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てるてる坊主の歌

作者: ふるぼし

 明日天気にしておくれ。

 小学生の女の子にそんな願掛けをされたのは、もう随分と昔のことになる。

 無の状態から自分を意識できるようになったのは、もしかしたらその願掛けのお蔭かもしれない。


 ごく一般的な庭付き二階建ての家。

 その一階の軒下に自分は吊るされていた。


 五感で存在しているのは視覚と聴覚だけ。

 他の感覚は無いし、体を動かすことも出来ない。

 自分がてるてる坊主であることを認識できたのは、風が強い日にたまたま窓に映った自分が視界に入った。

 そんな偶然が無かったら、自分が何者なのかさえ分からなかったと思う。


 軒下とは言え屋外に吊るされている訳だから、日によっては風雨に晒されることもあった。

 そんな状況で何年も形を保ってこられたのは、材料である不動産のチラシの機能性と吊るしている紐の強度による部分が大きい。

 裏が白いからという理由だけで選ばれた大きめのチラシは、駅前に新しくたったマンションの分譲開始をPRするもの。

 通常のチラシより少し高価なコーティングがされていて、多少の雨は平気だった。

 吊るしている紐は荷造り用のもので、今のところは切れる気配すらない。


 ちなみに頭の中には、近所にある地元スーパーの特売チラシが丸められて入れられている。

 つまり脳みその代わり・・・という位置づけらしい。

 顔には油性マジックで目と口が描かれている。

 残念ながら目と口は動かせない。

 ただそこにあるものが視覚意識として認識できるだけだ。

 もし耳が描いてあれば、周囲の音も良く聞こえたかもしれない。


 以前は何体か仲間がいたが、そんな彼らも今は紐だけになってしまっている。

 自分と違ってティッシュを丸めて作られた彼らは、軒下に吹き込んでくる風雨に耐えきれず、数日で地面に落ちてしまった。

 今はもう跡形すらない。


 たまに自分がそうなった時のことを考える。

 紐が切れて地面に落ちたら死ぬのだろうか?

 生きてすらいない自分にそんな瞬間は訪れるのだろうか?

 そもそも自分はどうして存在しているのだろうか?

 考えていくときりがなく、いつも最後にはどうでも良くなってしまう。


 ちなみに自分が生まれた一番の理由。

 女の子の遠足が予定されていた「明日」は、残念ながらかなり強めの雨だった。

 ガラスの向こうの悲しそうな顔は、今でも鮮明に記憶に刻まれている。

 でも罪悪感はなかった。

 新聞の折り込みチラシから生まれた自分に、天気を変えるだけの力はない。

 仮にあったとしてもその方法は知らない。

 仕方がない運命なのだ。


 遠足の中止と共に過去となった自分は、それ以降ずつと放置されている。

 仲間が風雨でボロボロになって地面に落ちた時も、台風で飛ばされそうになった時も、吹雪の中で凍えそうになった時も、誰も興味を示さなかった。


 そしてほどなくして、家の中から女の子家族の気配が消える。

 閉められたカーテンの隙間から見える女の子の部屋には、机やタンスなどの大きな家具がそのままだった。

 少しずつ人の気配だけが薄れていき、空気から温度感が奪われていく。

 それは軒下でも感じることが出来た。

 どうしたのだろうかと思ってもみたが、それを知る手段はなかったし、知ったとろでどうしようも無い。

 何日かするとそれが日常に変わっていった。



 どのくらいの時間が経過したのだろうか。

 心地よく晴れた春の日、突然窓が開いた。

「ママ~、てるてる坊主がいるよ~」

 女の子の大きな声が響く。

 ちょうど自分を作った女の子と同じくらいの歳だろうか。

 久しぶりの人の気配が何故か嬉しい。

「え~、てるてる坊主?」

 そう答えながら視界にママと呼ばれた女性が現れた。


 彼女には見覚えがある。

 あの日、自分に願掛けをしたあの女の子だ。

 当然ながらあの日から経過した年数分、彼女も当たり前に歳を取っている。

「ホントだ、懐かしぃ・・・」

 そう言いながら女性は女の子を抱き上げた。

「これ、ずっと前にママが作ったんだよ。全然効果なかったけど」

 大人は時として傷つくことを平気で言う。

 そんな嫌味な言葉を聞きながらも笑顔の女の子がとても輝いて見える。

「随分汚くなっちゃったね。捨てちゃう?」

 大人は時として残酷なことを平気で言う。


 まあ事実ではある。

 真っ白だった体もかなり灰色になってきた。

 いつまでもこの状況が続く訳もない。

 それなら製作者に捨てられるというのも、もしかしたら幸せな最後なのかもしれないという気がしてきた。

「だめ~!」

 女の子が大きな声で反対する。

「てるてる坊主さんと仲良くしたいからダメ!」

 女の子がこっちを見ながら言う。

 途中で一瞬、目線が合った気がした。

「え~、でも汚いよ?」

 母親の方は現実的だ。

「・・・家族だから、汚くても捨てない」

 最近の子供は良い事を言う。


 家族か。

 そんな感覚は無かったが悪い感じはしない。

「じゃあこのままにしておこうか」

 母親が微笑みながら女の子に同意した。

「うん!これで明日の引っ越しも晴れるかな?」

 女の子が言う。

「どうかな~?効果無かったからなぁ・・・」

 母親が続けた。

 出来ないことは自覚しているが、それでもやはり傷つく。


 明日が引っ越しなのか。

 だったら晴れた方が良いだろう。

 やるだけやってみようか。

 やり方は分からないし何も出来ないと思うが、それでも最初から諦めるよりは良いに決まっている。

 ダメだとしてもスッキリしそうだ。



てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ

それでも曇って泣いてたら そなたの首をチョンと切るぞ


 家の中からてるてる坊主の歌が聞こえる。

 やはり大人は時として、残酷なことを考えてる生き物のようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 願いという存在意義を与えられて自我が芽生える着眼点がすごくいいなあと思いました!最後を歌で締めくくるのも好きです。 [気になる点] 家のつくりやてるてる坊主自身の設定がしっかりしているので…
2022/01/04 19:24 退会済み
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