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第16話

 カガリが生まれてから5年経っても、両親と私の間にできた溝は埋まらなかった。そうなるといい加減、諦めもつくものだ。


 実の両親が無理なら商会長と夫人――義理の両親にさえ気に入られればそれで良い。あの人たちは別に、『子供らしい子供』を求めていないのだから。昔から「しっかりしている」と褒めてくれたし、私が母に()()という烙印(らくいん)を押された時にも、言葉少なに慰めてくれた。

 あの2人は尊敬できて、そして信頼できる大人だ。


 そんな2人が経営する商会で働いているからか、それとも未来の旦那が盛り立てる場所だからか――私は、今まで以上に仕事に打ち込むようになった。

 定時で家に帰ったって喜ぶのはカガリだけで、母は嫉妬に燃えるし父はそんな母を宥めるのに気を遣うばかり。まだ幼くて可愛い妹には悪いけれど、残業している方が私の精神衛生上よっぽど気楽だった。


 私の帰りが遅いと、カガリは「おねーちゃんが帰ってこない」と大泣きしたのち泣き疲れて眠ってしまうらしい。父母は、カガリを慰めるのが大変だからもう少し早く帰れないのかと言ってくるけれど――それが本心ではないことは、なんとなく分かっている。

 口では苦言を呈しながら、内心「その調子だ」と喜んでいるのが抑えきれていないのだ。どうせ、さっさと結婚でもなんでもしてカガリの前から姿を消せと思っているに違いない。


 果たして、どんな慰め方をしているのだろうか。姉は仕事が忙しいからと、まともに言い聞かせているのか――それとも、姉は妹との時間よりも仕事が大事な冷血人間なのだと言っているのか。

 カガリにこれでもかと嫌われるように仕向けられているような気がするのは、やはり私が両親のことを信用していないからだろうか。


 ――まあ、もう良いのだ。どれだけ心を砕いても意味がないのだから、疲れてしまった。打っても響かない鐘を鳴らそうと打ち続けたって、私の手が痛むばかりだ。私は商会で幸せになるから、あの人たちは可愛いカガリと一緒に幸せに暮らせば良い。


 そういった()()()があったせいか、単にまだ若いからか、いくらでも働くことができた。ここでは頑張れば頑張っただけ周りが認めてくれるし、喜んでくれる。愛情なんて目に見えない数字にヤキモキするよりも、『給料』という一目瞭然の評価単位に目を向けている方が楽だ。


「セラスは本当に頼りになるわねえ……商会のこともゴードンのことも任せられるわ」

「え? ふふ、皆して気が早いですって。それに私なんてまだまだ若輩者ですし」


 商会長夫人に肩を叩かれて、口では謙遜しながら誇らしい気持ちになる。


 家に帰りたくない気持ちが膨らみ過ぎて、ほぼ毎日残業した。日々の仕事だけでなく、少しでも業務を効率化できるように書類整理のシステムを考え直したり、新しい接客マニュアルを提案したり――仕事帰りに取引先の商家や飲食店に立ち寄って、新商品の需要を探ったり。やろうと思えば、仕事は尽きないのだ。


 もちろん上手く行くことばかりではなく、時には空回りすることもあった。それでも結果を出せた時には商会の職員から称賛されるし、何よりもゴードンと、彼の家族に肯定されるのが嬉しかった。

 彼らに認められるためなら、いくらでも働ける。


 今日も仕事終わりに取引先に立ち寄ろうと考えながら、私は帰り支度を始めた。既に他の職員は帰宅済みで、今ここには私と商会長夫人しか残っていない。


「――私、ゴードンを授かったのがかなり遅かったでしょう?」


 いきなり水を向けられて、頷いた。

 確かゴードンを授かったのは彼女が47歳の頃だったはず。それまで一度も妊娠せずに、子供についてはほとんど諦めていたらしい。だからいざ授かった時には、周囲の者から奇跡だと驚かれていたような気がする。


「商会長の妻なのに、子供を産めなくて――周りからは散々『不良品』と責められてね。あまりにも妊娠しないものだから、旦那は前商会長から「愛人をつくれ」と強いられていたくらいよ。他所から養子をとるという手がない訳ではなかったけれど……やっぱり、脈々と続いた商会なのだから血筋を守りたいじゃない?」

「そんな……」

「――でも、大きな声じゃ言えないけどね……旦那、試しに愛人をつくっても()()だったのよ」

「えっ」


 初めて聞く話に、私は面食らった。というか正直、そんな話を聞いて良いものなのかと気後れしてしまった。

 商会長が跡取りを得るために愛人をつくったなんて話は初耳で、しかも、そこまでしても子作りに失敗したなんて話も聞いたことがない。


「しばらく試してもダメだと分かると、周りは急に手の平を返したわ。だって、今まで散々私を『不良品』と責め立てていたのに――実際に問題があったのは旦那の方だった。それが知れ渡ると世間体が悪いからって、前商会長は愛人に金を握らせて追い出して……今度は旦那に、私一筋になれと言い出した。今後は家族ぐるみで真摯に付き合うし今までの無作法は謝るから、旦那の不妊について口外しないでくれって」


 私は眉根を寄せて「勝手ですね」と呟いた。世間的に女の立場が弱いことはよく理解しているけれど、あまりにも身勝手だと感じたのだ。

 今更謝られたって、旦那は既に愛人と関係をもってしまっている。今まで蔑ろにされて受けた精神的ダメージだって、一生癒えることはないだろう。


「――本当にね。それで、旦那と血の繋がりがある子供がダメなら、もう養子に頼るしかないでしょう? ただ、それは最後の手段にしようってことになって……閉経するまで頑張っていたら、奇跡が起きたって訳」

「そうだったんですね……」

「だから――って言うのも変だけど、セラスはできるだけ早く跡取りをつくりなさいね。世間は女に対して厳しいの、特に家族経営の会社で子を産めない女に価値なんてないわ。日に日に周りの態度は硬質化する。それが無理だったら……酷な話だけれど、私と同じ目に遭うと思いなさい」


 ハッキリと断言する商会長夫人に、私は頷きながらごくりと喉を鳴らした。


 彼女は長年不妊に苦しめられたけれど、しかし最後にはしっかりと女の役目を果たしたのだ。奇跡を起こしてまで血を繋いだのだから、私が役目を放棄するのは許さない――これは忠告でもあるのだろう。


 もしも私が不妊だったら、問答無用でゴードンに愛人を。それでも無理なら、最終的に養子をとって教育しろと。歴史ある商会を継ぐということは、そういうことなのだ。


「胸に刻んで、責任を果たします」

「――まあ正直、セラスは問題ないと思うけれどね!」


 途端に快活に笑う商会長夫人に、私も釣られて破顔する。進んで話したい内容ではないだろうに、わざわざアドバイスしてくれたのだ。私は私にできることを精一杯努めようと決めた。

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