22 おとぎ話の魔女vs大司教② 無礼はゆるしません
迸るプリムラの殺気に、囲んでいる騎士たちも戦慄を感じた。
「三度も言ったわね。もはや、容赦しない。」
先ほどまでの可愛いさは、いまは微塵も見られない。
まさに悪魔のような表情を騎士たちに見せている。
「そのような脅しは、私には通じませんよ。なんならこの場で口が訊けないようにしてあげてもいいんですよ。」
フォベリオが軽く手を振ると、プリムラを縛り上げている金色の荊が更にきつく絞られ、その棘がプリムラの豊満な身体に深く食い込んだ。
さすがのプリムラもこれには苦悶の表情を見せる。
「女神より授かった荊は、あなたの力では切れません。このまま苦しみ続けたくなければ大人しく我々に同行しなさい。」
勝ち誇ったように喋るフォベリオに対し、プリムラは強気に答える。
「喜ぶのも今のうちよ。」
「やれやれ、皆のもの、こいつを引きずって行きなさい。」
フォベリオの命令で騎士たちが握る鎖を引っ張った。しかし、プリムラは動かない。
更に力を込めて引っ張るが、びくともしない。
「なにをしているんですか?さっさと連れていきなさい。」
ヒステリックに叫んだフォベリオの命に従い、騎士たちがプリムラの周りに集まった。
そして、彼女を動かそうとその身体に触れようとしたとき、
「汚い手で触るんじゃない!」
と、プリムラに一喝され、触れようとした騎士たちが一瞬怯んだ。
「ふん、脅したって無駄だ。大司教様の聖魔法で動けないくせに。」
気を取り直し、再度、肩を掴もうとしたとき、プリムラがつぶやく。
「それで縛ったつもり?」
「なに?」
プリムラの唇に邪悪な笑みがこぼれる。
「ブラック・レザーウィング(漆黒の鋭翼)」
プリムラの背中からいきなり真っ黒な翼が飛び出し、金色の荊を切り裂くと同時に、そばにいた騎士二人の身体が真っ二つに切断された。
あまりに突然のことに、その場にいた全員が何が起こったか、すぐに理解できなかった。
「ひぃ」
真っ先にその状況を理解した付き人が、妙な悲鳴を上げたのをきっかけに残りの騎士たちが臨戦態勢に入ろうとした。
しかし、剣の柄に手を掛ける前に、黒い翼が空を切り、残りの騎士たち全員の首が吹き飛んだ。
「なんだ、これは!?」
驚くフォベリオの目の前でプリムラは、残っていた荊を払い落とし、黒い翼を仕舞うと、冷たい視線をフォベリオに向けた。
「残ったのはあなた方だけですね。」
その口には残虐な笑みが浮かんでいる。
「魔女め!」
悔しそうに唇を噛むフォベリオの横で珍妙な叫びが上がった。
「ひぃ・ひぃ───‼」
フォベリオの隣にいた付き人が恐怖から脱兎のごとく駆け出し、森の中へ逃げていった。
「あらあら、主人を置いて逃げちゃいましたね。」
哀れな目でフォベリオを見るプリムラに、フォベリオは冷静な態度に戻る。
「あやつひとり残ったとて、なんの助けにもならんわ。かえって足手まといがいなくなって助かった。」
「ひどい言いようですね。」
呆れたような顔をするプリムラを尻目に、フォベリオが何かの詠唱を唱えた。
「アース・ウォール(大地の障壁)」
地響きが鳴った途端、プリムラの周りに土が盛り上がり、高い土壁がそそり立った。
それが四方を囲む。
「こんな初歩魔法で私を捕らえられるとでも。」
プリムラは高い壁を見上げながら余裕の言葉を吐く。しかし、フォベリオの詠唱はまだ続いていた。
「それは単なる足止めだよ。ディオサ・ルス(女神の祝光)」
上空から眩しいほどの光がプリムラに向かって迸る。
壁に阻まれ、どこにも逃げ場はない。
光が壁の中に落ち、そののち、壁を突き破って膨れ上がった。
一瞬、辺りが白一色になる。
ほどなく光は薄れ、辺りの情景がはっきりと見えるようになる。フォベリオは強烈な光りから目を守るように腕で目隠しをしていたが、光が薄れたことを確認して、腕を下ろした。
自分の聖魔法の前に魔女と言えども耐えられるものではない。骨ひとつ残さず、塵となっただろうと思っていた。
しかし、その予想が大きく覆る。
プリムラがいたところに黒い球体がある。
やがて球体は頂点から破れるように剥がれ落ち、その中からプリムラが何事もなかったような顔つきで現れ、その黒い皮膜を手の中に吸い込んでいった。
「残念だったわね。大司教さん。」
屈託のない笑顔を見せるプリムラに、フォベリオは信じられないという顔をする。
「バカな。上位聖魔法だぞ。」
「私にも防御の魔法があるの。バカにしないで。」
「それでも女神の加護から授かった光だぞ。魔女ごときの防御魔法で防げるはずがない。」
「防げたんだからしょうがないじゃない。じゃあ、今度は私からいくから防いでみて。」
プリムラが右手を軽く上げる。
「グラージ・パイル(怨嗟の杭)」
プリムラの頭上に数えきれないほどの黒い杭が出現する。
それを見てフォベリオは、その杭の先がすべてこちらを向いていることに気付いて、戦慄し、身構える。
黒い杭がフォベリオめがけて、一斉に動いた。
咄嗟にイージス(神の盾)を展開する。
黒い杭が次々とイージス(神の盾)にぶつかってくる。そのすさまじい威力に盾にもひびが入る。
「まずい。更に展開。」
二重、三重とイージス(神の盾)を展開するが、盾は次々に破られていく。
「ほらほら、がんばらないと大変な目に合うわよ。」
それを見て、プリムラが面白がる。
「おのれ、バレナ・ディヴィナ(聖なる結界)」
フォベリオの身体が光の粒子に包まれる。そこへ盾を破った黒い杭が押し寄せてきた。
押し寄せる黒い杭が光の粒子に触れて次々と消えていく。
最後の一本が消えた時、フォベリオは次の詠唱を唱える。
「ディオサ・コンデナ(女神の断罪)」
再び上空から光が落ちてくる。
今度は緩やかに、暖かく。
「うん?今度は何をする気?」
プリムラが訝しがっていると、いきなり光が格子状になり、プリムラの腕や首を挟み込んだ。
「動けまい。魔女よ!」
フォベリオが勝利に確信したように高笑いしていると、上空から一本の剣を持った女神風の女性が降りてきた。
彫像のように無表情の女性はプリムラの前まで降りてくると、手に持つ剣を高々と振り上げた。
「断罪の刃で塵となれ。デブ魔女!」
罵声を浴びせるフォベリオを見て、プリムラの目が闇夜のように深く、冷たい黒色になる。
「四度ですよ。」
ポツっと呟いた言葉は、歓喜するフォベリオの耳には届かない。
そうこうしているうちに、剣が振り下ろされる。
「インフィニティ・ダーク(無限の闇)」
プリムラの足元から影が急激に広がる。
その影が液体のように女神風の女性に纏わりつくと、剣がプリムラの首に届く寸前に影の中に引き込まれていった。
光の格子も影の中に沈み込み、二度と浮かび上がってこなかった。
何事もないように佇むプリムラを見て、いまだ現状が理解できないフォベリオがいる。
「ばかな。私のディオサ・コンデナ(女神の断罪)がこんな形で打ち消されるなんて。」
「数々の無礼。万死を持って償いなさい。」
プリムラが右手を軽く伸ばす。
フォベリオに死の予感が纏わりつく。
「ブラックフレア(漆黒の獄炎)」
右手の平から真っ黒な炎が噴き出す。
それが火炎流となってフォベリオに覆いかぶさった。
燃え盛る黒炎は巨大な火柱を立てた後、その勢いを徐々に弱め、やがて何事もなかったように消えていった。後には黒く焼け焦げた地肌が残るのみ。
フォベリオの姿形はどこにもない。
「逃げたわね。」
独り言のように呟いたプリムラは、背中から黒い翼を出すと、上空に飛び上がった。
プリムラがフォベリオと戦っている頃、テレサの家におれを置いてけぼりにしたシャーリーが現れていた。
「何年ぶりかな。」
シャーリーは懐かしそうにテレサの家を見上げた後、玄関に立ってノックしようとした。そのとき、シャーリーの五感に怪しい気配が触れる。
「ん?」
ノックしようとした手を止め、中を伺う。
家はシンと静まり返り、人が動く気配がない。
それでいて中からこちらを伺っている気配が感じ取れる。
シャーリーが長年傭兵生活で身につけた身を守る術だ。
「おかしいわね。」
シャーリーは改めて軽くノックする。
しかし、返事がない。
再度ノックするがやはり同じだ。
「留守のようね。」
少し大きめの声でそう言うとシャーリーはもと来た道を引き返した。そして、雑木林の中に入ったところで隠れ身魔法をかけ、再度テレサの家に戻っていった。
中では留守を守っていた騎士二人が窓の陰から外を伺っていた。
「帰ったようだな。」
「誰だったのだろう?」
「多分、村の者じゃあないか?村に通じる道から来ていた。」
その返答に騎士たちは納得した様子で、警戒を解いた。
シャーリーは姿を消したまま家の裏側に回る。
雑草が生い茂った裏側は、あまり日が差さないせいか、ジメジメとしている。
家の裏側のとある壁の前に立つと、シャーリーはその壁を軽く撫で始めた。
「裏口は開けられた形跡はないわね。」
そう独り言を言うとシャーリーは小さく呪文を唱えた。
すると、壁に四角の光の線が浮かび上がり、壁が扉に変化した。その取っ手を慎重に引くと、一旦、中を伺った後、すばやく中に入り込んだ。
中は薄暗く、高い位置の窓からだけ外からの光が入り込んでいる。
物置のような部屋を、荷物に触れないように静かに歩くシャーリーは、木製の扉を見つけると、それに身体を密着させ外の様子を伺った。
微かだが話し声が聞こえる。
そっと扉を開け、細い隙間から覗くと、台所があり、その先に居間が見える。
出入口にカーテンが引かれており、様子は伺えないが、誰かがいることは確かだ。しかも、好意的ではない人物が二人いる。
(テレサはどうしたのかしら?)
そう思っているところに、外から草を踏む音が聞こえ、緊張感が漂ってきた。
「また、誰か来たぞ。」
「男と女の二人組だ。」
その声にシャーリーはテヴェリスとアウローラがやって来たことを悟った。
おれとアウローラは、村から出るとシャーリーの行方を探るために、一旦上空高く飛び上がった。
村の周りの様子を探るためで、村から程近いところに一軒家があることに気付いた。しかも、プリムラがいるという森の入り口にあたる。
「ご主人様、あの女、あそこに向かったのでは。」
「安直な推測だが、多分そうだろうな。」
おれたちは見つけた一軒家に向かって飛び、その近くに降り立った。
雑木林に囲まれた家に向かって歩き、その玄関の前に立つと、扉をノックした。
「ごめんください。だれかいませんか?」
しかし、返事がない。
もう一度ノックし、声をかける。
結果は同じだ。
「留守でしょうか?」
「ふむ。留守ならしょうがない。村に戻るか?」
「はい。」
そうやり取りした後、おれたちは村へ引き返そうとした。
『ご主人様、家の中には人の気配があります。』
アウローラが念話で話しかけてきた。
『そうか。返事がないということは、あまり好意的でない輩がいるってことだな。』
『どうします。乗り込みますか?』
『いや、様子を見よう。』
そう言っておれは立ち止まり、アウローラととりとめのない話をし始めた。
それを家の中から見ていた騎士たちはお互いに小声で話し合う。
「どうする?」
「こいつの仲間かもしれん。捕まえておこう。」
「そうだな。何かの役に立つかもしれん。」
そう決まると片方が玄関から、もう片方はもう一つの裏口から外へ出た。
「この家に御用ですか?」
玄関から出た騎士がおれたちに声をかけてきた。
「おや、留守じゃあなかったんですか?」
「ああ、中に病人がいるのでね。応対が遅れた。すまん。」
謝罪の言葉を口にする騎士は、気さくに近づいてくる。
「そうですか。それは大変ですね。」
おれも気さくに笑顔で答えるが、はっきりいって胡散臭い。それに騎士がなぜこんな一軒家にいる。増々怪しい。
そう思って警戒していると、家の方から悲鳴が聞こえてきた。
その少し前、台所から居間を伺っていたシャーリーは、騎士の二人がその場から離れるのを見計らい、居間に忍び込んだ。
椅子に縛り付けられているテレサを見つけるが、すぐにテレサが尋常でないことに気付く。そして、足元の小瓶に目が及んで、すべてを察した。
「自白薬か……」
とりあえず姿を現すと、テレサの縄を解き、運び出そうと立ち上がらせた時、椅子がひっくり返り、物音を立ててしまった。
それを裏口でぐずぐずしていた騎士が気づき、居間に戻ってきた。
テレサを運び出そうとするシャーリーの姿を見つけた騎士は、そうはさせじと手を伸ばしてきた。
「サイレント・ショック(鎮静の痛撃)」
シャーリーが伸ばしてきた手を握った途端、騎士の身体に電撃に似た衝撃が走った。
「ぐわぁぁぁ~!」
それが外でおれとアウローラ、そして騎士が聞いた悲鳴の正体だ。
「何事だ!?」
その悲鳴に気を取られた騎士の鳩尾にアウローラの人差し指が入った。
「うぐっ」
短い悲鳴とともに騎士は気を失い、そのまま地面に倒れた。
「あの悲鳴はなんでしょう?」
アウローラは家の方に視線を向けた。
おれも先ほどの悲鳴が気になり、倒れている騎士をそのままにして家に向かった。
玄関の扉を開け、中に入ると騎士が倒れている。そばにはひっくり返った椅子と床に落ちた縄があるだけでだれもいない。
「こいつがさっきの悲鳴の主か?」
「だれか縛られていたようですね。」
そう推測したアウローラの視線が外へ飛んだ。
「だれかがこの家から離れようとしています。」
その言葉におれは急いで玄関から飛び出した。
目の前にはシャーリーが見知らぬ老婆を抱えて逃げようとしているところだ。
「シャーリー」
おれより早くアウローラが怒りの籠った声で叫ぶ。
「やばい。」
シャーリーは急いで森の中に逃げ込もうとした。
そのとき、地面が光り出し、魔法陣が出現した。
続いて空間が歪み、そのなかから純白のローブを着た人物が現れた。
「だれだ、あいつ?」
その場にいた全員が同じ疑問を持った。




