第20話 学校侵入
晴香の強引な誘いにしぶしぶ学校までついてきた大志だったが、一応侵入する前にひと言訊いてみた。
「なあ、忍び込むって言ってたけど考え直さないか?」
「何言ってるのよ。ここまで来て引き下がれる訳ないでしょ」
晴香は自転車を止めて早速フェンスをよじ登り始めた。
「俺もこれをやるのか……」
晴香の女の子らしからぬ滑稽な姿を見て、大志は大きくため息をついた。
大志もフェンスをガシャガシャ音をさせつつ校舎裏に侵入した。
「見つかったら滅茶苦茶怒られそうだな」
「その時は加速して、私を抱えてトンズラよ」
また誰も使いそうにない死語を平気で口にして、晴香はどんどん進んでいった。
「お前また勢いだけで計画立てただろ。ゆきちゃんがいないのに無理に決まってるだろ」
「幸枝先輩にも私たちの片棒を担いでもらいます」
「は? どうやって」
そして晴香はこれからの計画の詳細を大志に聞かせた。
「まず、これから窓を開けて校舎の中に侵入します」
「いきなり無理なやつじゃないか。窓はみんな締まってるだろ」
晴香はフフフと不気味に笑った。持参したペンライトをわざと顔に下から当てたので本当に気味が悪かった。
「旧校舎の窓で一か所だけ鍵の甘いやつが有るんです。そいつをパッと見、締まってる程度に緩めといたんで外から簡単に開きますよ」
「おまえすごい怖い奴だったんだな」
大志は手段を選ばない自分でライトアップした晴香を畏れ尊敬した。
「そんでこっからは先輩の本領発揮です。何しろ学校内には要所要所に監視カメラが設置されてますんで、どうしても見つかっちゃう」
「加速しろって訳か、またあの、キャーってやつでか?」
「あれは駄目。先輩はエッチな事ばっかり思い浮かべるから。今回は作戦Dで行きます」
「なにそれ?」
「DはダイレクトのDなの。幸枝先輩に電話して、先輩に加速してって言ってもらうの。ね、いい考えでしょ」
大志は腕を組んで顔をしかめた。
「何でって聞かれたらどう答えたらいいんだ。今から学校に忍び込むからってか? そんな事言ったらすぐに帰って来いって怒られるに違いないだろ」
「そこは適当に。学校に忍び込むって馬鹿正直に言う訳ないでしょ」
晴香はまだ自分の顔をライトアップしたままだ。
「勉強していてコンビニにシャーペンの芯を買いに行きたいからとか適当に言いなさい。余計な事は言わないように」
「分かったよ、で、肝心の忍び込んで何をするのか聞いてないんだけど」
「あ、そうだった。へへへ」
ライトアップしたままなので笑い顔は薄気味悪かった。
「職員室の教頭先生の机の隣に少し背の高い鍵付きのロッカーが有るの。そこの一番下の棚に三年生の詳細な履歴の書かれた資料があるの」
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「報道部は時々、先生に頼んで生徒について調べてもらったりたりする事が有るの。当然生徒は閲覧禁止だから先生しか見れない様になってるの」
「鍵がかかってたら俺でも無理だけど」
「報道部の顧問って岸田先生なんだ。先生の机の一番上の引き出しに、そのロッカーの鍵が入ってるわ。その引き出しにも鍵がかかってるんだけど今壊れてるの」
「へえ、おあつらえ向きだな……」
そう言ってから大志はひょっとしてと、ある想像が浮かんできた。
「戸成、ひょっとして鍵穴に細工したのか?」
「へへへ、先輩も段々私の事分かって来たみたいだね。先生がいないときに鍵穴に色々詰めといたんだ」
「なんて奴だ」
大志はどこまでもやり通すその突破力に驚嘆するのと同時に、酷い奴だと呆れた。
「岸田先生の席はここで教頭先生の隣のロッカーはこれね」
晴香に簡単な配置図を渡されて大志はそれを頭に入れた。
「じゃあ窓を開けますかね」
晴香が手をかけて引くと、窓はガラリと簡単に開いた。
「黒川仁美の資料をこの紙に書き写して戻ってきて。ほんとは写真で撮った方が楽なんだけど先輩の加速に携帯は反応できないから」
成る程。確かにそうだなと、当たり前に使える筈の携帯が加速世界ではまるで役立たずな事に納得した。
「じゃあ、先輩作戦Dの決行よ」
「気乗りしないけど分かった」
大志は幸枝に電話を掛ける。
幸枝はすぐに電話に出た。
「なに? 大ちゃんどうしたの?」
「ああ、ゆきちゃん。勉強してた?」
「うん。ちょっと頑張ってた。大ちゃんも?」
「うん。まあ俺も今頑張ってるとこ。それでちょっとシャーペンの芯切らしちゃって……」
「あ、分かった。今から持ってくね」
大志は飛び上がった。
「待って待って! そんなの悪いからコンビニに買いに行ってくるよ」
「え? なんにも悪くないけど。それにコンビニちょっと遠いよ」
「ああ、その他にも買いたい物が有って今から行ってこようかなって。それでゆきちゃんにあれ頼みたいんだ」
「あれって?」
「時間短縮にちょっとね」
「ああ、あれね。もう、大ちゃんたら能力の無駄遣いしてるね」
「へへへゆきちゃんの言うとおりかな。もうちょっとましな使い方考えないとね」
「そうね、今度二人で考えようか。お菓子でも食べながらさ」
「そうだね。お菓子は俺が用意しとくよ」
その時大志の脇腹に激痛が走った。
「うっ!」
晴香がすごい睨みながら思い切り小突いていた。
「早くしなさいよ!」
声に出しているわけではないが、はっきりそれとわかる口の動きに大志はゴメンと口パクで返した。
「何か有った?」
「いや、何にもないよ。さあやってくれるかい」
「じゃあ行くわよ」
そして幸枝は引き金を引いた。
「加速して!」
ゴトリという音が頭の中でした。
大志は開いた窓から普通に入って、薄暗くて気味の悪い校内を職員室までやって来た。
「しかし真夜中の学校って薄気味悪いな。死んだ生徒の霊とか怪談話にはよく出てくるみたいだし……」
言ってみてからぞーっとした。
「そういう考えは一切やめよう。そうしよう」
大志は職員室のドアに手をかけた。
ビクともしない……。
大志は総毛だった。
「あいつ窓とロッカーの鍵の事は言ってたけど、職員室の鍵の事何にも言ってなかったな。絶対忘れてる。間違いない」
大志はもう一つのドアと窓を見てみたが完全に閉まっていた。
「やらかしたー。あいつもそうだけど、俺も気が付かなかった」
大志は一旦戻る事にした。
「あ、先輩お疲れ様」
さっきまでいた所と違う所に突然移動した大志に向かって、晴香は早速首尾の方を尋ねた。
「ダメだった」
「なんで!」
「職員室、鍵がかかってた」
「アチャー」
晴香もうっかりに気付いて天を仰いだ。
「一つぐらい鍵を壊してもいいよね」
晴香は絶対に引き下がる気は無いらしい。
「いや岸田先生の机の鍵をやってやったって言ってたよな。つまり二つ目だ」
「細かい事はいいの。さあ行ってきなさい」
「やだよ。いくら何でもそれは止めとこう。あとあと迷惑かかるだろ」
「そうよね……」
大志に言われて流石にまずいと考え直した。
「職員室の鍵ってどこにあるのかな?」
職員室の鍵箱にはあちこちの教室の鍵が掛けられているが、職員室の鍵は一体どこに保管されているのだろうかと疑問に思った。
「先輩それ、幸枝先輩に訊いてくれない? 生徒会役員だった幸枝先輩なら知ってるかも」
「え? そんな事訊いたら滅茶苦茶怪しくないか?」
「背に腹は代えられないの。今すぐ聞いて」
気乗りしない大志だったが仕方なく訊いてみる事にした。
何度目かの発信の後に幸枝の声が聞こえてきた。
「あ、大ちゃん。買い物は済んだ?」
「え、うん。まあ、ちょっと別件で教えて欲しい事が有ってさ」
「なあに? 教えて欲しい事って」
「学校の職員室の鍵ってどこに保管されてるの?」
「なに? どうしてそんな事訊くの? さては!」
流石に幸枝も察した様だ。
「大ちゃん!」
「ごめん!」
「そこに晴香ちゃんもいるんでしょ!」
えらい剣幕だったので晴香にも聞こえていた。
「へへへ、幸枝先輩こんばんは」
「こんばんはじゃないわよ。学校に忍び込もうとしているわね。そうなんでしょ!」
「ご推察の通りです」
大志は観念して素直に吐いた。
「すぐに帰ってきなさい! まったく何考えてるの」
電話の向こうの声に大志と晴香は渋い顔を見合わせた。
晴香が大志の手から携帯を奪って幸枝に話しかける。
「幸枝先輩、これは絶対避けて通れない事なの。分かって下さい」
「ダメよ。聞く耳持たないんだから」
「丸井先輩が危険な目に会う可能性が有っても?」
晴香のひと言で幸枝の返答が止まった。
「黒川仁美には双子の弟がいる。黒川仁美自身は私は悪い事の出来る人だとは思ってないけど弟の方は分からないでしょ」
晴香はそして幸枝が気になっているであろう事をはっきりと言い切った。
「弟も恐らく能力者です。対抗するには一刻も早く手を打っておかないと手遅れになりかねない」
そして晴香は真剣な声で最後にこう言った。
「狙いは先輩の加速能力。そう思いませんか」
電話の向こうで幸枝が深い吐息を漏らした。
幸枝の中で葛藤しているのが手に取るように分かった。
そして覚悟を決めた幸枝の声が聞こえてきた。
「鍵は校長先生が一つ、教頭先生が一つ、学年主任の先生がそれぞれ1つずつ持ってるわ。岸田先生は三年生の学年主任だから必ず持っている筈よ」
「岸田先生の家って学校の近くだったわ」
晴香は報道部顧問の岸田がこの近隣に住んでいる事を知っていた。
「私は緊急に連絡が取れるように先生方の連絡先名簿を持ってるの。今から住所をLINEで送るわ」
そしてすぐにLINEの通知が入った。
「大ちゃんに代わって」
晴香は大志に携帯を手渡す。
「ごめんゆきちゃん。迷惑かけて」
「馬鹿。最初から私に相談してよね。大ちゃんの事、一番心配してるんだから」
「うん。本当にごめん」
「気をつけて」
「うん、ありがとう。また後であれをお願いするよ」
「分かった」
電話を切った後、大志は晴香と幸枝が自分の事を本当に心配してくれている事を知り、つくづく感謝したのだった。




