モテない俺がバレンタインの帰り道、学校一の美少女と鉢合わせした途端、周りが踊り出した
はぁ。結局何もないよな。あるわけがない。バレンタインデーなんてクソくらえだ。
高二のバレンタインの放課後、誰もいない教室を出た俺。何を期待していたんだろう。もともとモテないクセして、なぜに恋の日に期待をしていた?
恥をかかないようにさっさと帰ってしまえばいいものを。
俺はカバンを持って教室を出た。帰って録りためた美少女アニメでも見ようと足早に急いだのだ。
いつもの帰り道。突然、角から出て来た人とぶつかりそうになったので足を止めた。
「きゃっ!」
「あ! 大丈夫ですか?」
その人は尻もちをついて後ろに倒れていたので俺は手を差し伸べる。その人は俺の手を握った。
「ありがとうございます」
「いえ。こちらこそボーッとしてまして……はぁぁぁあああーーッ!」
よく見ると、その人は俺と同級生で学校一美少女と言われる、笹川亜衣さんだったので驚いた。
俺は顔を赤くして押し黙る。まさか憧れの笹川さんと手を繫げるなんて。
その時だった──。
俺たちの横を通り過ぎた、スーツ姿のサラリーマンが、歩道の真ん中でキレッキレのダンスを踊り出した。
後ろから来る、五人のランドセルを背負った小学生も、それにあわせてクルクルと回ってバックダンスだ。
俺は何がおこったか全然分からないまま、知らず知らずに笹川さんの手を握ったままだった。
その六人だけではなかった。服装の全然違う三人の人が新たに参加して踊り出したのだ。コック帽を被った細身の女性、郵便配達の中年おじさん、ピアスをいっぱいあけたチャラい若者。
こ、これって、伝えに聞くフラッシュモブってヤツでは?
そう思っていると、今度は今まで見ているだけだった老人たちが、大きくバク宙を決めながらダンスの中央に躍り出てきたーッ!
ま、まさか! 今日はバレンタインデー! ここにいる笹川さんが俺に愛の告白をするためにこんな大掛かりなことをしてきたのでは?
と、俺よりいくらか背が低い笹川さんへと視線を落とすと、笹川さんはニコリと笑ってダンスの中央へ向かう。
それと同じくして、同じ制服姿の女子二人が笹川さんに合わせて踊り出す。
これはーッ! 確定でしょ。えー! 笹川さん、俺に気があったんだぁ! うわぁ~。ドキドキするぅーッ!
大勢のダンサーたちは笹川さんのダンスをより映えるように踊る。
笹川さんはまさに妖精だ。こんな美少女に電撃的なサプライズを受けるなんて! 俺は今日からリア充の仲間入り。ありがとうございます! ありがとうございます!
その時だった。ダンサーの集団が中央から二つに分かれ、その間を笹川さんが開脚しながら後転してゆく。
……あの~。パンツ見えてます。
一番最後列まで行って見事な着地。笹川さんはそこで体操選手のように空に向けて手を広げた。そのまま、後列に控えていた人の手を取って、こちらに進んできた。
その人は、幼なじみの風子だった。いやいやいや。片手にチョコの箱らしきものを持ってるけど、ちょっと待て!
──え、風子なの?
風子は耳まで真っ赤にしてモジモジしているが、問題はそこじゃない。
告白は笹川さんじゃないの? 風子? だったら笹川さんがセンターに立っちゃダメでしょ。誰なの? このフラッシュモブを企画したのは。
そりゃ風子だって可愛いですよ。でもね、笹川さんと並んじゃ霞んじゃう。
こちとら、笹川さんから告白受けると思ってるから気分は最高潮。それが風子となると、若干のそれじゃない感。
いやいや風子でいいんだよ。なんだったら俺だって風子に長い間思いを寄せていたほうだよ。今日の放課後の教室だって風子が来たらと期待をしてた。
だけど、笹川さんのフラッシュモブで全てが塗り替えられるほどインパクトが強かったんだよ。こっちはもう笹川さん待ちだったんだからよ。
それが風子。
今日の夕飯ステーキ焼くよ! って言われてたのに、帰ってきたらカレーだった。みたいな。カレーも好きだよ? カレーも好きなんだけど、もう口の中はステーキ待ってた。みたいなみたいな。
「おめでとー」
「幸せになってねー」
うぉい! モブども! なんなのその歓声。まだこっちはチョコ受け取ってねぇし。強制的に成功の流れ作んじゃねぇよ!
「ゴメンね健斗。こんな流れになっちゃって。亜衣に恋愛相談したら、これが一番盛り上がるって言われて……」
いや盛り上がるには盛り上がったけど。つーと企画したのは笹川さんね。可愛い顔して、人様の告白に自分が目立ったってワケね。くぬぅ。
「キース。キース。キース。キース」
なんなの? このモブたち。結婚式の二次会じゃないんだよ? まだ告白も受けてないのにキス出来るわけないでしょう?
うぉい! 風子が目を閉じて唇を突き出してるよ。どうなってんの? これが今の常識? 変なのは俺だけ?
現在の状況をまとめますと……。
一、モテない俺。
二、笹川さんに出会った途端、始まったフラッシュモブ。
三、風子が出て来て、チョコを持ってた。
四、キスをせがまれてる。(周りも囃し立ててる)
やっぱり変だ。一と二と三まではまだ許せても、三と四の間にさすがに抜けがあるだろ。
チョコ出して、「健斗。好き!」「俺も」「ピーピー」「ヒューヒュー」「私は笹川だけど、ちょっと妬けるわね」。そんな流れがあってしかるべき。
まさかこれは……、夢?
「さよう。起きよ、勇者よ! これぞ魔王のまやかしなのだ!!」
神の声で目を覚ますと、そこは魔王の城。そうだ。俺は最終決戦に挑もうとして魔王の城に入り……、幻を見せられていたんだな。
風子との楽しい夢を。
魔王を倒せば、風子を取り戻せる!
「待ってろよ! 魔王! その体に、この剣を叩き込んでやる!」
俺たちの戦いは始まったばかり!!
じゃねぇ! 現実を見ろ、俺よ。
カレー……いや風子が目の前にいるだろ。時間が経ったのでステーキの口もカレーに変わってきたぞ。
うん。カレー好きです。好きです、カレー。
「あの、健斗。これ受けとってくれるかな?」
「……もちろんだよ」
俺はカレーからチョコを受け取った。ステーキと八宝菜が俺たちを祝福してくれる。
俺は風子を抱きしめ、煽られるままキスをした。
これで俺もリア充。ステーキ重も食べたかったぜ。