第50話
つり目の少女は無言のまま、私の顔からつま先までサッと視線を巡らせて――また顔に目を留めると、ほんの僅かに片眉を上げた。続けて「ひとまず中へどうぞ」と言って扉を開けてくれたため、おっかなびっくり足を踏み入れる。
彼女は助手か何かで、中に魔女が居るのだろうか? もしや、このまま閉じ込められて魔女の実験体にされるのではないか? なんて思いながらお邪魔したけれど、外観通りに狭い家の中には人の気配がしなかった。
ただでさえ狭い家なのに、壁一面を覆う薬棚の圧迫感がすごい。部屋の真ん中に置かれた木のテーブルに、椅子が二脚。奥の方には分厚いカーテン――あの先に、魔法の薬をつくる大釜でもあるのだろうか。
人様の家を見た感想として褒められたものではないけれど、とにかく全体的に古い。
薬棚の隙間から見える壁。ただ形を整えた木をパズルのように嵌め込んだだけの建築様式は、前時代的どころか正に時代が違う家だ。
数百年前の住居は釘やボルトを使用しないもの――というか、そもそも当時はモノがなかったのだろう――が多かったと歴史書で見たが、現代の町でこういう住まいは見かけない。
「えっ、もしかして壁に使われているの、アカザサ杉?」
「……よくご存じですね」
「ご存じも何も――す、凄いわね、生で見るのは初めてだわ」
壁材の独特な年輪の形を見て目を丸める。楕円ではなく、やけに尖った不揃いの年輪。これは今から200年ほど前に、この世から絶滅してしまったという杉に見られる特徴だ。
なぜこんな辺鄙なところに、法外なプレミアがついた建材を使う家が存在するのか……まさか200年以上前から建っているものでもあるまいし。
私はすっかり目的も忘れて、歴史的価値のある遺跡か何かでも見たような感慨深い思いになった。商会のカタログで見たことはあっても現物を見るのはこれが初めてなのだ。
「とりあえず座ってください、あなた酷い顔色ですよ」
「え? あ、ああ……ごめんなさい、ちょっと病み上がりで」
「不健康なのは見れば分かります。それで、魔女に会ってどうするおつもりですか? 見たところ村出身の田舎者――という訳ではなさそうですけれど」
「村? ええと、私はこの森から東にある町出身で……ところで、魔女はどちらに?」
「あなたの目の前に」
「………………え?」
耳を疑い、正面の椅子に座る美少女を凝視した。
一体、彼女のどこに『魔女』的要素があるというのだ? 年は若そうだし、美しいし、鷲鼻でもトンガリ帽子でもない。やけに冷たく無機質な感じはするけれど、人をとって食おうとするようにも見えない。
――いや、そうか、『不老不死の魔女』だった。
彼女は永遠に、15歳の美少女のまま生きているということかも知れない。それならば納得だ。
全く、人を見た目で判断するなど浅薄で失礼だった。ひっそり反省していると、魔女がゴホゴホと短い咳をしたため意識を引き戻す。
「……すみません、この体は少し病弱で――あまり長居されると困りますので、手短に用件をどうぞ」
魔女の言っていることの半分も理解できなかったけれど、私はハッと目的を思い出して気を引き締め直した。そして椅子の上で姿勢を正すと、真っ直ぐに彼女を見据える。
「あの、『魔女の秘薬』を譲って欲しいんです。欠損した体まで治せるという話を聞いて……もう、あなたに助けてもらうしかなくて」
「………………モノを知らない辺境出身ならともかく、栄えた町出身の方にそんな馬鹿な話をされるのは、とても珍しいですね」
「馬鹿な話って――お金ならあります、どうかお願いします」
机の下で握った拳が白くなる。固唾を飲んで返答を待ったけれど、魔女はこちらを一瞥しただけで、深々とため息を吐き出した。
「端的に言いますけれど、欠損した体を治す秘薬なんてこの世に存在しません。そんなものがあったら医者要らずじゃないですか、少し考えれば分かるでしょう」
「そんな、で、でも! 諦める訳にはいかないんです! 秘薬がダメなら私、もう死ぬしか――」
私は途中で、ヒュッと息を呑んだ。『死』という言葉を口にした瞬間、魔女の表情がこれでもかと冷たくなったからだ。若い見た目にそぐわない迫力があって、つい気圧されてしまった。
「いいですか、そもそも『魔女の秘薬』というのは私がつけた名前ではありません。周りの者――特にモノを知らない村人たちがつけたものです。閉鎖的な村に住む人々は、賑やかな町を「危険だ」「誘惑だらけの不埒な場所だ」と怖がります。市販薬を服用するだけで治るものも、町を恐れて薬が買えなければ治せない……私はそういう人々に無認可の薬を流す、いわば闇医者のようなものです。だから、秘薬なんてものは初めから存在しません」
「――じゃあ、もう一生、元には戻れない……?」
体の奥から熱いものが込み上げてきて、頭の芯が冷えて、声が震える。体が治らないだけでなく、人との関係性、繋がりまで二度と修復できないということか。
「一体どこの誰から、どんな話を聞いたのかは知りませんが、私ではあなたを助けられません。何を失ったのかも分かりませんけれど、そう簡単に死ぬなんて言わずに生きなさい。生きていれば良いこともあるなんて、そんな無責任なことは言えませんけれど、死ぬのはいつだってできるじゃありませんか――じゃあ、別に今じゃなくても良いでしょう」
どこまでも淡々と告げられて、私は唇を噛み締めて声を押し殺しながら泣いた。
どうしてそんな簡単に生きろ、なんて言えるのだろう? 私の苦しみや想いなど、失ったモノも、者も知らないくせに――。
秘薬がダメなら、子宮はダメだ。ゴードンもダメだ。ゴードンがダメになったら、私もダメだ。
血の繋がった家族に嫌われて、商会長夫妻に煙たがられて、ゴードンと引き離されて……それでこの先、どうやって生きろと言うのか。何を頼りに、なんのために生きるのか。
ただ1人町を出て、どこかで寿命を迎えるまでひっそりと寂しく暮らして――いつか、「生きていて良かった」と思える日が来ると?
「薬を取り扱っているなら、少しでも楽に死ねる薬をちょうだい……」
頬を伝う涙は止まらなかったけれど嗚咽を上げるだけの元気がないのか、自分でも驚くほど無感情な声が出た。いつかを期待して生きるには、失ったものが多すぎる。
「今のあなたに必要なのは、解熱剤と痛み止めだと思いますよ。――まあ、せっかくここまで来たんですし、1包ずつなら販売しても良いですけれど」
それでは、どうしたって死ねないだろうに……どこまで客の願いを聞き入れてくれない、本当に冷たい魔女だ。
どうにもできない絶望感と、あまりに酷薄な魔女に対する憤り。しかし魔女だって自分以外の流した噂に振り回されているのだから、彼女に苛立ったって仕方がない。分かっていても子宮を失ってから、八つ当たり癖が治らないのだ。
色んなことが辛くて黙り込んでいると、魔女が椅子から立ち上がった。
「私は薬を金品ではなく、『ゴミクズ』と交換しています。あなたの思うゴミクズを対価として払ってください」
「ご、ゴミクズ? 何よソレ、からかっているの?」
「本気です。私は正解のゴミクズを探しているので」
表情を見るに本気なのは間違いないけれど、またしても魔女の言葉が理解できない。彼女の突飛な発言に、気付けば涙も引っ込んだ。




