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加速する世界ふたたび  作者: ひなたひより
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第18話 辛い距離感

 晴香が機嫌よく先陣を切って入ったタコ焼き屋には、案の定先客はいなかった。

 大志は予想通りだと思っていたが、恐らく晴香の狙いはその辺りにもあったのだろう。

 狭い飲食コーナーは四人が座れるぎりぎりだったので、もしこの後誰かが来たとしても持ち帰り以外に選択肢はない。完全に仁美を閉鎖空間に取り囲むつもりみたいだった。


「先輩。みんなで四人分頼んでください。黒川先輩もそれでいいですよね」


 訊かれて仁美は頷いただけだった。


 やっぱり俺が出すのか……。


 大志はもう覚悟はしていたのでおばちゃんに声をかけた。


「あいよ。四人前ね」


 仁美は狭い席で膝を突き合わせることに慣れていない様で、明らかに緊張しているみたいだった。


「私、報道部二年の戸成晴香です。宜しく」


 早速自己紹介をして、晴香は仁美の顔をあなたの番ですよとじっと見る。仁美は目を泳がせながら小さな声で自己紹介をした。


「黒川仁美です……」


 何となく距離の近さもあってか、相当居心地悪そうだった。


「ねえ、黒川さん、この間の観光牧場の写真見る?」


 幸枝が携帯を出して、仁美に見えるように画面を向けた。


「これが一番かな。黒川さんとワラビー。大ちゃんが撮ったやつ送ってもらったの。どう?」


 仁美は画面をじっと見て、おずおずと口を開いた。


「こんな感じだったんだ……」


 相当いやいや触りにいっている自分を見て少し可笑しかったみたいだ。


「モルモットの時はもっと凄かったんだよ。こんな感じ」


 幸枝は画面をスライドさせて問題の写真を見せた。


「プッ」


 晴香が先に吹き出した。

 そこには顔を背けながらも必死にモルモットを撫でている仁美の姿があった。

 仁美は恥ずかしかったのか頬を染めてしまった。しかし我ながら面白かったらしい。その口元には笑みが浮かんでいた。


「黒川さんは頑張ったよ。六種類、全部の動物を撫でまわしたんだから」

「そうよね。私も感心しちゃった。そんなに苦手みたいなのにやりきったのって偉いわ」


 幸枝にそう言われて、仁美はちょっと嬉しそうだった。


「黒川さんと周れて良かった。次に遠足が有ったら今度も一緒がいいな」


 幸枝の言葉に仁美はハッとして顔を上げる。


「ありがとう」


 仁美の口から自然と出た言葉だった。


「焼き上がったよ」


 おばちゃんに呼ばれて大志は立ちあがる。

 そして小さなテーブルの真ん中に四人分のたこ焼きを置いて、大志はこう言うのだった。


「滅茶苦茶熱いよ。火傷しないようにね」


 いただきますを言って食べ始めた四人の中で、晴香と仁美は注意したにもかかわらず舌を火傷した。


「言わんこっちゃない」


 大志は二人に冷たい水を入れてやったのだった。



 大志は結果的に皆でタコ焼き屋に足を運んだ事を最良だったと感じていた。

 仁美はあの河合明日香が言っていた事、女子とは絶対に話をしようとしないというのを大志の目の前で覆して見せた。

 それは晴香の立てた強引な計画に、幸枝という特別な存在が噛み合ったからだろう。

 幸枝は不思議な女の子だとあらためて大志は思っていた。小さい頃から大志の手を引っ張って前に進むことの大切さを教えてくれた幸枝の存在は、今目の前の仁美にも特別な変化を起こさせているように見えた。


 やっぱりゆきちゃんはすごいや……。


 大人しいながらも笑顔を見せ、何気ない会話をしている仁美を見て大志はそう思うのだった。

 晴香の言うように、仁美は恐らく何かの能力者なのだろう。しかし友達と他愛ない話で盛り上がるどこにでもいそうな女子高生が、その力を悪用しようとしているとは到底思えなかった。

 きっと何か事情があって自分に近づいたのではないだろうか、大志はそんな事を考えながらたこ焼きを頬張った。


「黒川さんさえよければもっと学校の周りとか案内するよ。大ちゃんも私も結構色々探検して知ってるんだから」

「俺もおまけでついてくよ」


 大志は少しだけ躊躇いを見せる仁美の背中を押してやった。


「あ、うん。じゃあ今度……」


 恐らく勇気を振り絞って漸く言えた一言。

 そんな仁美の気持ちの揺らぎが伝わってきた。


「この前の写真みんな送ってあげるね。お友だち登録させてくれる?」


 幸枝の言葉に仁美は頷いた。


「仁美ちゃんって呼んでいいかな」

「うん。私は何て呼ぼうかな……」

「ゆきちゃんでいいよ。大ちゃんもそう呼んでるし」


 仁美は恥ずかしそうに、やや下を向きながら口を開いた。


「ゆきちゃん」


 この時、仁美を囲んでたこ焼きを食べていた三人は思っていた。今は余計な詮索はしないでおこうと。

 友達同士で寄り道したタコ焼き屋は、きっと今だけは特別な場所なのだと大志は思うのだった。

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