第57話 ~カガリの独白2~
――でも、どうしてもゴードンが欲しい。
ゴードンを手に入れて初めて、私は姉に勝てるのだ。どれだけ仕事で良い成績を修めても、人から好かれても意味がない。姉を見下ろして嘲笑うには、どうしても彼を手に入れる必要があった。
どれだけ媚を売っても無駄で、冷めた目で「ブス」と言う。私のことも姉を見る時と同じくらい熱い眼差しで見て欲しいのに。
小さい頃から世話になって、色々な事を教えてくれて……だからこそ媚びが通じないのは分かっている。でも、これだけ美しい女になったのに、どうして私を見ようとしないのか。「汚れるからセラスに触るな」なんて言うのか。
姉を苦しめる原因だからと、好かれていないのは知っている。でも、私は何もしていないのに。
姉を苦しめているのは姉本人と母であって、私ではない。いつもそうだ、ただ美しいというだけで嫉妬されて、蔑まれて。生きているだけで男に襲われる。
心底嫌いなくせに、私が男に言い寄られているところを見るとすぐさま助けに来るのが憎い。毎度「お前はウチの職員だし、何かあればセラスが気に病むから」と突き放されて……堪らなくなる。
彼が傍に居てくれれば何も怖いものはない。彼に好かれるためなら、私はなんだってしてしまえる。
年を重ねて、結婚可能な16歳を過ぎて。母がそれとなく私とゴードンの結婚を打診したけれど、すげなく唾棄されて終わった。
引継ぎを終えた姉は雪が溶けるように商会から姿を消して、この町から出て行った。ただ月に何度か町までやってくる辺り、そう遠くへは越していないようだけれど――なんにしても、邪魔だった。ゴードンは次期商会長にも関わらず、やたらと席を外すことが増えて……外で姉と逢瀬を重ねているのが丸分かりだ。
4年過ぎても状況は変わらず、私には次から次へと見合い話が持ち上がった。そこから更に時が過ぎても同じで、ゴードンの気持ちはずっと変えられなかった。
私は少しアプローチを変えて、本人ではなく彼の両親の目に留まろうと必死になった。
ただ姉より優秀なところを見せれば良いのだ。姉のように営業して、新規契約を取り続ければ――商会にとって得だと思い知らせてやれば良いだけの話。
私は姉と違って美しいし、誰もが認める『商会の顔』になっていた。同性相手では厳しいだろうけれど、異性が相手ならば適当に微笑むだけで事足りるだろう。
けれど、世の中そう甘くはなかった。
私の見た目に釣られて鼻の下を伸ばす者に限って、厚かましくも『対価』を求めてきたのだ。付き合ってくれるなら、嫁になるなら、食事に行ってくれるなら……一晩、同衾してくれるなら。
しかも、そういうことを求めてくるのは営業先の男だけではなく、同じ商会で働く上司もそうだった。「俺が出世させてやる」「商会長に口添えしてやる」なんて――そんな安い女と思われていることに、内心腸が煮えくり返った。
しかし、断れば「この話はなかったことに」と冷たく突き放された。決まって言われたのは「姉は度胸があったのにな」であった。
母の流した真っ赤な嘘が、彼らの中では真実として存在している。姉は商会のために体まで差し出したけれど、妹の方にそんな度胸はないと。
そもそも体を対価として要求してくる男たちがおかしいのに、まるで私の方が出来損ないになったような気がした。そんなことをしなくたって、姉と同じように成績を上げられる――そう思ったけれど、どうしても上手く行かない。
美人で苦労知らずだから、泥臭い仕事をしている者の気持ちは分からない。親身になって寄り添ってくれたセラスとは、根本的に違う。
なぜ美しい顔が邪魔になるのか。中身を見てくれないのか。悔しい思いをしてばかりで、日に日におかしくなる。
まだ姉に負けている部分があるのかと思うと、なりふり構っていられなくなった。私は何人もの男と関係をもって、一度限りの契約を取り付けた。契約を更新したいならその度に体を開けと言われて、従った。そうすれば成績が上がるのだから、迷う必要はない。
ただ姉に負けたくない一心で、商会に尽くして、ゴードンに認めて欲しくて。あわよくば、好きになって欲しかった。
何人もの男と関係をもっていながら、私はまだゴードンを欲していた。いつの間にか本気になっていたのだ。姉のことは関係なく、勝ち負けも関係なく、ただゴードンが好きだった。
正義感が強くて、どこまで一途で、これと決めたら譲らない頑固者。
彼と結婚できたら、彼の一番になれたら、どんなに幸せだろうか。私は姉と違って健康体だし、問題なく妊娠することも実証済み。だから、商会長夫人としての役目も果たせる。
――中には、避妊したがらない最低の男も居た。そのせいで望まぬ妊娠をするハメになって、中絶したことがあるのだ。それ以降はピルを飲んで妊娠を防いでいるけれど……全く、気持ちが悪いし迷惑極まりない。
好きでもない男の子供なんて産みたくない。中絶費用を請求した際に「責任をとって結婚する」なんて言われた時は、本気で鳥肌が立ったものだ。
ああ、でも、どうせなら産んで憐れな姉に恵んでやれば良かっただろうか? いや、姉のためにわざわざしんどい思いをして出産するのは嫌だし、そもそもゴードンに知られたら軽蔑されてしまうだろう。
だけど、どうか分かって欲しい。私はただゴードンに愛されたくて、結婚したくて頑張っているだけなのだから。彼のために必死だった姉と気持ちは何も変わらない。
うるさいばかりの子供は苦手だけれど、ゴードンとの子供なら可愛いと思えるだろうか。姉に「抱いてやってくれ」と言ったら、どんな顔をするだろう。
あの悟り切った表情が歪むところを見られるだろうか。子供の面倒を頼むのも面白そうだ、「可愛いわね」なんて強がりを言うかも知れない。その顔を見て初めて姉を忘れ、私は純粋にゴードンのことだけを考えられるようになる。心の底から安心して幸せになれるだろう。
――それなのに彼は、どうして私を見てくれないのだろうか。どうして私の『一番』は、いつだって私に見向きもしないのだろう。
結婚できないくせにずるい。誰にも関係を許されていないくせに、いつまでも互いの一番で居るのがずるい。体を売らずに心で契約をもぎ取っていた姉が疎ましい。平凡な顔してキラキラする姉が、町から出て行ったくせにゴードンを捕らえて離さない姉が、邪魔で仕方ない。
あの時、死んでくれれば良かったのだ。入院した姉を見舞った時、「死にはしないけれど」と聞いてどれほど落胆したか。
度々ゴードンの前に現れるからタチが悪い。だから彼は、ずっと諦められないのだ。いっそ死んで二度と会えないとなれば、諦めがついただろうに。
本当に時間の無駄だ。姉にとっても、ゴードンにとっても、私にとっても。皆して人生を無駄にして、誰1人として幸せになれなくて……迷惑極まりない。
ああ、今からでも死んでくれないだろうか。私に群がる頭の悪い男たちにそれとなく漏らせば、誰かなんとかしてくれないだろうか――。




