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加速する世界ふたたび  作者: ひなたひより
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第11話 心ここに無し

 一時間目の古典の授業中、大志は窓の外の曇った空を見ながら少し考え事をしていた。


 戸成のお母さんが言ってた写真って結局なんだったんだろうな……。

 何だか俺が写ってたとか言ってたけどまさかね……戸成は否定してたし、ひょっとしてあいつ好きな奴がいて、そいつの写真を飾っていたとか……。


 想像して大志は何だかもやもやしてきた。


 そりゃまあそういう事が有っても不思議ではない。あいつだってあんなんだけど年頃の女の子だし。好きな奴の一人ぐらいいたっておかしくない。

 でもそれっていったい誰なんだろうな……。


 大志は余計もやもやしだしたので黒板に目を戻した。

 そしてびっしり埋まった黒板の文字を見て、慌ててノートをとりだしたのだった。



 母が朝から忙しかったので弁当を作ってもらえず、大志は久しぶりに学食を求める列に並んでいた。

 以前ここに並んでいた時、大志の前に市川が同じように並んでいた事を思い出す。

 加速能力を自分の欲望に任せて使い続けた人間が辿った末路は、今も病院のベッドの上だった。

 狂気に取り付かれた少年が飛び降り自殺を図ったと片付けられた一件。

 身を守る為だとは言え、加速能力を使い対抗した結果こうなってしまった。

 これからずっと消える事の無い後味の悪さを抱えていくしかない。

 大志はぼんやりとそんな事を考えてしまう。


 市川の勧めてくれた鳥丼は学食にしては旨かった……。


 自分の順番が回ってきた。メニューの鳥丼の札に目を向けはしたが、大志は日替わり定食を頼んだのだった。



 空いている席を探していると、一番端の席で黒川仁美が一人で食事をしていた。

 大志はオリエンテーリング以来、仁美とはまともに会話をしていなかった。

 仁美が最後に言ったあの言葉の意味を、どう受け止めればいいのか分からないのと、もし深い意味があったとしても、大志にはどうしていいのか分からなかった。

 そんな時に限って目が合ってしまうものだ。

 大志が仁美に気付いたタイミングで仁美も大志に気付いた。

 仁美が恥ずかしそうにはにかんで手を小さく振る。大志は仁美の前に座るしかなかった。


「前、いいかな」


 本当は別の所でゆっくり食べたかった。


「うん、どうぞ」


 仁美はちょっと嬉しそうにそう言った。


 やっぱり可愛いじゃないか……。


 大志はそんな風に考えている事を気付かれない様に、出来るだけ視線を日替わり定食にだけ注いで食べ始めた。


「ごめんね」


 唐突に仁美はそう口にした。

 大志は口の中におかずを突っ込んだまま顔を上げた。


「この間言った事、気にしてるんだよね」


 口の中におかずがパンパンに入っていたので、大志は首を横に振っただけだった。


「あれから丸井君口きいてくれないし……」


 大志は言いにくそうな事を必死になって口にしようとしている仁美に、早く応えようと口の中の物をコップの水で流し込んだ。


「いや、気にしないで。黒川さんの思い違いだよ」

「でも……」


 仁美がまだ必死で何か話そうとしているのを大志は止めた。自分の態度でこの目の前の少女を傷つけたのだとしたら、すぐに謝るべきだった。


「もしかしたら、その、自分がものすごい勘違いしてるんじゃないかって怖かったんだ。君みたいな綺麗な子が俺にその、何というか……」


 仁美は話しだした大志にじっと耳を傾けている。


「か、勘違いだろうけど、もしかしたら、こ、好意を持ってくれてたりしているのかなとか思っちゃって……」


 大志は下を向いて赤面した。もう昼飯どころでは無くなっていた。


「そんな訳ないよね。ハハハハ……」


 大志は言ってしまってから、思い上がりの大馬鹿野郎だと、恥ずかしくて顔を上げれなくなった。


「良かった」


 仁美の涼し気な声がうつむいたままの大志の耳に届く。

 大志は赤面したまま上目遣いで前を向いた。


「丸井君にちゃんと伝わってたんだ。良かった」


 大志はそれから定食を食べ終えれたのかも、食器を片付けたのかも、どうやって教室に戻ったのかも何にも覚えていなかった。



「はあーーー」


 息をするたび魂が出たり入ったりしていそうな大志を、晴香は怪訝な顔で眺めていた。


「もう何回目? ずーっとそんな感じだけど何か有ったの?」


 心ここに無しの大志に、晴香はまるでミーティングが進行しない苛立ちを見せ始めていた。

 放課後の部室。相変わらずやる気に満ち溢れた晴香と抜け殻だけの大志が何となく寛いでいた。


「ごめん、遅くなった」


 遅れて部室に顔を出した幸枝は、すぐに大志の様子がおかしい事に気が付いた。


「なに? どうしたの?」

「さあ? 幸枝先輩は何か知りませんか」


 幸枝と晴香は、ぼんやりしている大志を前に首をひねった。


「なんだか分からないけど、心がここにないのだけは確かね」

「また何かやらしい事考えてるのかな」


 晴香は口を尖らせて大志の頭を小突いてみる。


「せんぱーい」

「ああうん」

「ああうんじゃないって。先輩ったら」

「うんうん」

「ダメだこりゃ」


 あまりの反応の悪さに、晴香は女子高生の言わなさそうなあきらめの一言を吐いた。


「どうする?」


 幸枝は手強そうな大志を前に晴香と作戦を練りだした。


「ひっぱたいてみる?」

「晴香ちゃんがどうぞ」


 パーン!


「いたた」

「ごめん先輩、痛かった?」


 晴香は流石にやり過ぎたかと思ったのか、大志の頬に手を当てた。


「はーーー」

「ダメだこりゃ」


 一瞬元に戻ったかと思ったが、やっぱり抜け殻のままだった。

 そして晴香は持ち前の場当たり的な行動力で、色々試したのだがまるで駄目だった。


「これは重症ね。病気かな?」


 幸枝は本当に心配しだした。


「ホントお手上げです。何かいい手は……」


 しばらく悩んだあと晴香は席を立った。


「幸枝先輩ちょっとこちらへ」


 幸枝は何だか嫌な予感がしたが晴香の言うとおりにした。

 晴香は幸枝を大志の前に立たせると窓の外を指さした。


「ここから見えるあの銀杏の木を見ててください」

「あれを? どうして?」


 幸枝の言葉が終わらぬうちに晴香は行動した、


 バッ!


 幸枝のスカートが晴香の手によって思い切りめくり上げられた。


「キャーッ!」


 慌てて幸枝はスカートを押さえる。


「なにすんのよ!」


 真っ赤になって幸枝は流石に声を荒げた。

 晴香は幸枝の憤慨を無視して大志を注視していた。

 大志は幸枝の衝撃的な姿を見て飛び上がっていた。


「白……」


「白じゃないわよ!」


 次の瞬間幸枝は腕を振り上げた。そして勢いのある平手打ちが大志の頬を捉えていた。


「ごめん。やり過ぎた」


 二度も同じところをひっぱたかれて、大志の顔には見事な手形が付いていた。


「これって、俺、別に悪い事してないよね」

「そうだけど反射的につい……」


 幸枝は謝りながら濡れたハンカチで大志の頬を冷やしてあげていた。

 晴香は何となく機嫌が悪いものの、大志が正気に戻った事でほっとしている様だった。


「やっぱりこれで正気に戻った。思ったとおりだった」


 晴香は冷たい目を大志に向けている。


「とんだ下衆野郎だわ」


 不満顔のまま晴香はノートを広げてメモを取り始めた。


「先輩がおかしくなったら幸枝先輩のスカートを捲ればいいっと……そんで白に反応したっと」


 幸枝は何だかおかしな事をノートにとり出したのを見て止めようとした。


「それは記録しなくってもいいんじゃない? 馬鹿馬鹿しいというかなんというか」


 晴香は書き終えてから真面目な顔をして幸枝に向き直った。


「私もそう思いますけど先輩がそういった事にしか反応しないんだから仕方ないんです。幸枝先輩。こういう事も有りますんで今後下着は毎日白でお願いします」


 幸枝はその一言で赤くなったまま怒り出した。


「絶対いや!」


 大志は揉める二人を止めたかったが、自分に原因があるのを承知していたので口を挟めず黙って聞いていたのだった。



「それで先輩はいつからそんな感じになったの?」


 晴香はいつもの感じに戻った大志を問い詰めていた。


「ん-昼食のところまではいつもどおりだったんだけど」

「その昼食の時が怪しいわね。詳しく聞かせて」


 晴香に詰め寄られたが大志は何となくその事を言い出しにくかった。

 はっきりとではなかったが生まれて初めて女子から、しかも美少女から告白っぽい事をされたのを言い出しにくかった。


「なに? 何だか顔がだらしなくなってるんだけど」


 晴香は眉をひそめて大志の様子の変化を的確に捉えていた。


「いや、学食で食べただけだよ」


 短すぎる返事に今度は幸枝が眉をひそめた。


「この感じ、絶対何か隠してる」


 長年の付き合いは伊達じゃなかった。

 大志は出来る限りの平静さを保とうと息を整える。

 幸枝は大志の顔をじーっと見つめた。


「今必死で落ち着こうとしているわね」


 何もかもお見通しだった。


「誰かとお昼一緒だった。そんな感じね」


 言い当てられて大志の背中に冷たい汗が流れる。


「さあ、洗いざらい吐きなさいよ。吐いて楽になりなさい!」


 仁美だったら絶対に口にしないような下品さで晴香は迫った。

 大志はここで抵抗を諦めたのだった。

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