第14話 女子だけの話
「すみません。何だかご馳走になっちゃって」
河合明日香は申し訳なさそうに大志にぺこりと頭を下げた。
コンビニの飲食コーナー。
狭かったが4人で陣取るには丁度良かった。
晴香は取材に協力してもらうんだからと、明日香の飲み物を大志に奢らせたのだった。
そして晴香と幸枝の分も大志持ちだった。
「先輩がだらしないから協力してるんじゃない。当たり前でしょ!」
やや切れ気味に言われ、しぶしぶ財布を出したのだった。
明日香には前もって黒川仁美のクラスメートだという事を話しておいた。
携帯で撮った仁美の写っている観光牧場の写真を見せたら安心して付いて来てくれたのだった。
「仁美は元気にしているんですか」
明日香は晴香が質問しようとする前に訊いてきた。
大志は大きく頷いて応える。
「ええ、観光牧場でみんなと楽しそうに周ってましたよ」
「男子とでしょ?」
「え?女子と男子混成の班です。ここにいるゆきちゃんも一緒ですよ」
それを聞いて明日香は驚いた様な顔をして幸枝に向き直った。
「あの子と話をしたんですか?」
幸枝は不思議そうな顔をした。
「ええ。でもそれ普通ですよね」
「そうですか。あの子があなたと……」
明日香は口元に笑みを浮かべて大きく息を吐いた。その姿は大志には安堵している様に映った。
「あの子はてっきり、もう男子としか口を利かないのだと思っていました」
「何か事情が有りそうですね」
そして晴香は本題に入った。
「黒川仁美さんについて知っている事、話してもらえませんか」
「仁美の……いいですけどあまり話すべきではないかも知れません。デリケートな事ですから」
河合明日香はチラと大志に目を向けた。それが何を意味しているのか鈍い大志でも察しがついた。
「先輩」
晴香が大志に目で合図を送った。
「ああ、うん」
「外で待ってて」
「はい。分かりました」
大志はそう言われてコンビニから出て行かされた。
デリケートな事って何なんだろうな。
大志は黒川仁美の事を思い出していた。そしてこの不可解な事の発端が仁美でない事を願っていた。
隣町の高校からバスに乗って戻って来た後、遅くなったので詳しい事は明日ミーティングしようと言う事になった。
辺りはすっかり薄暗くなり、街灯の明かりが町を落ち着いた光で照らしていた。
晴香と分かれて帰路に就く二人だったが何故か今日は口数が少なかった。
大志は当然仁美の事が気に掛かっていたが、幸枝と瀬尾の事も同じ様に気になっていた。
そして大志は幸枝にその事を話しておこうと思った。
「ゆきちゃんさ……」
大志が口を開くと幸枝はクスリと笑った。
「また瀬尾君の事でしょ」
先に言われてしまった。
「大ちゃんはいっつもそう。私が大ちゃんや晴香ちゃんと行動していると心配し始める。子供じゃないんだからやめてよね」
「うん。まあゆきちゃんの言う通りなんだけど……」
大志は行動を読まれている事に苦笑いしか出なかった。
「でも私も人の事言えないかな」
晴香は大志の隣で暗くなった空を見上げる。
「何でかな……大ちゃんの事気になるんだ……」
「え?」
大志の胸が今ドキリと鳴った。
「なんだかね、私ちょっとおかしいのかな」
幸枝は大志がさっきした様に苦笑いを浮かべた。
「黒川さんの事、大ちゃんから聞いたときに変な気持ちになっちゃった。何て言うんだろう……ちょっと口では言い表せない様な……」
大志は幸枝の言葉にただ驚いていた。もしかして大志が幸枝に抱いていた感情を幸枝も持っているのではないかと……。
「大ちゃんは黒川さんの事どう思ってるの?」
幸枝は真正面から訊いてきた。その答えを大志自身未だ用意していなかった。
「俺は……分からないいんだ。第一俺の勘違いって事も有るわけだし、黒川さんが俺みたいなパッとしない奴に……まさかね」
「そんな事無いよ」
幸枝の声は力強かった。
「大ちゃんは十分素敵だよ。私は知ってるの」
大志は顔が熱くなってきたのを感じた。
同時に胸の鼓動が大きく早くなっていくのを感じた。
「そりゃどうも。ゆきちゃんはいつもそうやって自信をつけてくれるよね」
「私、今のはそんなつもりで言ったんじゃない」
大志の掌に暖かなぬくもりが滑り込んできた。
「ど、どうしたのゆきちゃん」
「昔どこへ行くのもこうして手を繋いでたよね」
幸枝は大志の手を握っていた。
「いつの間にか手を繋がなくなった。でもこうしているのが当たり前みたいな気がするんだ」
「ゆきちゃん……」
大志は戸惑いの中で胸の痛みをまた感じていた。
「私、おかしいよね。瀬尾君の事きっと好きなのに、いざ大ちゃんを好きだっていう人が現れたら変な気持ちになってる」
幸枝の口から大志が瀬尾の出現に抱いていた感情と同じであろう物が語られているのを耳にし、大志は胸の奥が疼くのを感じた。
それはあえて痛みの種類で分類するならば、暖かさを伴う疼痛であるという表現が適切だった。
「誰かに大ちゃんを取られたくないって、そんな事考えてる……本当に私っておかしいの」
大志は細く小さくなっていく幸枝の言葉をただ聴いている。
「ごめんね……」
幸枝は小さく言ってから目を伏せた。
大志の胸の奥からかつてない程、抑えていた気持ちが出てこようとしているのを感じていた。
もし、今それを口にしてしまったら……。
もう暗くなった人通りのない川沿いの道。
大志が幸枝といつも並んで歩いた夕日の美しい通りだった。
今は一人で少年野球の練習を眺めながら通り過ぎるだけの道を、また二人で歩きたい。そう憧れた。
もし、今それを口にしたなら引き返すことは出来なくなる。
この分かれ道を先に進めばきっと君を傷つけてしまうんだ。
大志は深く草いきれの匂いを吸って、ゆっくりと吐き出した。
「ゆきちゃん。きっとそれはしっかり者のゆきちゃんが頼りない俺を心配してくれてるんだよ」
大志は幸枝に優しい笑顔を見せる。
「俺は大丈夫だよ。ゆきちゃんはもう俺の事を心配しなくていいんだ」
そして大志は自分から幸枝の手を放した。
「もういいんだ」
自分の口から出たひと言がこれほど痛いのかと、大志は唇を噛んだのだった。




