第64話
子宮をなくした時と同じだ。例えカガリが亡くなっても世界は回り続ける。
森の入口に家が完成したタイミングで、私はレンの家から引っ越した。ゴードンも毎日欠かさずやって来て、季節は巡る。
病弱に生まれてしまったらしい今世のレンは、30代半ばで衰弱死してしまった。魔女の家の中で倒れているのを見付けた時は、絶対にまた還ってくると分かっていても涙が止まらなかった。
もう40歳近いのに、人と死に別れるのは何度経験しても慣れない。
――カガリのことも正直、いまだに折り合いがついていない。あの子ともっと真摯に向き合っていれば、結果は違っただろうか? 私はいつだって逃げてばかりだ。
母に無視されて、人に甘えることから逃げた。母に嫌われて家族から逃げた。誰からも愛される妹が生まれて、彼女から――家からも逃げた。そしてゴードンから逃げて、町から逃げて……カガリの死からも逃げた。
私はいつも自分の心を守ることに必死だった。
しかし、後悔したところで遅い。カガリは戻ってこない。私が「ざまあみろ」と思ったあの瞬間も、絶対に消せないのだ。それならもう、開き直って厚かましく生きるしかない。
私にはレンとゴードンが居る、ただそれだけで幸福だ――結婚も子宮も家族も、何もかもなくたって十分すぎるほどに。これ以上の幸せを求めてはいけない、私にそんな資格はないのだから。
◆
それからまた時が過ぎて、私はあっという間に50歳になった。ゴードンも毎日物品を運び続け――いつまで経っても片想い感覚なのか――私の顔を見る度に頬を染めた。
今までに色んなことがあり過ぎて、「好き」と伝えても信じられないらしい。困ったものだけれど、彼が好いてくれるお陰で女で居られる。時たま森を訪れる者に『美魔女』と呼ばれるようになったし、良しとしよう。
爪には赤いマニキュアを塗って、化粧も欠かさない。髪が伸びたら町へ行かずとも、森に美容師が居るから問題ない。
――そう、3年ほど前にレンが森へ還って来たのだ。記憶を保持したまま転生するため、毎度親に気味悪がられて捨てられるらしい。赤ん坊から生まれ直しているので、今年11歳になる小さな女の子だ。
再会した時に出た一言目は、「私の娘ってことにできない?」だった。返事は「友人を母と思うのは厳しいです」とつれなかった。
「ゴードンとの結婚はどうするんですか。妹のことはもう時効で良いのでは?」
レンの好物、バタークッキーをつくるための材料。それらを魔女の家まで納品しに行けば、そんな問いを投げられた。
どうするも何も、彼のご両親は健在だ。もう90を過ぎているがまだ現役の職員として働いている。こう言ってはなんだが、神様にも「絶対に許さない」と思われているような気がしてならない。
「まあ、世の流れに身を任せるしかないわね。神様にも祝福されていない気がするのよ」
「日頃の行いでしょうね」
「ぐうの音も出ない……最近は結構、頑張っているつもりなんだけれど」
責められると分かっていてもたまに町へ顔を出すようになったし、ゴードンの両親と会えば怒鳴り散らされている。ガス抜きという訳ではないけれど、せめてそれぐらいの誠意は見せないとダメだと思った。
ゴードンと結婚するかどうかは――今のところ、分からない。なんだかんだ一生付き合いを続けるだろうとは思っている。
けれど、最後の最後に幸せになって良いものかどうか……あの世でカガリに合わせる顔がないと思ったり、思わなかったり。
「確かに、最近は逃げなくなりましたね」
「神様も私の行いを見てくださっていると良いんだけれどねえ。こう……合法的に養子にできちゃう、天使みたいな捨て子が森で見つかるとか?」
「もしそんな都合の良い子を見つけたら、番人の家に送り込んでやりますよ」
肩を竦めるレンに、声を上げて笑った。自分で言いながら、そんなことが起きるはずないと思ったのだ。
――だから、まさか本当に子供を拾うなんて。
その子とレンの策略でゴードンと結婚したことも、彼の両親が存命のうちに仲直りできたことも夢のようで。この私が多くの家族に囲まれて、ずっと思い描いていた幸せな家庭を手に入れられるなんて……一体誰が予想できただろうか?
ちなみに、レンが私の可愛い息子と恋して、『ゴミクズ』で不死の呪いを解いて死の安らぎを得るというのは――また別のお話だ。
あくまでも別作品の前日譚ということで、肝心の幸せパートが簡略化されてしまっていますが――「続きは本編で!」と言うといやらしいので、以下ネタバレです。
セラスはこの後、とある男の子を保護して人生が変わります。
その子の道徳教育をするついでに自分自身の考え方も変わって行って、なし崩し的にゴードンと結婚。最後は孫に囲まれて大往生です、安心してください! (?)
ちなみに作者の趣味、花言葉と絡めたネーミングシリーズ。今回初出しの『カガリ』はシクラメンの別名。色にもよりますが花言葉は『嫉妬』です。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。




