表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/64

第48話

 最低限の日常生活を難なく送れるほど回復して、傷跡もかなり塞がってきた。あと数日で退院できると医者の先生に言われたのは、10月の下旬のことだ。

 その頃になってようやく、家族以外の面会も許可された。許可が下りたその日に飛び込んできたのは、もちろんゴードンとその両親である。


 久々に見るゴードンはなんだか憔悴している様子で、大きな体も縮んで見えた、きっと、これでもかと心配してくれていたのだろう。心配なのに面会もできず、精神的に疲弊してしまったのか。

 ベッドまで駆け寄って来た彼は、ガバリと両手を広げた。けれどぴたりと止まって、そこからは笑いが出るほどスローモーションでそっと私の両肩に手を置く。恐らく、術後の傷を気遣ってのことだろう。


 私は少し涙ぐんで「ごめんなさい」と言った。その言葉に尽きて、それ以外に掛ける言葉が見つからなかったのだ。

 意地を張って無茶をして、自分の体調を(かえり)みずに取り返しのつかない事態を引き起こした。私のせいで結婚もダメになって、散々心配をかけて――。


 もう既に母から「セラスはもうダメだから、代わりにカガリを妻にしませんか」なんて話がされているのだろうか? あの日以来家族は誰も面会に来ていないため、その後の進展がひとつも把握できていない。

 ゴードンはいつも以上に遠慮がちな様子で私を緩く抱きしめて、慰めるように、労わるように背中を撫でてくれた。彼の肩越しに商会長夫妻と目が合って、本当に申し訳ない気持ちにさせられる。


「――あの……」


 掠れた声を掛けると、商会長夫人がパンと拍手(かしわで)を打った。


「あなた、ゴードン。ちょっとの間セラスと2人にしてくれる? 病状のこともあるし、同性でなきゃ話しにくいことがあるのよ」

「でも、俺はセラスと――」

「話は私の後にしなさい、ちょっと目を離した隙にセラスが死ぬ訳でもあるまいし……全く女々しいんだから」


 母親にこき下ろされて、ゴードンはグッと眉根を寄せて口をヘの字に曲げた。少し目を離した隙に短い顎髭が伸びていて、なんだか急に大人の男になったように思う。商会長は小さく肩を竦めて、「さあ、女王様の言う通りにするぞ」と軽口を叩きながらゴードンの背を押した。


 病室の扉が閉じられて、夫人がベッド横の椅子に腰かけた。女性にしては少々硬く荒れた手が、私の手を握る。


「――カガリに、ゴードンと一緒になるよう勧めた?」


 問いかけられた言葉に耳を疑って、声にならない息を漏らした。ただ眉尻を下げて首を振るだけの私に、夫人は小さく息を吐き出す。


「まあ、そんなことだろうと思ったけれど――ゴードンは、セラスが居る限り諦めないわ。でも、私が前に言ったことを覚えている? ……セラスは、頑張れる?」

「………………無理、です。頑張れません……ゴードンが愛人をもつなんて、私以外の女性と子供を作って――それを、我が子として育てるなんて、できません……そんな子供、愛せません」


 ボロボロと涙が零れて、子供のようにしゃくり上げる。夫人は泣きそうな顔をしたあと顔を伏せて、じっと手を撫でてくれた。けれど、ややあってから意を決したように顔を上げると――そこにはもう、同情の色が消え失せていた。


「今まで商会に尽くしてくれたあなたに酷なことを言うけれど、ゴードンから離れて欲しいの。あの子はいくら言っても考えを変えないわ、あなたが全てで、商会の存続なんて二の次。セラスとの子供が無理なら、養子をとれば良いと言って聞かない。「どうしても俺に愛人を作らせたいなら、商会も町も()()()」と言われたわ」


 夫人の言葉を聞いて、やはりゴードンはどこまでも私に甘く優しい男だと思った。想像通りのワガママを言ってくれているようで、心の底から安心して……そして夫妻には辛い思いをさせてしまい、本当に申し訳なかった。


「でも、一度は次期商会長として立った男よ。それを今更やっぱり他の人に任せますなんて、下の職員だって納得できない。あなたを選んだ時、ゴードンがどれほど多くの人に蔑まれるか……あなたの母親、手術のことを触れ回っているのよ。少なくとも商会周辺で体の状態を知らない者は居ない、だから結婚を認めても養子をとったらすぐバレてしまう。我が子として大事に育てようにも、周りが放っておかないわ。もしも罪のない子供が将来、「血の繋がりもないくせに商会を継げてラッキーだな」なんて言われたら――それでもセラスは、ゴードンと一緒になりたい? 血の繋がりのない子供の未来なんて、商会の存続なんてどうでも良いと思う……?」


 覚悟はしていたけれど、やはり受け入れがたかった。私はただ泣いて、首を横に振るしかできない。


「確かにセラスは可愛いわ、娘のように思っている。でも、お願いよ……どうか私たちから唯一の息子を奪わないで――あなたが望めば、ゴードンはなんでもしてしまう。あなたのためにどこまでも行ってしまう。親を親とも思わずに、生まれた故郷を故郷とも思わずに捨てて。勝手なことを言っている自覚はあるわ、だけど、私たちにはゴードンしか――あの子が唯一の希望なの、だから、お願い……」


 夫妻は1人息子のゴードンが可愛くて、大事で、どうしても手元に置いておきたいのだ。「今更勝手なことを言うなら、セラスと共にどこへなりとも行ってしまえ、お前は勘当だ」という訳にもいかないのだろう。

 可愛い息子を手元に置いておきたいし、代々続く一族の商会を絶対に継いで欲しいし、得体の知れない養子ではなく、彼と血の繋がった孫が良いのだ。


 しかし私がゴードンの傍をうろつくと、彼にとって悪い影響を与える。いとも簡単に実子を諦められるのも、商会を投げ出されるのも、両親を切り捨ててしまうのも、町から出て行ってしまうのも……何もかも、困るのだ。だって可愛い息子だから。


 ――体で稼いだ金でどこへなりとも行け、家に戻ってくるなと言われた私とは、根本的に違う。


「一度だけ……一度だけ、チャンスをくれませんか」

「……チャンス?」

「商会の同僚から聞いたんです。『不老不死の魔女』がつくる、秘薬の話――失った肉体すら再生してしまうという、魔法のような薬。それが手に入れば、きっと失った子宮だって」


 頬を伝う涙を手の甲で乱暴に拭って、大真面目な顔で夫人を見た。彼女は「あまりのストレスで頭がおかしくなったのか」と言わんばかりの困惑顔をしていたけれど、こちらは本気だ。


「……本気で、そんな話を信じているの?」

「お願いします。魔女がダメなら、ゴードンのことは諦めます……そこまでして、まるで幻のようなおとぎ話に縋ってもダメだったら、諦めもつきますから。3日後に退院して、そのまま魔女に会いに行きます。だからどうか、その結果を待ってくれませんか? どうにもならなかった時は――私も彼の傍に居るのが辛いので、町を出ます」

「それは……まあ、本気なら良いのだけれど……くれぐれも変な気は起こさないでちょうだいね」


 夫人は困惑顔のまま、「あなたの気が済むまで、納得できるまでやってごらんなさい」と肩を撫でてくれた。恐らくこんな話、全く信じていないのだろう。ただ私の気の済むまで――ゴードンを諦めるための時間を与えてくれるというだけだ。


 それでもやはり、魔女に縋らずにはいられなかった。ゴードンだけはどうしても諦められなかったからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ