第18話
可愛い妹が具体的に何を不満に思って、今後どうしたいのかが分からない。両親から――母から可愛がられて、強く依存されているカガリの気持ちは、私には理解できなかったのだ。
そもそも私が幼い頃から子供たちの面倒を見ていたのは、働く母に連れられて毎日商会に顔を出していたからだ。それがなければ――私がどれだけ年齢の割にしっかりしていたとしても――子供に子供の世話などさせたくないに決まっている。
初等科学校に通い始めたばかりの子に帳簿付けの計算ができるはずもないし、倉庫の在庫管理なんて責任ある仕事も与えられない。物品を整理するだけの体力もないだろう。
最近色々なシステムを改定していったせいで、子供にできるような内職もない。
いくら私と商会長が知り合いだからと言って、さすがに8歳の妹を雇ってくれなんて職権乱用は願えない。私の面の皮は、そこまで厚くないのだ。
それに何より、カガリを商会で働かせるなんてことを母が許すとは到底思えなかった。この子まで年齢の割にしっかりしている――なんて言われるようになったら、いよいよ母はおしまいだ。
振り回されるカガリには悪いけれど、母が子離れできる時までは耐えてもらうしかない。そうでなければ、妹まで母から蔑ろにされるようになる。
――果たして、安全なカゴの中の鳥で居るのと危険だらけの空を自由に飛び回るの、どちらがマシなのか……私には判断がつかなかった。
いっそ妹を連れて、ゴードンのところに転がり込むというのもアリだったのかも知れない。ただ一度でも父母を求めて寂しいと泣かれたら、私は今後きっと可愛い妹のワガママを欠片も許せなくなってしまう。
「ねえカガリ、いつでも働けるように特訓するのはどう?」
「……特訓って?」
「まず商会は計算ができないとダメだから、学校の宿題を頑張るの。あと、働くようになったら体力も重要よ。学校のお友達や父さん母さんと一緒に遊んで、体を鍛えないと」
目線を合わせてゆっくり言い聞かせたけれど、カガリはぷっくりと頬を膨らませて「それ、今と同じ!」と顔を背けた。尖らせた唇からは「お姉ちゃんが遊んでくれないなら、意味がないわ……」という呟きが漏れている。
母の反応が怖くて、ほとんど無意識のうちに彼女から距離をとろうとしてしまったようだ。その気持ちがしっかりと発言にまで出ていて、思わず苦笑する。
「もちろん私も、仕事から早く帰った時には一緒に遊ぶわよ。それにね、今と同じじゃないわ。今よりもっともっと頑張らなくちゃ、計算はできないままだし体力も増えないから」
「う~ん、でもぉ……」
「焦る必要はないわ、10年なんてあっと言う間よ。どうしても今、何かしたいなら……そうね、家で母さんの手伝いを始めるのはどう? ご飯の時、テーブルにお皿を並べるとか――」
納得できない様子のカガリに、私は苦し紛れの提案をした。とにかく彼女には母の傍で、誰よりも母の支えになってもらわねば。それができるのは、この世にカガリだけなのだから。
ただ意外なことに好感触だったのか、妹はパッと白い頬を朱に染めて大きな瞳を輝かせた。そして、大きく頷くと共に口を開きかけたけれど――。
「ダメに決まってるでしょう!! 何を考えているの、カガリはまだ子供よ!? 家の手伝いなんてしなくて良いわ、子供は子供らしく遊んでいなさい!!」
「ひぅっ……!?」
母が突然大声を出したため、カガリは肩を竦めた。もちろん私も面食らった。まさか母がカガリの前で、これほど激しく取り乱すとは夢にも思わなかったからだ。
「お、おいお前、落ち着きなさい、カガリが驚いているだろう……!」
「――カガリ、あなたはセラスとは違うの、何もかもが! 確かにセラスは小さい時からしっかりしていたけれど、あなたは違うでしょ!? 1人じゃなにもできないわよね? どうなの!?」
「そ、それはぁ……でもぉ、ママとパパが何もさせてくれないからぁ……」
父が制止しても、母の勢いは止まらない。カガリが瞳いっぱいに涙を溜めていても、何も見えていないようだった。
「何もさせてくれないじゃなくて、しようとしないのよ! セラスは私たちが止めたって、いつも自分で考えて行動したわ! でもカガリは、ママやパパが居ないと何もできない子供なの! できないことをやろうとしないで!」
「か、母さん、急にどうしたのよ? ちょっとおかしいわ、いつも「カガリの好きにさせなさい」って言うじゃない……そんな大声で「何もできない」なんて威圧したら、まるで刷り込みみたいに、本当に何もできない子に――」
自分で言いながら、「ああ、なんだ、それが狙いか」と理解した。万が一にもカガリができる子になると、母は困るのだ。
甘えてもらわねば、依存してもらわねば……自立するなんてもってのほかだ。8歳になっても、まだまだ子離れできないらしい。
カガリはついにポロポロ涙を流すと、嗚咽を漏らし始めた。
「――お姉ちゃんと違うの、恥ずかしいよぉ……っ」
その言葉を聞いた途端、母は憑き物が落ちたようにハッとすると、カガリを抱きすくめた。ヒックヒックと嗚咽混じりに、小さな唇が「全然違うって言われるの、もうやだぁ」と涙の理由を紡ぐ。
近所の人も、学校に通う子供たちも、商会で顔を合わせていたお客も、皆が私のことを知っている。気が弱く、いびられがちな母を守るために自立するのが早かった偉い子だと、認めてくれているのだ。
その妹がドロドロに甘やかされていて、1人では何もできないなど――『母親』としての立場を慌てて取り戻すかのように、これでもかと甘やかしている母のことも含めて――とんだ笑い話なのかも知れない。
特に口が軽く、悪意ある話を平気な顔して蔓延させるような者からすれば。




