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加速する世界ふたたび  作者: ひなたひより
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第12話 美少女の正体

 少し小雨がぽつぽつ来だした夕刻の通学路を一人の黒髪の少女が歩いている。

 少女は一旦立ち止まり物憂げな空を見上げて鞄の中から紺色の折り畳み傘を出して開くとまた歩き出した。

 雨脚が少しずつ強くなった頃、少女はやっと目的の店の中へと入った。

 夕刻のコーヒーショップに客の姿は少なかった。

 黒髪の少女、黒川仁美は待ち合わせの時間が少し過ぎているのを気にしながら店内を見渡した。


「ここだよ」


 先に来て待っていた少年が手を振る。

 仁美の通う学校のデザインと違う少し明るめな制服を着たその少年は、一目いちもくしてすぐに分かるほど仁美の顔立ちと似通っていた。

 二人は双子だった。

 二人そろって街を歩いたとしたら、きっと自然と注目を集めるだろう。

 仁美はカフェラテを注文し受け取った後、少年と向かい合って腰を下ろした。


「失敗したみたいだな」


 仁美と似通った涼し気な目をした少年は、がっかりした様な態度を取った。


「見た通りよ」


 仁美は表情を変えずにカップに口を付けた。


「自信ありそうな事言っといて期待外れだよ」

歩実あゆみには分からないよ。私の苦労なんか」


 大志と話すときの様な涼し気な声では無く、冷たさを孕んだ声だった。


「丸井大志って言ったっけ」

「そうよ」


 仁美はそっけなく答える。


 歩実と呼ばれた仁美に似た少年は、椅子に座りなおすと興味深げに身を乗り出した。


「どんな感じなの? 詳しく教えてよ」

「前にも言ったじゃない。背が高くて童顔で口下手だって」


 美しいその目元に質問に対する不快感を滲ませた事で、少年のしつこさに嫌気がさしているのを分からせようとしているかに見えた。


「だいぶ親密になったんだろ。もっと色々分かった事とか有るんだろ」


 歩実の追及に仁美の口は重たそうだった。

 どう見てもその話をあまりしたくないように見えた。


「どうしたんだい。仁美らしくないな」


 仁美は少し冷たすぎる程の目で歩実を見据えた。


「あなたの言う私らしいってどんなのかしら」


 澄んだ瞳の奥には言いようのない深い闇が棲んでいる様だった。

 歩実はそんな仁美の様子を察して、それ以上訊こうとはしなかった。



 仁美は普段冷徹なほどの冷静さが自分には有るのだと自負していた。

 しかし自分でもどうしてなのか分からない程、感情が表に出てしまっていた。

 何故なのだろう。

 完全に丸井大志を惹きつけたはずだったのに、誘いに乗らず部活に行ってしまった。

 仁美にとって大志は今まで出会った男達とはまるで異質なタイプだった。

 やたらと不器用で、やたらと親切で、やたらと人の事で悩んでる。

 何故そんな風に振る舞えるのだろうか。

 そして仁美にはもう一つ大きな大志に対する「何故?」があった。

 仁美は大志が特別な人間である事を知っていた。


 加速能力者。


 絶対的な能力を持ちながら何故あのような人間臭さを持ち合わせ、いつもふうふう言いながら毎日を送っているのだろうか。

 あの力さえあれば何だって出来るというのに……。


 仁美は大志と同じ能力者だった。

 条件さえ整えば相手の心理をコントロールし思いのままに操る能力が仁美には有った。

 そして自分は特別な人間なのだという自負が有った。


 仁美が能力に目覚めたのは高校生になってすぐだった。

 幼少の頃から人と上手くコミュニケーションを取れない精神的な障害を抱えていた仁美は、双子の弟の歩実以外とは殆ど接点を持つことなく生きてきた。

 周りの大人もクラスメートもそんな仁美をそういう娘なのだと認識し近づいてくるものは殆どいなかった。

 だが高校生になって周囲の環境が入れ替わったときにそんな仁美の事を全く知らない一つ上の男子生徒が声をかけてきたのだった。


「君、可愛いね。新入生だよね」


 仁美は通路を塞ぐように話しかけてきた男子生徒を見ようともせず通り過ぎようとした。


「ちょっと待ってよ。部活まだ決めてないんなら軽音部に入らない?」


 男子生徒は構わず行こうとする仁美の腕を掴んだ。

 反射的に声が出たのは自分でも意外だった。


「放して!」


 男子生徒はすぐに手を放した。

 しかし何だか様子が変だった。

 仁美に向かって焦点の合わない目を向けたまま突っ立っている。

 今まで自分の考えで動いていた物が人形になってしまったかに見えた。

 仁美は気味の悪い男子生徒を置いてその場を離れた。

 だがそれで終わりでは無かった。

 次の休み時間同じ場所を通りがかるとさっきの男子生徒が同じ立ち姿でそこにいたのだった。

 仁美は気味が悪かったがそこを通らないといけなかったので避けるようにして通り過ぎようとした。

 そして気付いた。

 男子生徒は仁美の姿を目で追っていた。

 まるで命令を待っているロボットの様に。

 どうしてその時普段は人とかかわりを持たないようにしていた仁美がそうしたのかは分からない。

 仁美は立ちすくむ男子生徒に向かってこう言ったのだった。


「立ち去りなさい」

「はい……」


 男子生徒は返事をした後、自分の教室へと戻って行った。

 仁美は自分が何か特別なものを持っているのに、この時気付いたのだった。



「今日あった事だけでも教えてよ」


 歩実は仁美の機嫌を損ねない様に穏やかに言った。

 仁美は今日の事を思い返す。


「丸井君には昼食の時に仕掛けて成功した筈だった。なのに……」


 仁美は納得がいかないという表情で話を続ける。


「放課後、私に付いてくるように指示したのにそのまま真っすぐ部室に入って行っちゃったの。引っ張って来る訳にもいかず今日の所は諦めたって訳」

「じゃあ仁美の術から自力で覚醒したって事?」


 歩実は信じがたいと呟いた。


「そうじゃなかったと思う」


 仁美は大志の様子を思い出しながらまた首を傾げた。


「精神支配されたままで私の指示に従わなかった。どういう事なのかしら……」


 今まで一度も破られた事が無かったので、ただただ不可解だった。


「なあ仁美」

「なに? ちょっと今考え事してるんだけど」

「つまんないこと聞いていい?」

「なによ?」


 歩実は本当に些細な事を訊いてきた。


「丸井大志の事、なんで丸井君って呼んでるの? この前まであいつって呼んでたよね」

「それは……」


 指摘されて仁美はようやく気付いた。いつの間にかあの少年を丸井君と呼んでいた事に。

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