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加速する世界ふたたび  作者: ひなたひより
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第19話 裏腹の冷たさ

 黒川仁美は自室のベッドで幸枝に送ってもらった写真を眺めていた。

 ため息を一つついてベッドに仰向けになる。

 昨日から今日にかけて、仁美は大志に何度か仕掛けようとしていた。

 二人きりになるために、入念に計画を立て準備したはずだった。

 一緒に帰ろうと誘いをかけておき、柔道部の顧問、坂口に部活をさせない様に予め暗示を与えておいた。

 そしてあの二人、多田幸枝と戸成晴香にも予め大志に近づけない様に手を打っておいた。

 多田幸枝には、暗示をかけておいた瀬尾を差し向け、先に一緒に帰るように仕向けた。

 戸成晴香には、暗示をかけた二年生のイケメンに告白させた。

 彼氏でもできれば大志に関心を持たなくなるのではと考えたのだが、学年で一番人気の高かった男子に見向きもせず、あっさりとフッてしまった。

 お陰で昨日は空ぶって、失敗した時のために備えていた今日の放課後もまたあの女子二人に阻まれてしまったのだった。


「何やってるんだろ」


 口を突いて出たのはそんな一言だった。

 しかしその言葉には別に不満げなニュアンスは含まれていない。むしろ普段よりも少し明るい口ぶりだった。


 ウーン、ウーン。


 携帯が振動しだした。


「はい」


 仁美の声は通話ボタンを押した瞬間に、あの冷たい感じに変わっていた。


「すっぽかしたな」


 電話の向こうの声には明らかな苛立ちが含まれていた。仁美の双子の弟。歩実だった。


「悪かったわね。また失敗したわ」

「電話ぐらいしなよ」

「取り込んでたの。怪しまれないために仕方なかったのよ」

「嘘だね。俺が電話するまで掛けて来る気なかったくせに」


 落ち着き払っている仁美と対照的に、歩実の声は感情的だった。


「それで、あいつはどうだったのさ」


 仁美は電話の向こうの声に明らかに嫌悪感を見せる。


「丸井君とは一緒に帰った。途中でクラスメートと合流してしまって連れ出せなくなったのよ」

「仁美、ちょっと変だよ。やっぱりあいつの事、丸井君って呼んでるし」

「丸井君の事、あいつ呼ばわりしないで」


 仁美の口から強い言葉が漏れ出た。

 仁美自身、言ってしまってから戸惑いを浮かべる。


「普段接するときにそう呼び馴れてると、つい口にしてしまうかもしれないでしょ。普段から丸井君で統一したいの」

「分かったよ、その丸井君だけど何時になったら俺たちの物になるんだい? 加速能力者が手に入らなければ俺たちの計画は成り立たないのは分かってるんだろ」

「もう少し待って。近いうちにもう一度仕掛けるから」


 電話を切った後、仁美は目を瞑って大きく息を吐いた。


「丸井君……」


 その一言が心にさざ波を立ててしまう事に、仁美はもう気付いてしまっていた。



 晴香は自室で一人机に向かっていた。

 ノートパソコンで何かをしきりと調べている。

 晴香の机の上には携帯が置かれている。

 今日帰りに立ち寄ったタコ焼き屋で談笑していた会話を、晴香は全て録音していた。

 大志と幸枝が黒川仁美に対して、積極的に相手の事を探らなかったのは晴香も納得していた。

 二人の性格を考えると、仁美を悪意のある能力者だと思えないのは分かっていた。

 その事については晴香自身もそう考えていた。

 きっと何か事情がある。

 そう考え晴香は、大志たちにも気付かれない様に仁美の事を掘り下げて調べ始めたのだった。

 河合明日香から仕入れた情報の中に有った物と照らし合わせると、黒川仁美は一つだけ嘘をついていた。

 それは弟の存在だった。

 幸枝との何気ない会話の中で兄弟の事が話題になった時、仁美は自分の事を一人っ子だと言った。

 だが実際は双子の弟の存在を明日香から聞かされていた。

 恐らくそう言う事なのだろう。

 晴香は姉弟が示し合わせて、何か一つの目標のために大志を引き入れようとしているのだろうと確信していた。


 そうじゃないとあんなパッとしない先輩に黒川さんみたいなのが近づいてくる訳ないじゃない……。

 でも……。

 そうじゃなかったらどうしよう……。


 晴香の胸は揺らいでしまう。

 机の右端に置いた写真立てに写る何だか間の抜けた大志の顔。

 少し眺めた後、晴香はノートパソコンを閉じた。



 大志はそろそろ寝ようかなと思っていた時に晴香からLINEが入ってきた事に気付いた。

 ちょっと億劫だったが気になって開いてみる。


〈先輩今何してるの?〉

〈もう寝ます〉

〈まだ10時になってないよ、早すぎない?〉

〈いいだろ。俺の勝手だろ〉


「まただ」


 大志は電話の呼びだし音にそう呟いた。


「はい」

「もう、先輩文字打つの遅すぎ。どんだけ待たせるのよ」

「仕方ないだろ。悪かったな」

「まあいいわ。ねえ、今私どこにいると思う?」

「え? なんだ、またナゾナゾか?」

「そう言うんじゃないのよね。正解は先輩の家の前だよ」

「は? なんだって!」


 大志が慌てて窓を開けると、路上で自転車に跨った晴香を見つけた。

 二階の窓から身を乗り出している大志に向かって、晴香は手を振っている。


「何やってるんだよ」


 びっくりしつつも携帯越しに尋ねた。


「いいから降りてきてよ。あ、出かけるから着替えてきてね」


 慌てて大志は寝間着を着替えてジャージ姿で家から出て来た。


「おい、正気か? こんな時間から何しようってんだ」

「こんな時間だからよ。早速行くわよ」


 晴香はやる気に満ち溢れている。


「で、どこで何するわけ?」

「学校に忍び込んで資料を漁るの」


 楽し気にとんでもない事を言いだした晴香に、大志は冷たい視線を送る。


「勘弁してくれよ。おまえの頭の中どうなってるんだ」

「なによ。私は先輩のために動いてあげているのよ。その言い草は無いでしょ」


 やはり晴香のペースになってきた。


「学校に忍び込んで何すんだよ?」

「先手を打つために、聞き込みでは不十分な情報を手に入れとくのよ」

「学校にそんなもんがあるのか?」

「生徒の個人情報。予めちゃんと調べといた」


 常識はあまり無いにしても、やっぱり行動力は天才的だ。あらためてそう思った。


「気が進まないなぁ。女の子のプライバシーの覗き見なんて……」

「綺麗ごと言ってんじゃないわよ。死活問題なんだから」

「分かったよ。気は進まないけど……」

「いいから早く自転車出してきて。先輩のペースに合わせてたら徹夜になっちゃう」


 そうしてしぶしぶ自転車置き場から出してきた自転車に乗って、大志と晴香は薄暗い街灯の照らす道を学校へと向かったのだった。

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