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第42話

 残業2日目。3日目、4日目が過ぎた。そして5日目の今日も、通常業務を終えたら残業をするように商会長夫人から頼まれている。


 私が担当する第二倉庫の片付けは、かなり進んだ。元は第一倉庫の片付けが終わり次第、他の職員たちが応援に来てくれるという話だったけれど――この調子では、恐らく第二の方が先に片付くだろう。


 重量物を重機なしの人力で移動しているのだから、それは時間がかかって当然である。倉庫内にモノを詰め込み過ぎていて、大きな重機を入れられないのがそもそもの問題だ。

 今回の片付け後は常に重機を入れられるだけのスペースと広い通路を確保するらしい。その方が、効率が上がって良いと思う。


「ちょっとセラス、顔色が悪くない? もしかして月経が始まったの?」

「……よく分かるわね、お陰で貧血が酷いわ」


 受付の椅子に座ったままヘラリと力なく笑えば、同僚に「だって、顔が青白いもの」と眉尻を下げられる。


 ズーンと鈍く痛む下腹部。まるで体の中から外へ向かって風船のようなものが膨らんで、神経をギュウギュウと圧迫されるような痛みを腰に感じる。

 ほんの少し動く度にデロリとレバー状の出血を起こして貧血が酷いし、吐き気と頭痛に襲われるし、調子に乗って動き過ぎると息切れと眩暈も。こうなってしまったら気分まで塞ぎ込む。


 最早病院へ行く行かない以前の話で、今すぐ帰宅して横になって3日間ほどじっとしていたい。残業どころか通常業務すらキツイ。

 いつものことと大して気にしていなかったけれど、同僚から妙に心配されて、『魔女の秘薬』なんてとんでもないアイテムについて聞かされたせいだろうか? 痛みも怠さも、()()()()を越えてしまっている。


 今日こそ残業を断って、病院へ行くべきか――むしろ今すぐに早退させてもらうべきか。……でも、「たかが月経痛で?」なんて言われないだろうか。


 正直、ゴードンに話せばすぐにでも早退させてもらえるのは分かり切っている。しかし、果たしてそれで良いのか――。

 他の職員から白い目で見られるのではないか。女は毎月休めて良いなとか、さすが次期商会長の婚約者は大事にされているなとか……結婚する前から職権(しょっけん)乱用で良い御身分だなんだと、反感を買わないだろうか。


 私個人が揶揄されるだけでなく、ゴードンや商会長夫妻、この商会まで悪く言われるのではないかと思うと恐ろしい。それに何より、私だけ特別扱いされているなんて言われるのも癪だ。


 婚約者の座に胡坐をかいて適当な仕事をしている訳ではない。受付に居ながら――時間外労働という()()()の連続で――男性の先輩上司よりも営業成績を上げているのだから、たまの体調不良ぐらい大目に見ろという思いである。


 受付の女に成績が負けて悔しいなら、皆も仕事終わり食事ついでに店を回れば良いのだ。賄賂(わいろ)を渡して契約をもぎ取っている訳でも、他に何か特別なことをしている訳でもない。ただ食材や道具、設備に悩んでいることはないか、困っていることはないかと真摯に向き合った結果、商会を信頼してくれたというだけ。


 ……まあ、癪だなんて考えているようだから、「負けん気が強い」と言われるのだけれど。


 痛み止めを飲んだのに効果がないし、椅子に座ってじっとしているだけなのに脂汗が出てくる。市販薬よりも病院で処方される薬の方が効果も高いはずだ――やはり早退、いや、せめて中抜けさせてもらえないか上司に相談してみよう。

 このままでは、仕事どころか生活にも支障が出てしまう。私みたいなのを「守りたい」と言い張るゴードンの過保護は並大抵のものではない。結婚前だし、神経過敏になって「休め」と家に閉じ込められでもしたら面倒だ。


 誰よりも甘やかしてくれる分、私の方が一線を引かなければ際限がなくなってしまうだろう。できることなら彼にもあまり弱みを見せたくない――なんて考えているから、「可愛げがない」と言われるのも分かるのだけれど。

 男とか女とか婚約者とかそれ以前の話で、私の方が5つも年上なのだ。甘えてばかり居られないではないか、せめて対等でなければ立つ瀬がない。


「うぅ……ちょっと、部長に1時間ほど中抜けできないか聞いてくるわ……病院で薬をもらってくる」

「それが良いと思うわ。でも、さっき課長とたばこ休憩するって屋上へ行ったわよ、そこまで行ける? 私が代わりに伝えて来ましょうか?」

「そんなことしたら、「これだから女は1人じゃ何もできない」とか「仕事はガキの使いじゃないんだぞ」とか、嫌味を言われるじゃない。少しくらい平気よ、行ってくる」

「うーん……まあ確かに、部長も課長も少し前時代的って言うか……男尊女卑を地で行くような人だからねえ。世代もあるんだろうけどさ」


 苦く笑う同僚に見送られ、私は痛む腹を押さえながら1段1段屋上へ繋がる階段を(のぼ)っていった。


 屋上の扉は重い上に錆が酷く、閉め切ってしまうと開くのにコツと力が要る。たばこを吸う職員の休憩場所はここと決まっているけれど、開閉が面倒なのか誰もがドアストッパーを挟み、半開きにしている。


 痛みに朦朧としながら扉まで辿り着くと、やはり、いつものように半開きになっていた。手を差し込めるほどの隙間しか空いていないので姿は見えないけれど、部長と課長がハハハと談笑する声が漏れ聞こえてくる。


 ――思えば、男性上司2人に対して「実は~、月経痛が酷くって~」なんて、セクハラまがいの話をしなければならないのか。何やらまた更に気が重くなって、ついその場に足を止めて深いため息を吐き出した。


 すると、当然のことながらこちらの存在に全く気付いていない上司の会話が耳に届く。


「来週、いや……再来週あたりからは、()()()の天下が始まる訳か」

「いやいや、まだ結婚の日取りが決まっただけですって」


 私は思わず「うわ」と眉を顰めて項垂れた。盛り上がる2人の話の中心が、明らかに私だと察したからだ。

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