第13話 加総研出動
大志の口から昼休みの事を聴いた後、三人は変な雰囲気になっていた。
「それで……どうなの、黒川さんとその……」
幸枝は何だか聞きたいような聞きたくないような感じに見えた。
晴香は黙りこんだまま大志の様子を見つめている。
「それはまあ、ちょっと整理できてなくって何とも言えないんだけど、今話し合いたいのはそっちじゃなくって俺の行動がおかしくなってた事だよね」
「そうだけど……」
幸枝は大志の女性関係について気になっている様だ。
「先輩のときめき話は置いといて不可解な問題を解決しましょうよ。原因は黒川仁美にあると見ていい訳でしょ」
「そうかな? 黒川さんにそんな怪しいところなんて無かったけど……」
大志がすぐに仁美を庇おうとしたのを晴香は一睨みする。
「先輩の意見はこの際却下。主観が入り過ぎてるから正確な判断が出来ないでしょ。客観的事実に基づいて捜査を開始します」
何だか加総研っぽくなってきた。
「いいですか。黒川仁美は先輩がおかしくなる前に接触した最後の人物です。彼女の行動で何か不審な点はありませんでしたか?」
「無いな。最初から最後まで純真無垢な感じだった」
「やかましい!」
そのデレッとした感じが気に入らなかったのか晴香は一喝した。
「黙ってろ! オタンコナス!」
もう誰も使わなくなった骨董品の罵声を浴びせた。
「幸枝先輩はどう思いますか?」
「そうねえ、黒川さんの事そこまで知ってる訳じゃないから、何か関係が有りそうとか分からないな」
幸枝にはあの観光牧場を一緒に周った大人しい仁美を疑う事が難しかった。
「私は黒川仁美が何かをしたのだと確信してます。先輩の様子から察すると催眠術の類かと考えるのが妥当でしょう。ちなみに先輩はお昼からさっきまでの記憶はあった訳?」
「覚えてるよ。でも自分で何かやってたという感じじゃなくって、ノートを取ったりするのもただ視界に入ってたものに対応していただけって感じかな」
大志の話を聞いている限り、催眠術にかかっていたというのが濃厚な感じだった。
「黒川仁美が先輩に催眠術をかけていた様子は無かった? コインを目の前でぶらぶらさせたりとか?」
「それをされたら絶対気付くだろ。戸成に質問される前に催眠術かけられましたって申告してるよ。でも確かに吸い込まれそうな綺麗な目をしてたな……」
大志は思い出したのか鼻の下を伸ばしてポッと紅くなった。
催眠術じゃなくってただの重度の色ぼけかもと、そのだらしない顔は感じさせた。
「はい、ここまで!」
晴香はそこで話を切って立ち上がった。
「ここで話し合っても埒が明かないみたいです。私は黒川仁美の事を調べるために出かけますので、今日の所は解散しましょう」
大志は部屋を出て行こうとする晴香を引き留めた。
「俺も行くよ。一人じゃ心配だ」
「じゃあ私も」
二人は晴香の後に続いた。
「いいですけど、私のやり方に従ってくださいね」
そして加総研は出動したのだった。
黒川仁美が通っていた高校。
堂々と校門から入っていこうとする晴香を大志と幸枝は止めた。
「いくら何でも他校にいきなり乗り込むのはどうかな」
晴香は戸惑いを見せる二人を振り返り、何言ってんの? という顔をした。
「ここまで来て学校に潜入しないってどうゆう事?」
そして晴香はずかずかと校内に遠慮なく入っていく。
「ちょっとそこの人」
どう考えても通りがかっただけの男子生徒に晴香は声をかけた。
男子生徒は他校の制服の三人をやや訝し気に見ている。
「つかぬ事をお伺いしますが、黒川仁美さんってご存じですか?」
男子生徒の表情が変わった。
「黒川仁美さんなら転校したよ。三年になったらもういなかった」
いきなり情報源と接触できた。
「私、現在黒川仁美さんが通う高校で報道部をしている者です。黒川仁美さんについて色々取材しているんですけど、お話しお聞かせ願えないでしょうか」
晴香はイケイケの滑らかな口調で男子生徒を引っ張って行った。
「それで何の取材なの?」
男子生徒はまだ少し警戒しているように見えた。
「とっても綺麗な方ですよね。黒川仁美さん」
「あ、そ、そうだね」
男子生徒の表情の変化を晴香は見逃がさない。
「彼女毎年学園で選ばれるミスY高の最終選考候補に上がったんです。今色々彼女のプロフィールを調べていますの」
「そうだったの。黒川さんがミスY高か……やっぱりね」
男子生徒は少し頬を染めている。
晴香は鞄からボイスレコーダーとメモを取り出した。
「知っている範囲でお聞かせください。まずどのような方でしたか?」
インタビュー形式になってやや緊張したみたいだったが、男子生徒は協力的になってくれた。
「黒川さんは君たちの学校でもそうなんだろうけど、学園のマドンナだったよ。清楚でおしとやかで男子生徒はみんな黒川さんの事意識してたんじゃないかな」
「あなたもその一人ってことですよね」
「いやだなあ。まあそうかな。でも彼女にふさわしい男なんてこの学校にはいませんよ」
男子生徒のあからさまなその口ぶりに、相当熱を上げていた事が伺えた。
「女子生徒とも上手くやってましたか?」
晴香は恐らくそちらの質問をしたかったのだろう。
男子生徒の滑らかだった口の動きが止まった。
「どうされました?」
「いや、黒川さんは悪くないんだ。彼女はただ普通にしていただけなんだけど、周りの女子は何というか……」
「やっかみですか」
晴香は男子生徒の言おうとしていた事を先に言った。
「そうなんだ。どうしても男子に人気のある黒川さんに皆やっかんで冷たく当たっている感じだった。見ていて何か力になってあげたかったよ」
「それでもいくら何でも女子の友達が一人もいないって事は無いですよね」
「ああ、まあ俺の知る限りあの子だけかな」
「それはどなたでしょう?」
「陸上部の子で、河合さんっていう子がいるんだ。中学の時から一緒だったらしいよ」
晴香はそこまで聞いてすぐにインタビューを切り上げた。
「お忙しいところをありがとうございました。申し訳ありませんが私たちがここに来たことは他言無用でお願いします。最終選考前ですので候補者の平等性を保つのにご協力ください」
男子生徒は快く了承して帰って行った。
「お前よくそんなに有りもしない事がスラスラ出てくるな」
大志は晴香の突破力にまた感心させられた。
「恐ろしい子だわ」
幸枝は感心しつつもやや引いていた。
「それでさっき言ってた陸上部の子の所に聞き込みに行くわけだな」
「勿論行きますよ。その前に手分けして情報を集めたいと思います。部活の終わる時間まではまだ少し有るんじゃないかな」
そして晴香は大志と幸枝にこれからすべき事を指示した。
晴香は一応は加総研の部長だったが、その名に恥じないリーダーシップを発揮しだしたのだった。
大志は男子生徒を掴まえて、幸枝は女子生徒に、そして晴香は学校の先生に話を聞いて周った。
それぞれが得た情報は後日ミーティングで出し合うとして、最後に大事な仕事が残っていた。
集合した中庭で晴香たちは陸上部の部員たちが通りがかるのを待っていた。
そしてジャージ姿で下校しようとしていた女生徒に晴香は声をかけた。
「陸上部の方ですか?」
「そうだけど」
「河合さんてどの方でしょうか」
「ああ明日香の事ね。あの子なら今着替えてるわ」
ジャージ姿で帰ろうとする生徒の中に、何名か制服に着替え終わった女生徒が混ざり始めていた。
「あ、丁度出て来た。あの子よ」
「ご協力感謝します」
晴香はあっさりと礼を言って会釈した後、標的の娘に向かて走り出した。
「そこの方!」
猛ダッシュで駆けてきた晴香に、制服を着た女生徒はやや逃げ腰になっていた。
「私?」
「そうそこのあなた。河合さんですよね」
晴香に目を付けられたらもう逃げられない。大志はその事をよく知っていた。




