
母の言いたいことは何となく大志には伝わっていた。まさにそういう感じの美少女が毎日隣の席に座っているのだから。
「それは一旦置いとこうか。さっき母さんが言ってた新生児って五人だったよね。もう一人が誰だか分からない?」
「分かるわよ。でもそんな事聞いてどうするの? 変な子たちねえ」
「それじゃあ覚えてるんだね。で、いったい誰なの?」
「影山久代さん。マタニティクラスで一番仲が良かったの。でも……」
そこまで言ってから母の表情が曇った。
「何かあったんですか?」
晴香はその先を聞こうと身を乗り出した。
「気の毒なことが有ってね、あまり言いたくないんだけど、実は赤ちゃんの脳に障害が有る事が分かったの。久代さんとはそんな事も有って疎遠になってしまってね。結局引っ越してしまったわ」
大志の母は遠い昔に離れてしまった友人を思い出して呟いた。
「今頃どうしているのかしらね……」
そしてこの時の母の記憶からまた新たな一歩を三人は踏み出すことになるのだった。




