第2話 春の訪れ
満開の桜が少しだけ散り始めた頃、三年生になって初めての通学路を大志は幼馴染の多田幸枝と歩いていた。
「ねえ、大ちゃんは部活っていつまでだっけ?」
「俺? えーと多分一学期いっぱいだったかな」
「じゃあもうすぐだね」
「うん」
幸枝は生徒会に入っていたが二年生の終わりで引退し、三年生になってからは受験勉強一本だと以前から宣言していた。
大志も進学志望だったが、勉強と両立して引退までは部活を頑張るつもりだった。
「あーあ、大ちゃんの勝った試合観に行きたかったなー」
幸枝にはその言葉をもう何度も言われていた。
「俺だってゆきちゃんに観てもらいたいんだけど、あれがねえ……」
あれというのは勿論あれの事だった。
「冬休みの試合で一回やっちゃってるからちょっとね……」
「うん。あれは私がうっかりしてたせいね……」
冬休みの交流試合で、大志は観戦しに来てくれていた幸枝の応援に反応して加速してしまったのだった。
危うく相手を武道場の天井まで投げ飛ばしてしまう所だった。
「今度は口閉じとく」
幸枝は唇をぎゅっと結んだ。
「前もそう言ってたよね」
熱が入ると叫んでしまう幸枝の癖を大志はよーく知っていた。
とにかく熱くなってくると声が大きくなるのと共に、言葉の品も無くなってくる。なりふり構わず応援してくれる事を有難いと感じつつ、いつも周りの目を惹きすぎるので少し恥ずかしいのであった。
談笑しながら通学路を進むと、いつもの銀杏の木の下で瀬尾が爽やかに手を振っていた。
幸枝は同じように手を振って応える。
「おはよう多田さん」
瀬尾は近くで見るとさらに爽やかな男だった。それに性格もカッコいい。
「おはよう瀬尾君」
ちょっとはにかんだ笑顔を幸枝は見せる。
「クラス分けどうなるかな」
瀬尾は大志が気になっている事を代弁するかのように、いきなり切りだした。
「そうね。それが問題ね」
幸枝は瀬尾と大志と一緒がいいと欲張っていた。
それに関しては大志は微妙な立場だった。
あの時ビルの屋上から落ちていった幸枝を助けた時に、大志は自分の本心を知ってしまった。
瀬尾と同じ様に幸枝に恋心を抱いていたと言う事を。
大志は自分の気持ちに気付いてからも幸枝や瀬尾に対して何ら変わりなく接するよう心掛けていた。
おかしな能力を持っているだけの自分と瀬尾を比べても、幸枝に似合っているのはどう考えても瀬尾だった。
俺はずっとゆきちゃんに甘えてきただけの幼馴染だからな……。
瀬尾と楽しをうに話をしている幸枝の間に割って入って行こうとは思わなかった。
「せーんぱい」
トンと背中を叩かれて大志は振り返る。
「幸枝先輩もおはようございます。それとそこの人も」
何か恨みでもあるのかと勘繰ってしまうほど、晴香は瀬尾をおまけ扱いした。
それでも瀬尾は晴香に爽やかな白い歯を見せる。
「おはよう。戸成さん」
やっぱりカッコいい奴だ……。
ちょっと素敵だなと見習おうと思った。
「先輩ちょっと来て」
晴香は大志の腕を取り強引に連れて行く。
「何だよ。またなんか思い付いたか?」
「大正解!」
適当に言ったつもりだったが当たりだった様だ。
「今日は下校時間、滅茶苦茶早かったですよね」
「まあそうだったかな」
「帰ったら先輩の家でミーティングね。あ、幸枝先輩も呼んどいて」
「俺んちで? いきなり?」
「そう。いい事思いついちゃったんだ」
新学期早々の急発進をしようと楽し気に笑う晴香を見ていて嫌な予感しかしなかった。
クラス分けは幸枝の思った通りにはいかなかった。
「へへへへ」
隣の席に座った幸枝が大志に楽しげに笑いかける。
三年二組。大志は幸枝と同じクラスになり、瀬尾は四組に落ち着いたのだった。
担任の先生は三十代独身の先生で斎藤茂という数学教師だった。
結構シャイな性格で、少し女子生徒に甘い教師だった。
甘いと言ってもえこひいきしているという訳ではなく、女生徒と話すのがやや苦手で、男子生徒ほど気兼ねなく注意したりできないような性格だという印象だった。
その点に関しては大志も、幸枝と晴香以外の女生徒はやや苦手だったので、担任の心境は分からないでもなかった。
席順で生徒の自己紹介が始まった。
どのクラスも新学期にする恒例のしきたりみたいなものだ。
起立して名前だけを口にする者もいれば、そこそこプロフィールを公開する者もいる。
大志は勿論、「丸井大志です」以外何も言う予定は無かった。
それにしても……。
大志の隣の席に幸枝と自分を挟むように座っている女生徒。
こんな子いたっけ?
一度見たら絶対忘れないだろうという、いわゆる美少女だった。
色白の透明感のある肌に誰もが振り返りそうな整った顔立ち、艶のある綺麗な長い黒髪が印象的だった。
眼の大きな子だな……。
横目で観察していると不意にこちらを向いた。
大志は慌てて目線を逸らす。
びっくりした……。
大志は幸枝や晴香と話す時の様には、見ず知らずの女生徒と上手くコミュニケーションをとれる自信は無かった。
自己紹介の順番が回ってきて隣の黒髪の女生徒が席を立った。
大志は首を横に向けて女生徒を見上げる。
長い艶のある黒髪がふわりと揺れた。
「黒川仁美です。隣町のT高校から転校してきました。皆さんよろしくお願いします」
少し上品な口元から出て来た涼しげな声と、あの生意気なよく通る声を何故か大志は比べてしまっていた。
あれ? 何であいつと比べてるんだ?
大志はその事に気が付いてから首をひねったのだった。




